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プロローグ

「なぁストゥ」

「なんだロゥ」


 ここは開店前のBAR「Sun House」

 店内を見てみよう。

 煙草のヤニで燻された板張りの店内の壁には、ギターやサックスなどの楽器、ジャズミュージシャンと思われる人物のポスターや写真などが所狭しと飾られている。さほど広くはない店内だ。

窓はない。どうやらこの店は地下にあるようだ。

既にテーブルの上には、椅子が逆さまに乗せられ、安っぽい裸電球のオレンジ色の光が、カウンターの辺りだけをぼんやりと照らしている。

その明かりの下、カウンター席の二人の男。煙草と安酒を片手に、何やら話をしている。



「今日の『語りべ』を頼むよ ストゥ、俺は今日はネタ切れだ」


「何だよ、そりゃルール違反だぜロゥ。『仕事』の前には必ず話を用意するって決まりじゃねぇか?頼むぜまったく…これでお前は三度目だ」


 カウンターに並ぶスーツを着た二人の背格好はそっくりだ。後ろから眺めればまるで双子の兄弟。だだ二人の髪の色がその違いをはっきりと示している。『ストゥ』と呼ばれている男は、黒髪。そのストゥが『ロゥ』と呼ぶ男の方は、煤けたメッキのようなブロンド色の髪をしている。年の頃は二人とも20代前半と言ったところだろう。


「わりぃなストゥ。三度目のなんたらっていうけど、まぁ心配ねぇよ」


「おい、縁起でもねぇ事言うなよロゥ。今日は止めにするか?」


「冗談だよストゥ、止めなんて言うな。さ、初めろよ」


「ったく、しょうがねぇな」


 ストゥは煙草に火を点け、大きく一服した。


「今日の『話』は、ある少年の話だ」


「ある一軒家に少年がいてな、全く変わった無口な少年でよ。近所の子供が遊びに誘っても、絶対に部屋から出ない変な子供でな。いつも二階の自分の部屋の窓を開けて、庭にある大きな木を眺めてるんだ」


「何だってそんな事してんだよ」


 ロゥも新しい煙草に火を点けた。


「それがよロゥ、その子供は毎日毎日、庭の木に止まってる鳥の声を聞いてるんだよ」


「鳥?」


「あぁ鳥だ。なんの鳥かは知らねぇが、とにかく鳥が鳴いてるのを毎日毎日、何かに取り憑かれたみたいにひらすら聞いてたんだ」


 ロゥが煙草の灰をトントンと落とした。


「そりゃ変な奴だなストゥ」


「あぁ、当然子供の両親は心配するわけだ。何かの病気なんじゃないか?って医者に診せたり、悪魔にでも憑かれたんじゃないか?って神父にお祓いを頼んだりな」




「で、何でなんだよストゥ?」


 ストゥは煙草の煙を吐き出しながら


「それが、分からねぇんだよロゥ。その子供は次第に、誰とも口を訊かなくなってな、医者と両親は、治療って言って精神病棟に入れたんだ。それでもその少年は、病棟の庭の木に集まる鳥を眺めて、声を聞き続けたんだ」


「どれくらいだ?」


「二十年間だ」


「に、二十年!?二十年も黙り込んで、鳥の声を聴いてたってのかよ!?そいつイカれてるぜ!?」


「あぁ、イっちまってるな。だが、そんなある日その子供が…もうオヤジか、そいつが、突然口を開いたんだ」



「何て?」


 ストゥが煙草の灰を灰皿に落とし、また一度吸って吐き出した。


「…『逃げろ』ってな」


「逃げろ?」


「あぁ、何だか知らねぇが、とにかく気が狂ったみたいに『逃げろ!逃げろ!』って叫び続けてな。何度も病棟から抜け出そうとして、捕まってを繰り返してたらしい」


「そんで日に日にそいつは、医者や看護師に暴力を奮ってまで脱走をするようになってな、手に終えなくなった医者達がそいつを地下の独房に監禁したんだ」


「それで?」


 話を聴くのに夢中になっていたロゥの煙草の灰が、テーブルにぽとりと落ちた。



「それから間もなくしてな、その近くで原因不明の病が発生したんだ。そりゃあひでぇ流行り病でよ。病院どころか、国の人口の三分の一が死んじまったらしい」


「…ホントかよ」


「あぁ…、少年はよ、何年も鳥の声を聞いてるうちに、鳥の言葉が分かるようになっていたんだ。鳥の言葉を聴いて、誰よりも早く危険を知ったんだが、人間の言葉をほとんど忘れちまってて、ただ『逃げろ』ってしか言えなかったって訳さ」


「マヌケな話だなそりゃ」


「まったくだロゥ、せっかく特別な事が出来るようになったのによ、そのせいで、普通の奴が当たり前にできる事が出来なくなっちまうなんてな…」



「…ストゥお前がもしその少年だったらどうする?」


「さあな…鳥に頼んで、窓から逃げ出したかもな、ピーターパンみてぇに空飛んでよ、ハハハ!」


「ハハハ!そりゃ正解だぜストゥ!ハハハ!」



笑い終えると、二人が同時に煙草を口に含んだので、店内がシーンと静まり返った。


電球が点滅するカンッカンッという乾いた音だけが聞こえる。


「そろそろ行くかロゥ」


「そうだなストゥ『仕事』だ」




 二人はまるで双子のように同時に、煙草の火を灰皿に押し付け、やはりカウンター席から同時に立ち上がり、ドアの向こうへ消えて行った。


「…ピーターパンみてぇに空飛んでか、ハハハ…」


 ドアの向こうから微かに、ロゥの笑い声が響いていた。




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