9・余計な協力者
三人でお茶を飲んでいるところに、インターホンが鳴った。
柚子が居間にあるモニターを覗き込むと、肩を出した露出度の高い服装のDが、モニターの中で微笑みながら手を振っていた。
「アリ……兄さん、ちょっと」
柚子は一瞬、動揺したが、直ぐに手招きでアリアを呼び寄せ、小声で言った。
「どうしよう、また面倒なのが来た」
柚子がそうアリアに伝えたのと同時に、あっという間にDは鍵を開けて玄関に入りこんでしまった。
「Dってば、勝手に入らないで」
「だって、わざわざ尋ねて来たというのにさっさと鍵を開けてくれないんだもの」
Dは不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、腕組みをして二人の目の前に立っている。
「ごめん、お客が来ていてちょっと立て込んでいたから」
アリアはまた複雑な展開になりそうで、居間にいる静にはDが見えないように注意しながら、口に 人差し指を当てて、静かにするようにとDに合図した。
「アリアちゃんなの? いつもより一層、男らしくなっちゃって。一瞬驚いたわ」
Dは自分が蚊帳の外なのが面白くないのか、アリアの合図を無視してわざと大きな声で話した。
「こんなところで立ち話はないでしょ、上がらせてもらうわよ」
Dには逆らえなかった。
アリアは諦めて静の方にこの場から去ってもらうことを考えた。
「静、急用ができたから申し訳ないけれどまた明日、同じ場所に待ち合わせでいいかな?」
「ええ。……ソウイチさん、この人は?」
静はDを怪訝そうに見た。
Dは胸元が大胆に開いた黒のカットソーにスリットの入った真紅の超ミニスカートという、一見キャバクラ嬢のような派手ないでたちなのだ。静がそんな視線をDに向けるのも無理はなかった。
「僕の兄の知り合いで……」
「私、このひとの女よ」
Dは話しを遮り、何を思ったか静の目の前でアリアの首に腕を絡ませ、顔を寄せて頬にキスをした。
静は両手で顔を覆い、今にも泣きそうな顔をして玄関を出て行った。
アリアは頭の中が真っ白になった。
これで終わりだ。今までの苦労も水の泡だ。
初めは協力することを嫌がっていたアリアだったが、こうなってしまうと静に申し訳ないという思いで一杯になった。
「D、悪ふざけが度を過ぎている!」
「あらあ、心外だわ。あの娘、アリアちゃんにお熱だったんでしょ? すぐにわかったわ。だから今のうちに冷ましてあげようと思って。お互いのためでしょ? 感謝してもらいたいわ」
そう言いながら、居間に上がりこむと「柚子、私にも紅茶淹れて」と命令した。
「自分で淹れてよね」
柚子は空のティーカップだけDの前に置き、冷たくあしらった。
「なによ〜、私だけ除け者にするから悪いんじゃない。じゃあ、協力してあげるから私も混ぜてよ」
Dは駄々っ子のように拗ねた。退屈していたのかそんな無茶を言ってくる。
「もう遅い、彼女はきっと来ないと思う」
「アリアちゃん、それは甘いわ。女心をわかってないわねぇ」
Dは少しぬるくなったポットの紅茶をカップに注ぎながら、頭を振った。
「用があって来たんじゃないの?」
柚子はそりの合わないDが首を突っ込んできたため、面白くなさそうに口を尖らせている。
アリアはDに促され、渋々今までのことを説明した。が、静の義弟に迫られたことは、面白がられそうだったので触れなかった。
その間、目を輝かせて興味津々に聞き入っているDの態度にアリアは嫌な予感がしていた。
「不憫な子ねぇ、私が女子高生の時にはボーイフレンドの五、六人はいたわよ」
Dはしきりに可哀想を連発していたが、話の大半は自分の高校時代はかなりもてていたという自慢話だった。
柚子とアリアはその話に、外が暗くなるまで一通りつき合わされて、いい加減お腹も空いて疲れてきた頃、Dはやっと一息ついた。
「柚子、お腹が空いたわ。何か見繕って」
「もう! 私はDの小間使いじゃないのよ!」
「ピザでも頼むから、それでいい?」
アリアは犬猿の仲である二人の間に挟まれて、うんざりしながら電話を掛けた。
「……ということで、私も参加してあげる」
「Dに何ができるって言うの」
「柚子、喧嘩腰に話すのはよしなよ」
「だって、Dってば……」
柚子はアリアに睨まれてしょんぼりしている。
「悪いけれど、Dには関係ないことだ」
「二人とも、ただであの娘のお手伝いするわけじゃないんでしょ? 資産家ですものねぇ、むしろそっちがメインね?」
テーブルに片肘をついて柚子の方を向いたDは、目を細めて意味ありげに鼻で笑った。
「でも、柚子のクラスメイトだ」
「柚子がそんな殊勝なはずないじゃない」
「酷い言われようだわ!」
柚子が抗議したが、アリアはDの言葉を否定できずに苦笑した。
「ほら、そうすると私の出番でしょ?」
勝ち誇ったようにふふんと笑い、Dは何が何でも参加する気でいる。
大ごとになってしまった。ちょっとしたネックレスでも手に入れば柚子は満足するだろうと考えていたが、そうもいかなくなってしまった。Dが加わるからには本格的に盗みに入ることになる。
悩みの種が増えて、アリアはまたため息をついた。