第二話
ロンドンに到着した朔。だが事態は思わぬ方向に………!?
ローマから飛行機で約二時間、着いたロンドンの素晴らしい伝統的な建造物を眺める間もなく地下鉄へ乗り、着いた所からバスを乗り継ぎ緑と平地一面の田舎町へ。
「だだっ広いなぁ……」
地図を広げ、赤丸印を確認する。
「この町で間違いないみたいだけど………」
辺りを見れば、所々に家らしき建物が見受けられる。
だが叔父によれば、此処へ着いて一目で分かると書いていた。
「…何処ですか?」
見たところ皆ただの家だ。
一見して分かる筈もないだろう。
一見して…、
「……………………」
視界に入ったのは、博物館でもやってそうな洋館。
「いや、いやいや、有り得ない。あれって何かの観光名物みたいなものだよね?」
自分が立つ道路から道なりに三キロ位の距離にある、門らしき場所には兵隊さんみたいな衣装を着た人らしきものが見える。
「あれ…何か武器っぽいの持ってるよね…。」
そうだ。
あれだな。
観光地によくある歴史的建造物を守ってるんだ。
なんだ。
じやああれは自分が探している場所ではないな。
朔は踵を返し、また地図を広げた。
「て、事は……何処だろ?此処がバス停だから、現在地は此処だよね?此方が西だから、これを東に向けて………あれ?」
再び踵を返す。
地図上にはこのバス停から約三キロ程度の場所に、赤点が着いていた。
[此方が門になっております。]と英語で書かれていた。
「………………………」
取り敢えず行ってみよう。
何かの間違いかもしれないし、第一、こんな建物が一般人の暮らす家だとは到底思えない。
だが、叔父は自分が属している機関って手紙にも書いていた。
もしそれが本当だとすれば、仕事場で生活していてもおかしい話ではない。
「ふっ………成る程。」
持ち直した荷物を肩に抱え、歩幅を大きく歩き出した。
********
門前まで着いた所で、武装兵が此方に気付いた。
「………ん?なんだ貴様は!」
いきなり長身の兵士1人が、ショットガンの様な長い銃を突き付けてきた。
「わっ!」
「おいジース、よく見ろ。アジア系の子供だ。それにまだ夜じゃない。きっと観光か迷子だろ。」
「だがデニス……!!」
もう1人の兵士が穏やかな表情でジースと言う男を宥めると、此方に向かい腰を曲げた。
「やぁお嬢ちゃん。言葉分かるかい?此処へは何しに来たのかな?」
完璧に子供扱いだ。
苛立つが、兎に角此処に叔父が居るがどうかを聞くのが先決だ。
文句の一つや二つ、聞いてから言っても遅くはない。
「あの、此処に坂本和成さんはいらっしゃいますか?」
そう聞くや否や、このデニスと言う男の穏やかな顔は一瞬にして鋭いものへと豹変させ距離を取った、そしてジースと言う男は再び此方へ銃口を向ける。
「へ?」
「こちらデニス、応答せよ。只今門前にて怪しい少女出現。少女だからと言って油断ならない。直ちに応援を要請する!」
『了解、直ちにBチーム出動する。』
デニスは胸元に装着している無線機で有り得ない事を言っていた。
「え?いや、ちょっと………」
「煩い黙れ!」
何故かおかしな展開になってしまった。
このおっさんどもは何と勘違いしているのだろうか?
ただ普通に叔父がこの家に居るか聞いただけじゃないか。
そう考えていたら似たような格好をした兵士たちが5~6人増えていた。
「ええぇ!!?」
「さぁ、吐いてもらおうか!貴様は一体何者だ!!何故内部者を知っている!!」
四方八方から突き付けられる銃口。
柵から見えるだだっ広い庭には、他の兵士達が走って何処かへと向かっていた。
こんな状況下、朔の脳裏には海外の事件が浮かんでいた。
ハロウィンの夜、少年はある家にお菓子を貰いにドアを叩いた。
だがその家から貰ったのは頭部へ撃ち込まれた弾丸だった。
家主は自供の際、こう言っていた。
変装した、強盗かと思った、と------。
よくアメリカでは、その敷地内に入れば発砲してよしとされている。
だが今のこの状況はどうだ?
私は敷地にも入っていないのに、訊ねただけで銃口を向けられているのだ。
こんな馬鹿な話が有るものか………!!
朔は肩に抱えていた荷物をずり落とした。
「ねぇ叔父さん達、つまり………この屋敷には坂本和成が居るって事ですよね?」
そして俯き両手を前に出し、何も持っていない事をアピールする。
「貴様の質問には答えん!!此方の指示に従ってもらう!!」
兵士たちは取り押さえようとジリジリと近寄り、背後に居た兵士は銃を下ろした。
「そりゃあ、あんまりだ…私は命令されるのが大嫌いなんですよ。」
朔はにっこりと笑うと背後から伸びる手を掴み思い切り引っ張りあげ、右側の兵士たちにぶつけた。
「うわあっ!!」
「貴様……抵抗するつもりか!」
すると左側の兵士たちが此方へ向けて銃の引き金を引くが、弾丸は飛ばなかった。
「なっ………」
「残念。」
どよめく兵士たちを見、朔は薄ら笑いを浮かべ、舌をチラつかせた。
その瞬間、
ガシャッガシャンッ!
兵士たちが持つ銃は、粉々に崩れて地に落ちた。
「なんだ貴様はっ……!」
蒼白になって怖じ気付いた兵士は、全身を震わせ腰を地につける。
「うわあぁぁぁぁ!!」
肝の小さい奴は一目散に逃げていった。
「くそっ!」
デニスは舌打ちすると、再び無線で誰かに知らす。
「こ、こちらデニス!!只今応戦中!!来れる兵士は全員出動!!敵は一人!だが思った以上に手強いぞ!!武器は…[パンッ!!]…うわっ!!」
手に持っていた無線が破裂する。デニスの視線は朔にあった。
「あ………あぁ……嘘だろ……」
朔の手には誰かのショットガンが握られ、もう片方の手には………。
「サムライスパーダ………!?」
「そっちはベネリM3ですね。重量3・45kgの筈なベネリだがこれは軽く5kg位あるんじゃないですか?通常でも殺傷能力はあると思うけど、改造する意味があったのですか?」
不敵に笑う朔に対し、デニスは歯を食い縛る。
「化け物め!!人間を嘗めるな!!」
そして脚に装着していたコンバットナイフを手に取ると、尽かさず朔に攻撃を仕掛けた。
「おっと。」
それを朔は避けると、己の刀をデニスの太股に突き刺した。
「うわあぁぁぁぁ!!」
「デニス!!くそぉっ!」
ジースは地に落ちていた散弾銃を手にすると、即座に発泡。
朔は、
「ははっ」
笑いながら、
「ショボい」
その弾丸を全て斬り落とした。
「…………っっ」
「なんて事だ………」
力が抜ける。
兵士たちはその光景を、呆然と見る事しか出来なかった。
「さぁ、案内してもらいますよ。坂本和成の元へ。」
デニスは足に重傷を負っている。
ジース以外まともに立てる者も居ない。
冷や汗が額から鼻筋を伝い、アスファルトに滴る。
実際負傷したのはデニスだけだが、勝ち目を見出だせなかった。
だがこの敷地内に、異物を投入したくない…………!
「うおおおおおおおおおお!!!」
ジースは再び乱射を始めた。
「ハンッ!学びのない奴だね。」
笑みが深くなる。
散弾銃を捨て地を踏み込み上体を低くすると、ジースに向かい突進する。
「うわっ!!うわああああああああ!!」
がむしゃらな発泡は命中する事もなく簡易に避けられ、逃げようとする足を、踏みつけられ、倒れたジースの眼前には朔の笑う口許しか見えなかった。
「ひぃっ!!」
「こっちは大人しく訪ねたんだ。お前らがこんな無駄な事しなけりゃあ、何事もなく私は坂本和成に言いたいだけの事を言ったら帰るつもりだった。呪うなら自分を呪いなRat shit!!」
言いながら、ジースの右肩に刀を突き刺す。
「ぎゃああああああああ!!」
それを刺したまま斜めに傾けると、段々腕が放れていく。
朔は涼しげな顔で眺め、断末魔の様な叫びを小鳥のさえずりを聴く様に微笑む。
「もうそろそろお止めになっていただかないと、お話も出来ませんぞ?足立朔殿。」
声は朔の耳元から聞こえた。
驚いた朔はスラリともう一つの刀で直ぐ様振り向き様に背後を斬った。
「太刀筋は見事。ですが、感覚はまだまだ甘ちゃんですね。」
目線の先には想像した老人ではなく、顔立ち整った50代前半だと思われる日本人が立っていた。
「………アンタが坂本和成?」
「お察しの通り。」
坂本は睨みをきかす朔にニッコリと微笑み掛けると、お辞儀をした。
「初めまして朔。随分と長い旅路だったのでしょうな。私が手紙を出してから……もう二年になる。………来ないかと、思いましたよ。」
「どうだっていい。本当は来たくもなかったさ。だけど、私は私なりのケジメってやつを着けなきゃならない。だから此処へ来た。」
「………成る程。」
坂本の口角が上がる。
朔は不快に顔を歪めた。
「立ち話もなんです。遠路遥々お疲れでしょうし、お茶でも召し上がりながらゆっくりとお話をしませんか?」
促す先はあのご立派な洋館。
見るだけでも満足する様な細かい創りに胸糞悪くなる。
「あの……坂本様、この女は一体………?」
新たに来た兵士たちは、この状況を飲めずにいた。
腰を抜かして立てなくなっている者、脚、肩を負傷した者、この場から居ない者……。
そして刀と散弾銃を携えた血塗れの攻撃対象人物をこの屋敷に招こうとしている住人。
明らかに可笑しな絵だった。
「ああ、君達はもう忘れたかもしれませんが、二年前、私が招こうとした客人ですよ。名前は足立朔、此処へ来る際は私の名と自分の名を述べる様に手紙に書いていたのですが………、どうやったらこの様な騒動になるのやら。」
坂本の発言で、デニスとジースが痛みも忘れて飛び上がった。
「え?そ、そうだったのですか!?」
「それは恐れ入りました朔さま……!数々の無礼、お許しください」
「え?」
いきなり二人の男に跪かれた。
怒りは一気に消え失せ、変わりに焦りで顔熱くなる。
「あっ、いえ、そんな………私こそごめんなさい!銃を向けられたから正当防衛だと思わず……」
「<思わず>で、こんな事には普通なりませんがね。」
「ぐ………う、うるさい!」
「まぁ、良いでしょう。ビリーとモンチェスはデニスとジースを医務室へ、ガンスとダニエルは門の警備をお願いします。逃げた者は解雇処分致しますので名簿を後で持ってきていただけますか?他の者は各自配置へ着いて下さい。以上です。さ、アナタは此方へ。」
急かす様に背中に手を添えられる。
導く右手は屋敷を指していた。
「……………」
本来なら、この場ではね除けて、坂本に中指を立てて、一言言ってやろうと思っていた。
「私はやらない。」と、そしてローマへ帰るつもりだった。
だが、今の騒動は明らかに自分の所為だ。
自分の名を名乗っていたなら、もしかしたらデニスもジースもこんな傷を負わなくてすんだかもしれない。
だとしたら、雇い主であるこの洋館の住人にきちんと謝らなければ。
大袈裟なため息をつくと、空を見上げる。
何一つ文句ない快晴に、気分が滅入るのを感じた。
洋館に案内される、そんな足取りは、鈍るばかりだ。
第二話END