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前編

「味方駆逐艦、炎上中!」

「雷撃失敗。次々と早爆していきます!」

西田正雄は艦橋に飛び込んでくる報告に、憎々しげな表情を浮かべた。

比叡が撤退しており、ただでさえ戦力は低下している。だというのに、必殺の酸素魚雷まで使いものにならないとは。

『霧島』から伸びる探照灯の強い光が、敵艦に突き刺さっている。重巡洋艦が接近戦で次々と着弾させているが、被害は僅少だろう。本艦が命中弾を得なければ。

西田は吠えた。

「砲術、何をやっている!『赤城』の本気を見せてやれ!」

轟音とともに階下からの衝撃が西田を襲う。主砲発砲だ。

撃ち出された一トンの砲弾は、決戦距離より遥かに近くに位置する敵艦に吸い込まれていった。



ガダルカナル島を巡る戦いは熾烈を極めていた。

重装備に身を固めた一木清直大佐率いる一木支隊による増援は、日本の貧弱な輸送能力のために揚陸は困難を極めた。

ようやく揚陸に成功したが、偵察の結果に一木は驚愕した。

「敵勢力、少なくとも一万」

如何に精強な隷下の兵士でも、二三〇〇を少し超える程度。ヘンダーソン航空基地には四倍の敵、しかも陣地まで築いている相手では太刀打ちできない。

幸い海軍設営隊の分も用意していたため、食糧には余裕がある。一木は小規模部隊による奇襲を主とすることを決定した。


一木支隊からの報告に海軍司令部は混乱した。

ガダルカナル島への反攻は限定的なもので、少数による奇襲であると信じていたのだ。

第一次ソロモン海戦を勝利していた日本海軍は、ガダルカナル島付近の航空戦力の殲滅を企図。第三艦隊を繰り出した。

司令長官南雲忠一中将は、『加賀』『土佐』『飛龍』『蒼龍』を失ったミッドウェイでの反省を踏まえ、来寇する米艦隊の殲滅のみに的を絞るよう、連合艦隊司令部に働きかけた。

ミッドウェイの敗因を理解していた山本五十六大将は報告を受け、近藤信竹中将の第三艦隊から護衛戦力として戦艦『赤城』などを引き抜き、第三艦隊への増援とした。

アメリカ海軍司令部も日本軍の増援を察知、『サラトガ』『エンタープライズ』『ワスプ』を基幹とした第61任務部隊を派遣した。

両軍はソロモン諸島沖で衝突。第二次ソロモン海戦の火ぶたは切って落とされた。

ここには結果だけを記す。最終的に日本は第三艦隊所属の『利根』が中破、『龍驤』第二艦隊所属の『凉風』の撃沈という被害であった。アメリカ軍は航空攻撃により『サラトガ』が損傷、のちに『伊二六』により撃沈された。『ワスプ』も『伊一九』の雷撃により大破後自沈処分となり、『エンタープライズ』も甲板に爆弾を三発被弾している。

これによりアメリカ軍の行動可能な空母は『ホーネット』一艦となり、基地航空に頼らざるを得ない状況となった。

『サラトガ』と『ワスプ』の撃沈を知らない第三艦隊は敵艦隊の殲滅に失敗したと誤認、撤退する。

その後『金剛』『榛名』を基幹とした挺身隊は夜間奇襲により、ヘンダーソン基地への艦砲射撃に成功するが、新設された第二滑走路を一木支隊からの連絡があったにも関わらず見過ごした。

更には重巡洋艦では攻撃力不足だったため、第一滑走路も壊滅とは言い難かった。

ヘンダーソン基地は多少の被害を受けるも依然健在で、エスピリトゥサント島・ニューカレドニア島・ガダルカナル島の航空基地による「蜘蛛の巣」は破られなかった。


司令部は今度こそという意気込みの下に、再度挺身隊による基地砲撃を企図するが、同じ作戦にアメリカ軍が無策で立ち向かうはずもなかった。

『ワシントン』『サウスダコタ』などの有力な艦隊、空母から移動した航空隊がガダルカナル島で待ち受けていた。

阿部弘毅中将の隷下には『比叡』『霧島』そして『赤城』という三隻の戦艦が揃っていた。航空機も『隼鷹』『龍鳳』その他水上機母艦の護衛がつけられる。

司令部は強気で、夜戦に持ち込めば勝機はあると踏んでいた。

十一月九日トラック泊地。レーダーの急発達など考えもしない日本海軍は、夜の帳の中進撃する。



戦艦『赤城』がこの世に生を受けたのは、ワシントン会議という軍縮の嵐が吹き荒れている時代であった。

八八艦隊計画として建造された彼女は、当初廃艦または空母への改装の命令が出ていた。

しかしユトランド沖海戦での『金剛』型の活躍を憶えていたイギリスが、日本の戦艦建造枠の拡大を提言。アメリカも渋々了承し、『天城』型巡洋戦艦の建造、『赤城』『加賀』の空母への改装が決定した。

『扶桑』『山城』を練習艦と格下げすることによって、二隻の建造枠を得た日本は嬉々として『天城』を建造していたが、ここで悲劇が起こる。関東大震災である。

地震の影響で建造中の『天城』はスクラップと化す。更には建造費を戦災復興に回した結果、『赤城』を再び戦艦として建造する。代わりに標的艦として運用する予定だった『土佐』が空母に改装された。

姉妹艦を失ったおかげで『赤城』は戦艦として誕生した。「世界のビッグエイト」と呼ばれる一六インチの巨砲を艦載する巨艦として、また海運国家の象徴として『長門』『陸奥』とともに君臨したのだ。

三〇ノットの健脚と連装五基一〇門の一六インチ(正確には四一センチ)、副砲は一四センチ単装砲一六門。防御力も他のビッグエイトを凌ぐ堅牢さ。『赤城』は世界最強の名を冠されることになった。

しかし当の日本海軍での扱いは、あまりよいものではなかった。その巨体は他の戦艦とまったく異なる航跡を曳き、三〇ノットを発揮できる戦艦は当時まだ無かったため、どの艦とも行動をともにできなかったのである。

『金剛』型が高速戦艦として生まれ変わると、『赤城』は彼女らと行動することになる。

欧州で第二次世界大戦が勃発する直前に、彼女は大規模改装を受け、当時としては珍しい一種の防空戦艦として生まれ変わった。

常備排水量は四三一〇〇トン。日本海軍としては初めて一〇万馬力を超える強力な機関は、全長二五二メートル全幅三二メートルにも及ぶ巨体に、三〇ノットの高速を与えた。

防御力は『加賀』型戦艦の完成図に匹敵する厚さへと変貌し、『加賀』型三番艦を改造した標的艦『筑波』で露顕した水中防御の低さに対しても、新鋭として建造した戦艦ほどではないが、重視された改装となった。

改装後で対空砲は二五ミリ三連装対空機銃を二〇基、一二.七センチ連装高角砲も八基装備した。これは空母の直衛を主眼としていたから、という説がある。

艦橋も『長門』型に類似した形状となり、新鋭装備の試験として一五メートル級の光学測量器や新型射撃盤が装備された。



有馬馨の転任により『比叡』から『赤城』の艦長となった西田正雄が最初に『赤城』艦上で戦ったのは、ミッドウェイの敗北であった。あの敗北時に『赤城』は『榛名』『霧島』とともに第三戦隊を構成していた。

彼の目の前で『加賀』『土佐』『蒼龍』が炎上し、ただ一隻残った『飛龍』も必死の対空砲火も虚しく沈んでいくのを、西田は歯噛みしながら艦橋から見つめていた。

『飛龍』に残ろうとする山口多門と加来止男を強引に『赤城』へ移乗させ、できるだけ沈没艦の乗員も救出した。

ミッドウェイの復仇を心に誓う『金剛』型と『赤城』の新たなる任務は、ソロモン諸島の鉄底海峡アイアンボトム・サウンドでの戦いだった。


陸軍の情報によれば、敵は一万以上が上陸している。物資も相当量が揚陸されているだろう。もしかしたら輸送船団もそれなりの規模が残っているかもしれない。

西田は海軍軍令部からの報告を全く信用していなかった。ミッドウェイでも出てこないはずの空母に明らかに待ち構えていた敵機が襲いかかってきたからだ。

「こちらが戦艦を投入したことを既に米軍は知っている。ならばあちらも戦艦を出すのが道理ではないか」

上層部の情報を無視する発言を咎めた副長に、西田はこともなげに言い放った。

今回の飛行場攻撃は前回の失敗も踏まえ、三隻の戦艦で行うことになっていた。『比叡』『霧島』そして『赤城』である。

作戦の指揮を執る阿部弘毅中将は敵の有力な艦隊との遭遇も想定し、『比叡』『霧島』には対地攻撃のための三式弾を、『赤城』には九一式徹甲弾を装填させていた。


十一月十三日未明、重巡洋艦を含む敵艦隊と遭遇。これを殲滅したが『比叡』が被弾し舵を故障。駆逐艦『暁』『夕立』が奮戦の末喪失、他三隻の駆逐艦が撤退している。

翌日には航空機による襲撃が行われ、前日から調子の悪い『比叡』の舵が再びへそを曲げ、好機と見たドーントレス急降下爆撃機やアベンジャー雷撃機の猛攻を受ける。

『赤城』の対空砲火が艦全体を活火山のように覆い、『比叡』はすんでのところで鉄底海峡の仲間入りを免れた。

しかし損害も大きく、二発の被雷と多数の被爆により撤退を余儀なくされた。第六駆逐隊の護衛の下、『比叡』はトラック泊地へと帰還していった。

第二艦隊は再編成を行い、母艦支援隊からの補給を受ける。

作戦に合わせて出港していた輸送船団は多数の護衛に守られていたが、米軍の航空機からの攻撃を恐れ、『金剛』『榛名』を含む母艦支援隊と合流を決定した。


同時刻、第二艦隊の動きに応じて、ガダルカナル島からほど近いショートランド基地から『鈴谷』『摩耶』の第七戦隊が出港。十一月十三日午後、ヘンダーソン基地への砲撃に成功した。

第二艦隊も基地を無力化すべく連合艦隊司令部の命令で再編成、『霧島』『赤城』をガダルカナル島へ向かわせた。

負傷した阿部に代わり新たに指揮を執る近藤信竹中将の計画では、敵艦隊には戦艦がいない前提であったため、『霧島』『赤城』の主砲弾は三式弾に換えられた。

これを危惧した西田は、戦闘が始まったらすぐに徹甲弾に換装できるよう、一斉射分のみ三式弾を装填する命令を下していた。

一四日に第七戦隊と合流した別動隊の第八艦隊が攻撃され『衣笠』が撃沈されると、西田はこの先に戦艦がいるという思いを強くした。

無論第二艦隊への航空攻撃も激しく、『赤城』も急降下爆撃を受け艦尾を損傷。駆逐艦『白露』『海風』輸送艦『ありぞな丸』が撃沈され、軽巡洋艦『五十鈴』駆逐艦『江風』輸送艦『佐渡丸』『ぶりすべん丸』『長良丸』が損傷し撤退した。また『天霧』『望月』『凉風』が損傷艦の護衛として離脱する。

損傷艦と燃料の余裕のない艦を帰還させると第二艦隊は進撃を続け、同日の深夜にヘンダーソン基地を攻撃圏内に収める。



「『高雄』より発光信号。周辺警戒ヲ密ニセヨ、以上です」

無線封止中のため、旗艦からの発光信号でやり取りしている。

『高雄』に座乗する司令長官近藤信竹は艦隊を三つに分けて進入した。

一つは旗艦『高雄』を含む『愛宕』『霧島』『赤城』と、直衛『長良』『五月雨』『電』『初雪』『照月』の砲撃部隊。ガダルカナル島の北にあるサボ島の西を抜け鉄底海峡へ侵入する。

一つは旗艦『川内』と駆逐艦『浦波』『敷波』『綾波』で構成した掃討隊。砲撃隊に先行し、敵艦隊を掃討する。

一つは輸送船団の護衛に付いていた田中頼三率いる第二水雷戦隊から分派した、第一五駆逐隊の『早潮』『親潮』『陽炎』第三一駆逐隊『高波』『巻波』『長波』の増援隊。これはサボ島と同じく北に位置するフロリダ島の間を突入する予定だ。しかし現在は砲撃隊や掃討隊から遅れており、海峡突入に間に合いそうになかった。

それとは別に、輸送船団が北方で少数の護衛とともに待機している。船団はほぼ無防備の状態のため、近藤は北へ抜けようとする敵艦は全て受け止めるつもりであった。

この島にそれほどの戦略的な重要さがあるのだろうか。

冷静さを保つ参謀のなかには、その様な意見を持っているのもいた。しかし激昂した司令部にその声は届かない。

「先行した『川内』に動きはありませんね」

見えもしない双眼鏡を覗き込む副長は、不安げな表情を浮かべていた。

「米艦隊ならそろそろ出てきてもおかしくないのですが」

西田の予言が次々と的中したため、彼もまた

戦艦の存在を確信していたのだった。

『高雄』『愛宕』『霧島』『赤城』の順番で進撃する砲撃隊の本隊の西に砲撃隊の直衛『長良』『照月』『電』『五月雨』が並走している。

『赤城』艦上からは『長良』以下第一〇戦隊が右舷遠方に見えた。

西田は敵戦艦を見つけるべく、見張を増員し警戒に当たらせていた。警戒隊も戦艦の存在を連絡し、先手を取るつもりであった。

自身も双眼鏡を覗いていると、一瞬南の空が明るくなった気がした。

違和感を感じ双眼鏡から目を離したのと同時に、遠雷のような轟きが耳朶を叩いた。

通信班長が連絡を受けつつ、こちらに報告を上げる。

「掃討隊より入電!『我砲撃ヲ受ク』!」


掃討隊所属『綾波』の駆逐艦長である作間英爾中佐は、掃討隊から分離しサボ島の西側を進んでいた。

掃討隊本隊が敵艦隊の接触を受けたことは既に『綾波』にも届いている。

生粋の水雷屋としての闘志を胸に、作間は『赤城』艦長の西田が言っていたことを思い出していた。

「戦艦がおるな」

砲声轟く南東に猛進するなか、独り言のように作間は呟いた。吹きさらしに近い駆逐艦の上部艦橋で、それを聞き取れる人間はいなかった。

作間は羅針艦橋に降り、怒鳴りつけるように命令した。

「砲雷撃戦、用意!」

待ってましたとばかりに、艦内は最後の準備を行う。

数分も経たないうちに、見張員が六隻ほどの敵艦隊を発見した。作間の時計は九時二〇分を指そうとしていた。

「距離五〇〇〇で撃つぞ。砲術、水雷!」

「砲雷戦距離五〇〇〇、宜候!」

三〇ノット以上で突き進む『綾波』からは敵艦隊がひどく近く感じるが、作間は攻撃を堪えた。

一撃必中を期し短時間で撃破できなければ、あっという間にこちらが沈められる。夜間戦闘が得意な帝国海軍といえど、六対一ではあまりにも不利だ。

射撃隊や他の掃討隊の攻撃を待とうとも思ったが、そのような時間的な余裕はなかった。

なによりも彼は生粋の水雷屋であった。敵前逃亡など死んだ方がましだ。

「距離五〇〇〇!」

「撃ち方始め!」

吹きつける風とは明らかに異なる音と振動が、『綾波』の艦体を駆け巡る。六門の一二.七センチ連装砲が斉射した衝撃だった。


アメリカ海軍の新鋭戦艦『ノースカロライナ』級の『ワシントン』。ウィリス・リー少将はそこに将旗を掲げていた。

指揮する第六四任務部隊は戦艦『ワシントン』の他に、『サウスダコタ』級『サウスダコタ』とトーマス・キンケイド少将やウィリアム・ハルゼー中将の機動部隊から分派された重巡洋艦『ノーザンプトン』軽巡洋艦『サンディエゴ』駆逐艦『ウォーク』『ベンハム』『プレンストン』『グウィン』で構成されていた。

燃料状況によって選ばれた艦隊は、サボ島の北から東へ転針し、日本海軍の夜襲部隊に備えていた。

潜水艦の通報により、敵艦隊の来襲は確実だ。敵艦隊は戦艦二、駆逐艦多数という報告に、リーは苦戦を覚悟した。

こちらは二隻の新鋭戦艦を抱しているが、相手は『アカギ』と『キリシマ』だ。熟練度においては敵わないかもしれない。

しかし、と戦闘指揮所から海図を眺めていたリーは思う。

(この艦にはレーダー連動射撃という優位な点もある。この威力は夜戦において如何なく発揮されるだろう)

「北北東に感あり。日本艦隊かと思われます」

レーダー波の反応を見逃さないように画面を注視していた士官から、待ちに待った報告が来る。

リーは艦隊を西へ転針させ、敵艦隊を待ち受けた。

それが味方でないことが確認されると、攻撃命令を下した。

「照明弾、撃て」

「了解。照明弾、発射します」

『ワシントン』の一六インチ三連装の艦砲が北の艦影めがけて旋回する。

「撃ち方始めろ」

了解イエス・サー射撃開始オープンファイアリング!」

『ワシントン』の最も厳重な防備を施されている戦闘指揮所。そこからでも衝撃を感じるほどの威力で撃ち出された二七〇〇ポンドの砲弾九発は、敵の小艦隊へと降り注いだ。

弾着、今インパクト・ナウ!」

敵艦を監視していた見張員は、遠くに白い柱が立ち上るのを視認した。

至近弾に驚いたのか必死に応射しているようだが、砲弾はこちらをまったく捉えない。

小さな艦体は木端のように飛沫に弄ばれ、一瞬で見えなくなった。

第三斉射が撃ち出された後、通信員が『サウスダコタ』からの報告を受ける。

「敵艦、転覆した模様」

色目気立つ戦闘指揮所。そこに緊急報告が入る。

「サボ島西より発砲!」

艦長が驚いた声を上げる。

「陸からの砲撃か?」

「いいえ……どうやら敵艦のようです」

「何!レーダーは何をしているのだ!」

レーダーを操作する士官は必死に機械をいじって、原因を躍起になって確かめようとしている。

リーには原因に心当たりがあった。

「島影か」

恐らく敵艦はサボ島の影に潜み、レーダーの探知を逃れたのだ。島影と島に接近した艦影を見分けるのは、現状のレーダーでは不可能に近い。

彼はレーダー連動射撃の長所を知っていたが、短所もよく理解していた。

「諸君、落ちつきたまえ。敵艦はサボ島の影に隠れて映らなかっただけだ。敵艦数は?」

「確認できるのは駆逐艦一隻と……サボ島西寄りより砲撃です!」

リーは周囲を見渡すと、宥めるように口を開く。

「単艦の駆逐艦は恐らく、偶然サボ島に隠れられたのだろう。落ちついて対処すればこちらが優位だ」


リーの冷静な指揮に『ワシントン』の混乱は収まった。しかし他の艦も同様とは限らない。

四隻の駆逐艦、そして『サウスダコタ』の混乱は深まるばかりであった。

その代償を最初に払わされたのは『ウォーク』であった。

『ウォーク』は最初に視認した掃討隊本隊に向け砲雷撃戦を挑んでいた。

退避する掃討隊を追撃する準備を整えているときに別方向からの砲撃を受けた。別行動を取っていた『綾波』の攻撃である。

この砲撃に『ワシントン』以外の艦は、少しの間行動が停止した。

そして『ウォーク』が被弾したときも、混乱が収まっていなかったのだった。

『ウォーク』の被弾箇所は艦尾。五インチ艦砲の砲身を吹き飛ばし、『ウォーク』の砲撃力は五基から四基へ減じた。

次に被弾したのは『ウォーク』の後方に位置していた『プレストン』であった。

『プレストン』に命中した砲弾は艦中央の煙突を破壊とともに火災が発生。後部を噴煙が覆い、命中率などを著しく下げた。

『プレストン』が海面を煌々と照らすなか、『ベンハム』の右舷見張員が海中で何かが光るのに気がつく。

見間違いかと思い目を凝らしていると、鈍く光る何かが『ベンハム』の艦首に吸い込まれた。途端に彼は空中に放り出され甲板に叩きつけられた。

「魚雷だ!」

ようやく混乱が解け『綾波』に砲火を集中させていた各艦は、その叫び声に反応できなかった。

北に転舵したばかりの『ウォーク』に巨大な水柱がそそり立つ。轟音を立てつつ左舷から波に引きずり込まれる『ウォーク』から、爆発とともに乗員が海に飛び込んでいった。

三隻の撃破に成功した『綾波』であったが、『ワシントン』の副砲が集中する。

操舵系や推進軸が破壊された『綾波』は艦長の作間英爾中佐の命令により、大戦果に高揚した乗員たちの退避が行われた。

戦艦に攻撃されていたにもかかわらず、彼らの退艦は余裕をもって行われることになる。なぜならば、戦場に新たなる艦隊が到着したからだ。砲撃隊の到着である。



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