四十幕目 隻腕の鬼龍外剣士
すいません。母が入院してドタバタして、手が附けれませんでした。
隻腕の美剣士です。
化け物の話しです。
中松さんの人形の影も引っ込み、静かに為りました。
迷霧ちゃん、早彩ちゃんの芽出隊の罪です。布団の中でしっかりお仕置きしときます。
役人に寿隊を伝えたが、まだ待ち時間がある。
「凪様、伊庭 八郎様について教えて頂きませんか」
琥珀が炎と椿の三人で、おねだりしてきた。バトル脳トリオ結成か?
「いば?」
町田様?
「凪様が憧れて、武芸を始められた、向こうの侍で御座います」
炎、説明ありがとう。
「ほう、八郎なら男。女人の中沢殿とはまた違う侍、是非聴きとを御座いますな」
町田様、隻腕のター●ネーターですよ。人外だと思いますが。
「伊庭 八郎も中沢 琴と同じ頃の侍です。幕府の終局の時に、幕府についた侍。
文字は伊、家の庭でいば」
伊の文字を腰掛けている椅子に書き、話しを続ける。
「心に形と刀で心形刀流。
幕末戸四大剣術道場の一つ錬武館。
幕臣の家柄でありながら、心形刀流の八代目家元の息子で十代目を継ぐはずでした。八代目が他界した為、九代目は養子です。
子供の頃は病弱で学問を好み、剣術を始めたのは十六歳の頃。
才があったようで、僅かの間に伊庭の小天狗、伊庭の麒麟児と異名がつく腕前に。
まだ若かった頃の幕末三舟の一人、剣豪の山岡 鉄舟にも勝ってます。
四八郎の一人にも数えられました。
四八郎は浪士組の清河 八郎と彰義隊の副頭取の天野 八郎、北辰一刀流の剣士で井上 八郎で、四八郎。
幕末三美男にも数えられ。一人目が請西藩の藩主、林 忠崇。二人目が伊庭で、三人目は決まってません。人によって替わります」
「美男の三人目が決まってないとは・・」
迷霧ちゃん、尻尾が硬直してるよ、何故に?
「十六歳から、僅かの間に異名をとる腕前に・・」
中松さんは愕然。
「四八郎も面妖な話しで御座います」
椿は怪訝な表情。
「凪様、四大剣術道場の後三つの道場は、どのような道場なので御座いますか」
炎もバトル脳全開ですか。
「四大道場では錬武館は門人(門弟の別称)が千人居たが、一番小さい」
「凪様、千人で小さいので御座いますか」
炎は愕然。
「門人千人なら、唐五では大大大道場で御座いますよ」
琥珀は呆れてる。
他の皆も驚いている。
「錬武館は、厚くなる門人帳を綴じる為に、長さ七、八寸(二十一から二十四・ニセンチ)の錐をあつらえたと伝わります。
江戸は幕府のある大きな街だったので侍が集まりましたから。
後の三つで幕末三大道場とも。千葉 周作の北辰一刀流の玄武館。
桃井 春蔵直正の鏡新明智(鏡心明智流ともあり)流の士学館。
斎藤 弥九郎の神道無念流の錬兵館。
三大、四大道場の云われるのは、後の世です。
技は千葉、力は斎藤、位は桃井と後の世では。
心形刀流は家の伊庭と言えます。家元には技量のある門人を養子として、家元を継がしてます。五人が養子です」
「力のさいとう殿で御座いますか、是非にも手合わせしたいです」
琥珀、昔の人だからね。
「江戸の頃は、中沢琴の話しで京に残った新撰組の幹部になる、天然理心流の試衛館道場の面々と遊び歩いてます。伊庭と仲が良かったのは、八歳年上の鬼の副長、土方歳三です。
試衛館の先代の隠居から、小遣いを貰いもり蕎麦を食べたり、吉原・・遊廓に二人で行ってます。けっこうやんちゃだったみたいです」
「遊廓・・はしたなや」
早彩ちゃんが小袖の袖で顔を隠した。
「心形刀流は、二刀の型が多き御流技です。
心形刀流の門人は、臑を出す短袴で、朴歯(台と歯が厚い下駄)の高下駄を履き、腰間に杷先(柄先とも)下がりに横たえた太刀を佩く(太刀は差すと書かず、佩く)、抜刀しやすい姿勢で往来を歩くので、一目見れば心形刀流の門人と解ったそうです。
伊庭家は心形刀流の家元ですが、幕臣でもあった為、奥詰衆(将軍の身辺警護隊)に入り、将軍の警護の為に京に行きましたが、初めの頃は物見遊山でした。
名所を物見遊山し、名物の料理を食べ、土産品をもとめたり、軍記物の書物を借りたりして、随分楽しんでます。御前試合をしたりもしています」
「まさに物見遊山ですな」
此処まではね。町田様。
「物見遊山気分も江戸への帰参中に一変し京に戻ります。新撰組が京で起こした池田屋騒動です」
「池田屋とやらの騒動で御座いますか」
ひめのは怪訝な表情をする。
「風の強い日に京の都に火を放ち、その混乱に乗じて、帝を長州藩に拐かす為の会合を旅籠の池田屋で行います。
二十数人が集まっている池田屋に、新撰組の四人で斬り込む」
「「何と!!」」
全員絶叫です。
「池田屋の中に斬り込んだのは、四人だけです。他の者は周りを堅めました。
九人が討ち取られ、四人が捕らえられます。(人数は諸説あり)
伊庭は池田屋に急ぎますが、終わってました。伊庭は新に造られた遊撃隊に入ります」
「池田屋の話しを聴きとを御座います」
「琥珀、今は伊庭の話しだから」
「一月(千八百六十八年)鳥羽・伏見で大きな戦が起きます。相手の官軍は、火縄を使わない鉄砲と異国から学んだ、戦い方をします。
伏見にて伊庭は斬り込み暴れますが、鉄砲の前に大怪我をします。
戦は将軍が逃げ出し佐幕、佐幕は幕府の事です。佐幕側は負けました。
幕府の城が無血開城したのちに、不満な侍達が集まり箱根戊辰の戦が、その年の五月に開戦します。
病み上がりの伊庭も参戦し暴れますが、堀屋良輔はあらんかと遊撃隊士を呼び、味方を装って近付いた者達の鉄砲の弾が当たり、もう一人に左腕を深々と斬られますが、その傷で敵を斬り倒し、勢いあまって岩も斬り落とします」
「「岩!」」
「何と、斬られながら岩まで!」
町田様、興奮しすぎですよ。気持ちは解ります。初めて聴いた小学二年生の時、興奮しましたから。
「左腕の傷が酷く、医者に腕を切るように進言され、伊庭は痛みをとる薬(麻酔)を断り。腕を切る治療を悲鳴を上げず、受けました」
「凄すぎまする」
椿、解るよ。
「敗走する佐幕側は、北海道は函館の五稜郭に入城します。其処で旧知の友、土方才蔵と再開します。
心形刀流は二刀の型が多く、伊庭は右腕だけになりましたが、二刀で鍛えた片手業で、隻腕の剣士として、戦に出ます」
「真の侍じゃ」
町田様、自分も憧れました。
「後の世では、伊庭は身体丈夫と讃えられます。
隻腕になりましたが、五稜郭でも剣士として、暴れますが、鉄砲の弾三発を受け倒れ、医者の見立てで助からないと、毒の液を渡されると総てを覚り、一気に飲み干すと笑いながら他界しました。二十七歳だったと伝わります」
「もののふの本懐だ。伊庭様は鬼龍外、鬼族、龍人族よりも凄まじい傑士をこう呼びます。まさに鬼龍外剣士」
町田様が興奮しながら話した。鬼龍外は日乃の独特の言葉なのかな?
そしてもののふか、前に中松さんに質問したが、武士の言葉無いはずだ、読み方が古いのか?日本では昔は、武士と書きもののふと読んだ。何時からぶしと読んだかは諸説あるが。
「凪様、伊庭様の死にざまに憧れても、我を置いて鬼籍(死んで、魂になって閻魔帳・過去帳・点鬼簿に名と死亡年月日が記載される事)に入らないで下され」
ひめのが涙目で懇願してきた。
他の七人の奴隷娘も涙目だった。
「可愛い御前達を置いて逝かないようにするよ」
「凪様・・」
ひめのが自分の手を握ってくる。
七人も自分の近くに来た。
あらま!笹が何故か刀の杷を握ってる。何故に!
世間様では無名の隻腕の化け物です。
小学二年生の時に、近所の歴史好きおじさんがオタク仲間(当事は無い言葉)の茶会に招待してくれました。おじさんやお爺ちゃん達から色んな話しを聴きました。無線・古代生物・崩し文字等。存命している方は一人だけですが。
小学二年生の時、茶会で中沢 琴様と伊庭 八郎の話しに興奮しました。
琴様は、恥ずかしながら憧れの女人です。
琴様は女人達のモデルです。特にひめの・椿・みりあ、そしてまだ登場してない娘もいます。
新撰組同行は男名の偽名説もあります。
伊庭 八朗は、一部で絶大な人気があります。
左腕を斬った人物は諸説ありますが、自分が最初に聴いた説は雖井蛙流の剣士です。人物・御流儀は諸説あります。
勢いあまって岩まで斬った話しが、江戸っ子によって尾ひれがつき、百人斬り等が造られました。
死亡も即死から、毒がモルヒネ・鈴蘭の毒(鈴蘭は毒草)だったり諸説あります
命日も諸説あります。
どんどん説が増えています。
現在は心形刀流は、三重県の亀山市に道場があります。
参考文献
新撰組顛末記 永倉 新八著 新人物文庫
新選組奮戦記 永倉 新八著 PHP研究所
伊庭八朗のすべて 新人物往来社編 新人物文庫
ある幕臣の戊辰戦争 剣士伊庭八朗の生涯
中村 彰彦著 中公新書




