第一話
初投稿です。
一応恋愛有りですが、大量な血が出る予定ですので苦手な方はご遠慮ください。
正直飽きていた。
二十歳過ぎても両親と常に行動するとか、[血筋]という古腐った昔からの伝統行事みたいなのとか。
うんざりしていた。
[家族]と言う仕事に、[殺し屋]と言う職業に。
だがそんな両親は二年前に他界。
事故だった
家は全焼。
それは見る影も無く家屋は焼け爛れ、遺体も判別が出来ない程に灰に化していたと後に聞いた。
[丁度]その頃私は夜の散歩に出掛けていた為に難は逃れたのだ。
別に寂しいとも思わない。
もうそんな年頃は過ぎ去った。
誰の力も借りずに私は生きていける。
そう思っていたある日、
「ん?」
ある手紙が届いた――――。
********
「……もうそろそろ出るか。」
窓から見える空はまだ暁。
太陽も目覚めない、月も眠るそんな頃。
朔は片手程の荷物を手に、自分の居る部屋を今一度見回した。
昨日まであった、子供達が摘んでくれた花々が花瓶の中で風に揺られる光景や、年期の入ったこの部屋の元は白かった壁にいつも掛けられていた三つの衣服、それにベッドの横に置いている丸いテーブルに飾られていた[此処の家族]の集合写真。
全てが無に空回りしていた。
唯一この部屋にある物は、壁に掛けられたイエス・キリストのオブジェのみ。
無宗教の私だが、この寝床を与えてくれた神父さまには大変な恩がある。
指を絡め、跪き、そのオブジェにお祈りを。
(どうかこの先も、彼等が幸せでありますようよろしくお願いします。)
此処は[修道院]
ローマ郊外にある小さな村の小さな教会に居る人達の家。
住み始め当初は古い建物だったし虫は出るし独特の匂いに噎せていたけれど、一年も経った今ではとても住み心地がよく、人々も優しく毎日が楽しかった。
私の一番大好きな場所だ。
「神父様、皆、今まで本当にありがとう。」
そう独り言を言って、朔は荷物を持ちかえると木製の軋む扉とは真逆の、窓の方へと歩んでいった。
カラリ、
窓を上へ持ち上げると冷たい風が指先から甲を撫でる。
まだ季節は春を迎えていないローマは、それだけでも身が引き締まる様な寒さだった。
ゆっくりと、ゆっくりと。
完全に開かれた窓から、足を出した。
「朔。」
気配もなくその声は私の心臓を貫く。
「わっ!」
一気に引き吊った体から力が抜けた足元が崩れる。
ドテッ!
思い切り尻餅を着いた。
「し、神父さま……!」
扉の向こうから差す光で表情は伺えないが、黒の布を纏う姿に白髪がオレンジの光に透けて見える。
私が尊敬し、唯一それ以上の感情を持たせた人物。
「ネ、ネロ神父……こんな夜更けに如何様な用事が……?」
平常心が保てない。
彼に対するこの気持ちは警戒心とはまた違うもの。
それ故に、この感情をどうすれば良いのか、正直もて余している所だ。
対してネロ神父はそんな事気にもしていないのだろう。
変に刺々しい私の態度なんてお構い無く、いつも他の人と差別なく、話しかけるのだ。
「朔、いつかは行ってしまうと思っていましたが……まさかこんな夜に去ってしまおうなんて考えていたとは、此方としては悲しくて仕方がありませんよ?」
そう言ってきたネロ神父が、此方へ歩み寄ってきた。
朔はそれだけで体が強張り動かなくなる。
恐怖とは違う、動揺と鼓動が一瞬にして朔の体温を上昇させた。
「わ、私が何処へ行こうと…ネロ神父には…か、かか関係無いじゃないですか!」
精一杯の抵抗。
自分の気持ちを悟られたくない一心で、いつも過剰に言ってしまう。
そして困った事に、此方を見られていると知ったら此方が相手を見れなくなってしまうのだ。
そんな状況下で、ネロ神父の足が視界に入ってきた。
(うわわわわ…!)
更に熱を持つ頭部に錯乱が衝突する。
心臓は既に喉を潰す勢いで加速し、大混乱を起す脳は遂に真っ白になった。
「ネロ神父は私の保護者ですか!?わわわ私は…」
自分が何を言っているかも分からない状態で続けられる言葉に、ネロ神父の思いもよらなかった言葉がふり掛けられた。
「朔、行く宛はあるのですか?」
その言葉に朔はネロ神父を見た。
「え?」
酷く優しい口調に、心配そうに眉根を寄せるネロ神父の表情。
朔は不思議とその表情を見ていると正直に口が動いた。
「叔父から、手紙を貰いまして…」
「叔父?」
ネロ神父は小首を傾げ、そんなネロ神父の行動が朔の心を擽る。
相変わらず心拍は外部に漏れているかと思うくらい激しいものなのに、先程までの焦りは消えていた。
「はい。一年程前に届いたんです、何故か私に助けを求める様な内容で……。」
「では朔は、その叔父様の所へ行くと言うのですか?」
そのネロ神父の質問には、朔は答えなかった。
「まだ…悩んでいるのですね。」
「はい。」
再び俯いた朔。
そんな朔の目線に合わす様床に膝を着いたネロ神父は、更に腰を曲げて朔の顔を覗いた。
「朔、ゆっくりで良いのではないですか?」
朔の目はネロ神父を見た。
ネロ神父は「フフッ」と笑い、両手で朔の頬を挟むと自分の額と朔の額をくっつけた。
「!!ちょっ…ネロ神父!!?」
また暴れだす朔にネロ神父は怯まずそのままの格好で朔に伝えた。
「私達は素直のままの朔を受け止めています。朔は、私達皆の家族なのですよ。このまま居ては申し訳ない等と思わないで欲しいのです。私も、皆もそれは悲しい。でも…」
言いかけてネロ神父は顔を上げた。
何が辛いのか、瞳に涙を浮かべて朔を見る。
「朔が目的があって行きたいのであれば私は引き止めはしません。これは個人の意思だ。ただ、せめて此処から出るのであれば『行って来ます』と言って欲しいのですよ。必ず帰って来る為に。」
「え…」
正直驚いてしまった。
まさかネロ神父からそんな言葉を貰えるなんて思ってもみなかった。
まるで告白されているかの様な状況で、数センチの距離でそんな事を言われると、本当に何もかもがどうでもよくなる。
でも知っている。
どう足搔いたってネロ神父は私のモノにはならない。
鏡花水月
例えるならそう。
眼では見えるのに触れる事の出来ないもの。
神父の職業は当然恋愛禁止。
生涯共にする者を作る行為は彼等で言う[罪]なのだ。
誰の者でもあり神のモノ。
彼等はそれを理解した上で神父になった。
私如きがどうこう出来るものではない。
[此処に居る]時点で諦めなければならないのを、自分が勝手に苦しんでいるだけなのだ。
それに私は[殺し屋]。
神は私を許しはしない。
[私]は[それ]に触れてはならない者。
「…ありがとうございます神父様」
それでも好きな人に[家族]だと思われるのは嬉しい。
それには[神]は何も言うまい。
唯一[傍]に居て許される者。
「私、此処に帰ってくる為に行って来ます。」
この一年ネロ神父には素直になれなかった。
感情の裏返し。
いつもぶっきらぼうな接し方だったと今では思う。
でも今だからこそ、ネロ神父に素直になれた気がする。
そして改めて[家族]と言う言葉に幸せを感じた。
「そう、ですか…分かりました。」
だから行くのだ。
今そう決めた。
私を本当に俟ってくれているのは[此処の人たち]なのだ。
[血筋]ではないのだ。
日が昇り始めた。
小鳥の囀りが聞える。
木々が音を奏で、風が踊る。
一日の始まりだ。
「良いのですか?皆に会わなくても…」
ネロ神父は朔の荷物を持つと心配そうに辺りを見回した。
「良いんです。だって絶対言ったら杏奈は泣きながら喧嘩吹っ掛けてきそうだしミランダとキラは『行くな』って服を掴んだまま放してくれなさそうだしジョセフは良いにしても一番の難関はロイ神父では…」
そこまで言うとネロ神父も苦笑いし、「確かに…」とつぶやいた。
朔は一旦外の空気を肺一杯吸い込むと、ゆっくりと息をはいた。
そしてこの小さな村を眺め、修道院をじっくりと見た。
「とても良い所だ…此処は。」
その朔の言葉にネロ神父は微笑み、朔に荷物を手渡した。
「朔の家です。いつでも帰ってきてくださいね?」
昨晩、あれからずっとネロ神父が頭を撫でてくれた。
この一年間の中で始めての事で最初は動揺していたものの、段々泣けてきた。
その延長だろう。
ネロ神父の一言に一々涙腺が緩むのだ。
朔は勢い良くお辞儀をすると急いでネロ神父に背を向けた。
「ネロ神父…行ってきます!私、絶対に帰ってきますから!!皆にもそう伝えてください!!」
そして振り向きもせず歩き出す。
後ろから聞こえるネロ神父の「いってらっしゃい」の声を聞きながら…。
段々離れていくにつれ、寂しい気持ちと今からの問題が脳内によぎる。
まだ日本に居た頃、その手紙は一人暮らしをしている時に届いた。
この[家族]が嫌で、この[血筋]が嫌で逃げるために住所変更もせず場所を変えて名前を変えて生活をしていたのに[足立朔]と本名で送られた手紙。
明らかに挑戦状の様な文面。
朔は空港までのバスの中でその手紙の内容を読み直した。
拝啓
足立朔様
はじめまして朔殿。
私は坂本和成と申します。
あなたの二年前に亡くなった父である足立雅臣の弟にございます。
私が貴女を初めて見たのは産まれて直ぐに撮られた写真の中。
とても愛らしく、お母様によく似ておられました。
そんな両親が亡くなってさぞ胸を痛めた事でしょう。
それとも喜びましたか?
私は貴女のある事を知っている。
勿論[殺し屋]の事ではないのは貴女が一番よく知っている事でしょう。
代々[坂本家]は[殺し屋]の一族。
つまりは[それ以外]の貴女の秘密になりますね。
それらを踏まえて貴女にお話があります。
現在私の居るロンドンではある事件が勃発しております。
それを私が属する機関が対処しているのですが恥ずかしながら殺され続けて人手不足でして。
もっと[力]がある者をと考えた末、貴女を思い出しました。
[殺し屋一族最後の末裔]である貴女なら、きっと容易くこの事件を解決出来るでしょう。
詳細は貴女が此方へ来てからお話しますがもし来なければ、それでも良い。ただ貴女にとって都合の悪い事にならなければ良いのですが…。
補足としてもう一つ。
これは最高権力者である女王様のご命令であり我々機関であるから出来る事。
殺し好きな一族です。
これを逃すのも、気が引けるのではないですか?
いつ見ても苛立たしい。
しかもコレは[あの事]を使い脅している。
脅迫状でもあるのだ。
もし仮に私が[殺し]が嫌いな[理由]を知っていてこんな事を書いたのなら、やる事が汚すぎる。
最初はどうも思わなかったが、こうして大事な存在が出来ると一年前の事でも重荷に感じる。
だからこそ向うのだ。
だからこそぶつけるのだ。
「私はもう殺しはやらない」と。
それでも脅されるようであればきっと私は自殺を選ぶだろう。
それでも良い。
ネロ神父や皆に私の正体が分からなければそれで良い。
あんな過去を曝されてまで生きていけるほど私は強くない。
だから…
グシャッ
朔は手紙を握り潰し、歯を食いしばる。
戦いの幕開けに不安を隠して今、走り始めた-----。
****************
朔の姿が見えなくなり、ネロ神父から笑顔が消えた。
「ネロ神父、あのまま行かせて本当に良かったのですか?」
すると背後から声が聞こえた。
「ロイ…見ていたのですか?」
「ええ。」
ロイ神父の表情はくもり、静かに棘を刺す。
「酷い人だなぁ。俺も朔に『いったらっしゃい』って言いたかったのに。」
その言葉にネロ神父は笑った。
「仕方のない事です。朔がそれを選んだのですから。」
「うそつき。」
声色は急激に変わり、ロイ神父の怒りが滲み出る。
「何故行かせたのですか!?あのまま此処に居ればきっと朔は…」
「個人の意思は自由ですよロイ神父。大丈夫、また直ぐに会えますとも。」
穏やかな風が一帯を舞う。
だがネロ神父の表情は言葉とは裏腹に、朔が進んでいった道を鋭い眼差しで見詰めていた。
第一話END