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 四.自己の存在理由と偶然に対する定義付け


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 自分の観測している世界は偽物かもしれない。目の前の光景も、触れる空気の流れと温度と感触も、本物であるとは限らない。夢かもしれないし、脳に直接送られてくるデータかもしれない。ただ、自分が存在していることを証明することは出来る。こうして観測している自分がいるならば、自分は確かに存在している。自分が存在していると考えられる自分は確かに存在している。

 考えるという行動こそが自分という存在の証明である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「よし」

最後の南京錠が外れた。これで入口のドアが開けられる。

「開けるよ」僕は別木さんに合図する。

「うん」別木さんが頷く。

 僕はドアノブに手を掛ける。そして勢いよくドアを開け放つ。日の光がホテルのロビーに差し込む。今まで時計が無かったから分からなかったが、どうやら今は昼間だったらしい。

 しかし、僕も別木さんも動かない。その場で身を潜める。このドアにも罠が有るかもしれないことを警戒しているからだ。警戒ついでに僕は419号室で引き抜いた剣を持っている。剣の心得は無いが、素手よりは何かあったときに対処しやすい。

 ドアが開けられてから二分が経過した。僕も別木さんも一秒でも早くここから出たい。しかし迂闊には出られない。その場で息を潜める。この葛藤を抱えた二分は十二分にも二十分にも感じられた。

「そろそろ行こうか」

「うん」

僕は剣を前にしてホテルの外へ足を踏み出す。

 その瞬間、ぱんっという破裂音がした。

「な?」

僕は条件反射のように、地面に伏せた。そんな僕の上から紙テープが降りかかる。

「え?」

「おめでと~!ゲームクリアです」

「阿久津さん?」別木さんが名前を呼ぶ。

 ホテルの外には、阿久津藍がクラッカーを持って待ち構えていた。

「な、なんで阿久津さんが?」

それは、間違いなく阿久津藍だった。制服姿の阿久津さんだった。601号室でスカートを脱いだはずなのに、今はきちんとスカートを履いていた。

生きている証拠である緑色の靄も見える。幽霊や幻の類でなく、生きた阿久津さんが目の前にいる。

僕は混乱していた。この状況に対して頭が上手く機能しない。阿久津さんが生きていることも不思議だし、何食わぬ顔でホテルの外にいることも不思議だ。謎が多すぎて頭がうまく動かない。

「いやぁ。よく頑張ったね。よく生き残れたね。おめでとう、おめでとう」

阿久津さんはクラッカーの残骸を投げ捨てて、僕達に拍手を送る。黒い手袋の手で。

「本当に阿久津さん?幽霊とかじゃなくて?」

別木さんが自分の目を疑ってくしくしと擦る。

「勿論、正真正銘の阿久津藍だよ」

「阿久津さん?これは一体どういうこと?」

僕より先に冷静になれた別木さんが阿久津さんに疑問を投げかける。

「どういうことと言われても、二人とも生きてこのホテルを脱出することが出来ました。めでたしめでたし。次回作にご期待ください。っていうことだよ」

阿久津さんは明らかに惚けた顔をする。

「阿久津さん。……生きていたんだね」

僕は、混乱して麻痺した舌をなんとか動かした。

「そうね。601号室で落ちたんだけど。実はあれ、一階分の高さしかなくて、しかもマットも敷いてたから、死ぬはずないんだよね。落下したときの音だけ現実味が出るように録音した物を再生したんだよ」

阿久津さんは屈託の無い笑顔を見せる。まるで子どもがおもちゃを買ってもらったときのような無邪気な笑顔。その顔が僕達を絶望に誘っているかのように見える。

「まぁ、分かんないことだらけだと思うから、説明してあげよう。生きてクリア出来たご褒美だよ。付いてきてね」

阿久津さんが偉そうに胸を張って歩き出す。僕と別木さんは訳も分からず付いて歩く。

 周囲を見回すとどうやらこの辺りは山の中のようだった。木々に囲まれた細い道を進んで行く。舗装もされていない道を歩くのは、疲れ切った身体には堪える。持っている剣を杖の代わりにしようかと思ったけれど、余計不安定になりそうだった。別木さんも若干ふらつきながら、阿久津さんを追いかける。対して阿久津さんは遠足にでも来ているかのように、軽やかな足取りだった。

「こんな山奥にホテルなんて作って人が来るの?」

別木さんが阿久津さんに質問する。本筋とは全く関係無い質問だった。もっと他に質問したいことがあるだろうに。気でも紛らわしたいのかもしれない。

「あれは、ホテルの形をした実験場。客を呼ぶ気は無いわよ」

「実験場?」僕が聞き返す。

「いろいろな実験をするのよ。あなた達が行ったゲームもその一つよ。あなた達のゲームは実験というより、お遊びだったけれど」

 その言葉は癪に触った。人が二人死んでいるのに「お遊び」というのはあんまりだ。

 そんな僕の表情を読み取ったのか、阿久津さんが言葉を付け加える。

「本当にお遊びよ。趣味の悪い人達にとってはその程度の感覚よ」

 阿久津さんはそう言って髪をかきあげる。

「阿久津さん、首輪していないんだね」

 ゲーム開始時点から僕達五人に付けられていた首輪。髪をかきあげた阿久津さんの首元にはその白い首輪は無かった。

 最初にロビーに着いたとき、銅像に付けられた首輪が爆発した。思えばそのとき、一番冷静に対処していたのが阿久津さんだった。驚く素振りも見せなかった。もしかしてあの首輪が爆発することも知っていたのだろうか。

「ええ。邪魔だしね。肩が凝りそうだし」

阿久津さんは事も無げに言う。

「僕達に付けられた首輪って、爆発しないんでしょ?」

僕は気になっていたことを訊いてみた。

「何でそう思うの?」 阿久津さんが逆に訊いてくる。

「ロビーで首輪が爆発したけれど、あの程度の爆発で銅像の首が折れるはずがないんだ」

「おお。それでそれで?」 阿久津さんが感心して相槌を打つ。

「銅像の首は予め折れるように細工をしてあったんだ。僕達に恐怖心を与えるために。実際には爆発自体にそこまでの威力は無かった。勿論、人を殺すほどの威力も無かった。顔中に火傷はするかもしれないけど死ぬほどじゃない。あの銅像の首が折れたから錯覚したけれど、致命傷になるような爆発じゃなかった」

「確かにそうだね。でもみんなの首輪が爆発しない理由にはならないよね」

「堂本さんは高圧電流を受けて死んだ。当然、首輪にも火花が散るほどの電流が流れたはずだ。でも堂本さんの首輪は誘爆せず、焼け焦げただけだった」

堂本さんが死んだときから気にはなっていた。首輪の中に火薬があるなら、あれだけの電流が流れて爆発しない訳がない。

「なるほど。でも首輪の爆弾の仕組みを知らずにそれを判断するのは無理があると思うよ。誘爆する前に故障したかもしれないし、電気だと爆発しないタイプの物かもしれないし」

「それは大丈夫だよ」

「どうして?」 阿久津さんが小首を傾げる。

「もし首輪を付けた犯人が爆弾を仕掛けるなら、不発するような爆弾は作らない。あのホテルにしろ、ゲームにしろ、ここまで周到に準備をしてきた犯人だ。爆弾を仕掛けるなら、絶対に外せないような爆弾を作るはずだ。外そうとしたり壊そうとしたりするならすぐにでも爆発するような物を仕掛けるに決まっている。それにこんな念入りな奴が故障なんて初歩なミスをするとは思えない」

阿久津さんは目を丸くして僕を見つめた。

「やっぱり江本くんは賢いね。キスしてあげようか」

「いらない」

僕はきっぱりと断った。阿久津さんは残念そうな顔をして見せる。

「正解だよ。その首輪には、いろいろな器械が入っているんだよ」

「いろいろな器械?」

「発信機とか、盗聴器とか、脈拍測定器とか、小型カメラとか、脳波測定器とかいろいろ」

「なんでそんな物が?」

「世の中には趣味の悪い人達がたくさんいるってことよ。他人が恐怖しているとか、痛みに悶えているとか、死ぬ際の様子とかを見たり聞いたり測定したりしたいっていうような悪趣味な人が開発したのよ。

 きっと、さっきのホテルであったゲームの様子も編集されてビデオになって売られるんでしょうね。人が実際に死ぬ瞬間なんて、滅多に見られるものじゃないからね。きっと高値で取引されることでしょう。

 それに、あなた達のゲームで賭博が行われていたのよ。誰が生き残るのか、何人生き残るのか、で金がたくさん動いているわ」

そういえば、始めにあのホテルの地下牢に連れて来られた時、似たようなことを思った。この状況と似たような映画を見たことがある。主人公と数人の仲間達が何者かに連行され閉じ込められている。主人公と仲間達はそこから脱出するために命懸けのゲームをさせられる。ゲームによって重傷を負ったり、仲間が死んだりする。確か、あの映画では黒幕は見世物のためにそんなゲームを行っていた。

まさしくその通りだったらしい。僕達は誰かの見世物になるためにあのホテルでゲームをさせられていたようだ。

「やっぱりそうだったのね。あのゲームは誰かの見世物になるためにやらされていたんだね」

別木さんも同じようなことを思い浮かべていたらしく、納得していた。

「いいえ。あのゲーム自体、ただのおまけよ。本当の意味は別にあるのよ」

阿久津さんが呆れたように言う。何か呆れるような理由でもあるのだろうか。

「着いたわ」

阿久津さんが足を止める。そこには大きな洋館があった。五階建ての西洋風の建物。洋画でしか見たことのないような荘厳な造りをしている。こんな山中にあるということは、別荘の類だろうか。

「入るわよ」

僕と別木さんは言われるままに洋館に入る。洋館の中も外装に負けない豪華な様相をしている。赤の絨毯の上に壺や甲冑などの調度品が並べてある。どれもこれも高価そうだ。

「華美な家だね」 別木さんが感想を述べる。

「無駄に贅沢なだけよ」 阿久津さんが吐き捨てるように言う。

 やがて、大きな扉の前に辿り着いた。

「ここよ」

阿久津さんが扉を開ける。その部屋は書斎のような部屋だった。十二畳くらいの大きさの書斎で左右には本棚がぎっしりと並んでいて、中央には机とソファがある。

「これ、211号室にあった本じゃない?」

別木さんが本棚から一冊の本を抜き取る。その本の題名は「魔術基礎Ⅰ」だった。確かに211号室にあった本と同じ題名だ。中身を見るとやっぱり同じ本のようだ。

「あれ、ちょっと違うわね」 別木さんが目ざとく気付く。

「本当?」

「ほら、ここ」

別木さんが指を差す。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

三.火の魔術

  火とは物質の急激な酸化に伴って起こる現象である。

生体内でブドウ糖が酸素と緩やかに化合する現象も燃焼と呼ぶが

火が起きる訳ではない。火とは酸素と急激に化合することを差す。

化学的には、物質が燃焼するために次の要素が必要となる。

   ・燃焼する物質 ・酸素 ・温度

  これらの要素の内、ある程度を魔力で代替することが可能である。

ここでは温度を魔力で代替することを考える。

  マッチは燃えやすいリンを摩擦の高い物体と擦り合わせることで

燃焼を起こす。市販のマッチは燃焼しやすくするために様々な物質を

混ぜ合わせるが、大まかな仕組みはリンの温度を上げるのみである。

  ライターも基本的には同じ構造をしている。ヤスリ状の回転ドラムに

火打石を押しつけて回すことで、摩擦で火花を散らして発火させる。

一般的なオイルライターは灯油やナフサなどを用いる。

従って燃料切れのライターでも可燃ガス等に着火することが出来る。


つまり燃えやすい物質さえあれば、温度を上げることで

燃焼が起こるのである。       

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  

そこには、ライターに関する記述が増えていた。実際に僕達が211号室で実際に行った、燃料切れのライターで着火することまで書かれている。

「211号室にあったのは三十年以上前の本。その本は五年くらい前にうちの父が書き直した物よ」

「この本は何なの? 本当に魔法を使うための本なの?」

「そうよ」

阿久津さんはきっぱりと言い切った。余りにも滑稽な内容の本なのにも関わらず、阿久津さんはこの本を、魔法を使うための本だと言い切った。

「うちの家系はもう四百年くらい続く魔法研究の家系なの」

阿久津さんが淡々と語り始める。その口調はどこか物悲しく、呆れたようなものだった。

「ご先祖様は魔法の存在を信じて研究を続けてきたの。魔法だったり錬金術だったりれっきとした科学だったり、いろいろな研究をしていて本を残してきた。そんなことを四百年も続けてきたわけ。すごいのは四百年も絶えることなく子へ孫へと研究が継続して結果が積み重なってきたことね。こんな根拠の無い妄想なんてさっさと切り捨ててしまえば良いのにね。憑りつかれているのか、血に刻まれているのか、遺伝子に記録されているのか分からないけれど、魔法なんて絵空事を代々妄想し続けた結果がこの書斎にある本なのよ」

阿久津さんが両手を広げる。何かに降参するかのような姿勢だった。

「それで、魔法は使えたの?」 別木さんが尋ねる。

「先祖の誰も使えなかったみたいよ。ここの本に書かれてあることを何人もが何回も試しているみたいだけれど、実際に使えたなんて記述はどこにもない。子に孫にと方法だけ受け継がれているけど、良い結果は出ていない。うちの兄なんて“こんなの出来る訳がない”って言って逆に科学の世界にのめりこんで行ったわ。今では日本有数の工学技術者らしいわ」

「よくそんなことで四百年も魔法研究が続いたね」

「本当にそう思うわ。おそらく最初に書いた人が凄かったんでしょう。魔法なんて荒唐無稽なものをいかにもそれらしい理屈をつけて、あたかも実際に使えるかのように書きあげた。魔法の才能はあったかどうか定かではないけれど、作家としての才能はあったみたいね。今は残っている本はいろんな人達が修正したり書き加えたりしているから、残念なことに原書は読めないわ。それでも原書を読んだ人達からしたら“この通りにやったら魔法が使える”と思うような説得力のある文章だったのでしょうね。今でもうちの家系では魔法はかならず使えると信じている。疑っているのは、ごく少数よ」

 阿久津さんは本棚から一冊の本を取る。本の題名は「魔術基礎Ⅴ」僕達が見た「魔術基礎Ⅰ」の続編なのだろう。阿久津さんはそこから目当ての頁を探し出す。

「これを見て」

阿久津さんが広げた頁を僕と別木さんが覗き込む。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

五十五.死者の蘇生

  魔力は、生きる力である。既に死んだ肉体にも魔力を与えれば、

再び生を取り戻すことができる。

  死者の蘇生に必要な行為は、肉体や器官を正常に戻すことである。

人体の構造を精密に把握している者ならば、その構造を思い浮かべ、

必要な原子に正常な身体構造を組織するように命令するだけで、

死者の蘇生を行うことが出来る。

  ここで重要となるのは死者の状態である。

死者が生きているのに近い状態で死んでいるのなら、

命令する原子が少ないため、容易に蘇生することが出来る。

しかし、例えば失血死している場合、死者の体内以外から足りない血液

をどこからか補充する必要がある。

  そこで、まずは生きた人間から魔力を奪って殺した死体を用意せよ。

魔力は生きる力である。生者から魔力を奪って出来た死体は

身体構造には影響がないので、蘇生させやすい。            

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


阿久津さんが見せてくれた頁は、最早科学の片鱗さえ無かった。火の項目のときは、まだ科学的な考察があったのに、もう魔力という謎概念を使って冗談を言っているようにしか見えない。

「もう、何を言っているのか分からないでしょう?」

阿久津さんの言葉に僕も別木さんも頷いた。

「でもね。こんな馬鹿馬鹿しい話を信じて実行するのが、うちの家族なのよ」

阿久津さんは一呼吸置いて、寂しそうな目をした。

「今回のゲームはね。この魔術を行うために、うちの家族があなた達を連行して行われたのよ」

 

 阿久津さんの説明は意外と簡潔だった。

 阿久津さんの家で魔術の実験をすることになった。それには死体が必要だ。四人くらい死体が欲しかったから阿久津さんの同級生から四人を適当に選んだ。そして殺そうかと思ったが、ただ殺すだけだと面白くないので命懸けのパズルゲームでもやらせるか、ということになった。ついでにカメラと盗聴器をつけてスプラッタ映像を配信すれば、金が儲かるだろう、ということで首輪が付けられた。

 その結果、今に至る。

「えっと…」

余りにもあっさりとした説明で、呆然としてしまった。もっと理不尽なゲームに参加させられた怒りとか、海と堂本さんが殺された憤りとか、いろいろな感情が湧いてくるものだと思ったのだが、そんなことを感じる余裕もないほどに思考が停止していた。

 別木さんは泣いていた。色々な心境が複雑に絡み合ってどう形容していいか分からない気分だろう。人は楽しいときも悲しいときも自分の許容範囲を超えることが起こると涙を流すものだ。

「うちの家系は代々こんな魔法なんて怪しい研究をしているのに、政治的にも経済的にもそれなりの力があるみたいでね。ここであったことは世間には知られず、綺麗に隠ぺいされるわよ。あなたたちは行方不明のまま、警察も禄に捜査しないままで適当に処理されるでしょう」

「ねぇ、阿久津さん」

僕は無理矢理にでも頭を冷静にして声を絞り出す。

「何?」

「これから、僕達はどうなるの?」

阿久津さんは考える仕草をしながら書斎の中をうろうろしだした。

「そうね。実験の犠牲になってもらおうかしらね。成功しない魔術の無駄な犠牲に」

そういって阿久津さんは勢いよく書斎から出て行き、扉を閉めた。

「おい!」

僕は慌てて扉に向かう。しかし扉に鍵を閉められたらしく、開かない。

「開けろ! 開けてくれ!」

僕は扉をがんがんと叩く。しかし扉が開くような気配はない。

「くっそ。閉じ込められた」

別木さんが書斎の窓を開ける。

「この窓、鉄格子が嵌っているわ」

どうやら扉が唯一の出入り口のようだ。閉じ込められた。

「こっちにドアが有るわ」

別木さんが書斎の奥にドアを見つけた。ドアを開けて中を確かめる。

「シャワールームだわ。トイレもある」

出口はないようだ。阿久津さんが閉じ込めたのなら抜け道はないだろう。この期に及んで阿久津さんが僕達を逃がすようなことをするはずがない。僕達は魔術の実験とかいう無意味な名目によって殺されるに違いない。

「どうしよう?」

僕は剣を取って振りかぶった。ここまで持ってきた剣を使うときは今しかない。

「えりゃぁあ」

気合を入れて、扉に斬りかかる。しかし、剣は扉を切断することなく弾かれた。

「いたたた」

反動で手に衝撃が走る。剣が手からこぼれ落ちる。幸いなことに剣が欠けることはなかった。しかし、扉には小さな傷痕しか残っていない。どうやらこの扉は強力な金属製のようだ。剣で斬れるような扉ではない。

「とりあえず、この書斎をいろいろと調べてみよう。何か脱出する手がかりがあるかもしれない」

僕は気休めを言ってみた。本当に気休めでしかない。ホテルでのゲームと違って答えが用意されている問題とは違う。この状況は脱出が出来ないように作られた脱出ゲームだ。生きて出られる保証は無い。

 僕と別木さんは書斎の調査を始めた。調査といっても本棚の本を眺めることしか出来ない。本棚に並ぶ本は「基礎魔術理論」「魔法全書」「魔術の理」「魔法の歴史」などといった魔術関連の物しかない。書店にあるような本ではなく、時代かかった手作りしたような本ばかりである。211号室にあったものと同じような本だ。もう胡散臭くて仕方がない。

 本の題名を眺めて五分くらい経った頃、不意に学校のチャイムのような音がした。

「書斎に閉じ込められた二人へ。連絡します」

天井を見ると、スピーカーが取り付けてあった。そこから阿久津さんの声がする。

「二人にボーナスゲームを言い渡します」

阿久津さんの声は感情のこもらない無機質に、ただ淡々と業務連絡のように響く。

「その剣でもう一人を斬り殺せ」

419号室で抜いた剣がぎらりと光る。その光を浴びて僕の背筋が冷えた。別木さんも同じように一瞬で青冷めた。

「生き残った方はこの屋敷から生存して脱出する権利を与える」

それは悪魔の誘いだった。

「制限時間は二十四時間。それまでに一方が他方を殺さない場合、二人とも死ぬ」

それから、しばらく沈黙が続いた。僕も別木さんも何も喋れなかった。お互いに目も合わせられなかった。


放送が終わってからかなりの時間が経った後、別木さんが口を開いた。

「江本くんは、わたしを殺さないよね?」

それは、脅迫じみたお願いだった。そう聞かれてノーと言える訳がない。

「当たり前だよ。死ぬときは一緒に死のう」

この状況で別木さんを殺してまで生き残ろうとは思わなかった。それに別木さんを殺したところで本当に生きて帰れるかどうかも疑わしい。ゲームの主導権が全て阿久津さん側にあるから、僕達はそれに従うしかない。理不尽だろうと何だろうと今の状況では下手に反抗することも出来ない。

「でも、むざむざ殺される気はないんでしょ?」

別木さんはにやりと笑った。吹っ切れていた。この状況に絶望なんてしていなかった。

その挑戦的な笑顔に対して僕も合わせて笑みを浮かべた。

「勿論。死んでなんかやるものか」

一気に元気と勇気が湧いてきた。別木さんはこの状況に絶望していない。この状況から二人で生き残ろうとしている。それならば僕も生き残る意志を見せなければ。

「まずは、この書斎を徹底的に調べよう。何かの手がかりがあるかもしれない」

「了解」別木さんは元気良く返事をした。

 まず、僕達の持ち物を確認する。僕も別木さんも着の身着のままのようなものだ。ポケットにティッシュがあるくらいだ。

 そして剣がある。419号室で引き抜いた剣。電撃によって堂本さんを殺した剣。そんな剣を平然と振り回している僕は、もしかしたら世間一般の感覚からしたら異常かもしれない。不謹慎だの鬼だの悪魔だの言われるかもしれないが、そんな誹りを受ける心配をしている場合ではない。今は自分達が生きる方法を。僕と別木さんが生き残る方法を模索しよう。

 剣で扉の破壊はやってみたが失敗に終わった。代案を探そう。

「江本くん。ピッキングは出来ない?」別木さんが訊いてくる。

「残念ながら、やったこともないし、どうやればいいかも分からない」

「そっか。ピッキングが出来る人はこのヘアピンでも出来るって言っていたから、もしかしたらと思って。でも、試しにやってみる?」

「やるだけやってみようか」 僕は期待せずに言った。

 その後、僕と別木さんの二人でピッキングを試みたが、まったく上手くいく気配が無かった。

「駄目だね」

「仕方がない。他の方法を探そう」

 他の方法といっても、あまり考え付かない。結局、この扉を開けるか破壊することになる。必要なのは、ピッキングもしくは扉を破壊する道具だ。

 僕はソファに腰かけて考え事に集中する。別木さんは本棚の本を眺めていた。

 制限時間は二十四時間。この書斎には時計が無いから、あとどのくらいなのかは分からない。書斎の窓から鉄格子越しに日の光が差している。僕は日の光が差す位置に剣を突き立てた。日が一回沈んで昇ってからこの位置に光が差すまでが勝負だ。

 しばらくは二人とも黙々と考えていたが、いつしか一人の限界に達し、口を開き始めた。

「ねぇ、江本くんは魔法が使えたら、どんな魔法が使いたい?」

「転移魔法かな。ここから出たい」

自由自在に任意の場所に行けたら、どんなに便利だろう。壁や距離も無視して好きな場所に移動出来たら、ここから脱出するだけでなく日常生活にもかなり使える。

「今、この状況だったら、わたしもそう思うわ」

根を詰めて考えすぎたので気分転換に他愛も無い話を進めてみた。

「普段だったら、魔法を使って何をしたい?」

「世界を平和にしてみたいわ」 別木さんは真顔で答えた。

「大きいね」

「具体的にどうすればいいか分からないけどね。世界が平和だったら、こんな非人道的なゲームは起きないし、あの二人もあんな無惨な死に方はしなかったわよ」

「そうだね。僕も魔法が使えたら、世界平和を望むことにしよう」

何だか暗い話になってしまった。二人が死んでいることは忘れたいとは思わないが、思い出すたび暗くなる。話題にするならここを無事に脱出出来てからにしたい。今は無意味に明るい話をしようとは思わないが、せめて前向きな話をしたい。

 別木さんはふっと立ち上がって、本棚から一冊の本を取り出してきた。本のタイトルは「魔術基礎Ⅰ」だ。火の魔術について書いてあった本だ。

「この本に書いてあったの。この本の作者は、魔力は万能の力かもしれないって」

さっきまで、この書斎を調べているうちに読んだのだろう。別木さんは頁を開いて見せる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

一.序文

人体は、様々な物質で構成されている。原子レベルで見れば、

体重60kgの人をつくるために、酸素45kg、炭素10kg、水素6kg、

窒素2kg、カルシウム1kgと細かな原子が必要となる。

しかし、これらの原子を全て揃えて正しく化学反応させても

生きた人間はつくれない。高度に発達した科学によって複雑な

  人体構成を再現しても、生きた人間をつくることはできない。

  化合や電子の共有を組み合わせても、人間が思考するような仕組みを

  作ることは出来ない。生命特有の思考という活動は単なる原子の

  性質だけで説明することが出来ない。原子を繋いで生命をつくるには、

  現代の科学の力では足りないのだ。

  しかし私は発見した。ただの偶然なのか運命なのかは分からない。

  でも私は感じることが出来た。

  生命を構成する原子には意志があることを。

  本来、物質を構成する原子は意志を持たない。外力によって化合し、

  分解し、相転移し、所有の性質として崩壊するのみである。

  しかし生命を構成する原子は自らが生命の一部であろうとする意志を

  持つ。他の弱い力を退けて生命を維持するための化合や分解を

  組み合わせようとするのだ。その結果、生命特有の思考という活動が

  出来るようになっている。

  生命を構成する原子がどうして、そのような性質を持つかは、

  私には分からない。しかし生命原子のこの性質は大いに応用が利く。

  原子自体に化合しようという意志があると、エネルギーが補填されれば

  いつでも化合を行える。

  原子自体に分解しようという意志があると、エネルギーが補填されれば

  いつでも分解を行える。

  原子自体に移動しようという意志があると、

  いつでも温度変化を行える。

  原子自体に電荷を動かそうという意志があると、

  いつでも電気を流せる。

  重要なことは原子の意志である。

  生命である我々は生命活動を維持するためにこの原子の意志を

  無意識で利用している。

  つまり我々は原子に意志を持たせる力を有しているのである。

  この力を意識的に利用することを、この本の中で考察していきたい。

  俗な言い方ではあるが、この力が万能の力であるという期待を込め、

  この力を以下では魔力と呼ぶことにする。                     

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


   

他の人からしたら、ただの妄想だと蹴り飛ばすような魔法理論だった。別木さんも苦笑いを浮かべている。でも僕には蹴り飛ばすことが出来なかった。

生命特有の原子に意志を持たせる力。僕だけが見える生命特有の緑の靄。その二つが同じものだとしたら。

「くふふふふふふ………」 僕は奇妙な声を出して笑っていた。

「江本くん?」 別木さんが僕を心配する。

大丈夫だよ。僕の頭は正常だ。正常に冷静に動いている。正常だからこそ、可笑しくて仕方がない。今まで正体不明だった緑の靄。これが魔術的な物だったなんて。

 僕はポケットからティッシュを取り出す。そして思い出す。魔術基礎Ⅰに書かれていた内容を思い出す。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 [魔術3.1] 燃えやすい物質を魔力によって燃やせ。

  準備物:紙、布、蝋燭などの燃えやすい物質。理想的にはリン。

  手順 :酸素に対して燃えやすい物質に化合するように命令する。     

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


  

僕はティッシュをもった手に神経を集中させる。腕に緑の靄が集まるのが見える。腕に力を込めれば込めるほど靄の緑が濃くなるのが分かる。

ティッシュを大きく振りかぶって、振り下ろす。

音を立ててティッシュが燃え上がった。

「え?」 別木さんが突然の発火に目を丸くする。

 僕は可笑しくて溜まらなかった。手に持ったティッシュが燃える熱さも忘れて笑い出した。

「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはぁ」

呆然とする別木さんを脇目に、僕は笑い続けた。


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