6・疑問
アリアがマンションに帰ると、柚子が待ち構えていた。
「おかえり、夕食できているよ。ね、どうだった?」
「大変だった」
アリアは食卓椅子にどさりと座って不機嫌丸出しでぶっきらぼうに言い捨てた。
「静の家、大きかったでしょ。現金もおいてそう?」
柚子はカレーライスを皿に盛りながら、興味津々の顔をしている。
「……柚子、知っていたね?」
カレーを口に運びながら、アリアは柚子に言った。
「何を?」
「しらばっくれないで、彼女の弟のこと!」
「ああ、綺麗な男の子だって言うこと?」
「違う、弟が静さんの彼氏に襲われたことがあるっていうこと!」
「言う必要ないじゃない、だってアリアが襲うはずないもの」
「確かにそうだけれど……その弟に私が襲われた」
「ええっ!」
「どういうことだよ、もうこんな面倒はごめんだ」
「話と違うわね……でも、静は嘘をつくような子ではないと思うけれど」
柚子が小首をかしげた。
「いや、彼女はきっと知らないだけだと思う」
「じゃあ、弟君はゲイってこと?」
「どうだろう? 静さんの彼氏ばかりというのがふに落ちない。確信犯だな、恨みでもあるのか?」
「何の恨みよ」
「さあ、そこまではわからない」
「でも何かありそう」
「多分ね」
「で、これからのスケジュールは?」
「とりあえず誕生日までの六日間、毎日模擬デート……」
「熱々ね」
柚子はニヤニヤしている。
「茶化さないで」
「だって、なんだかんだ言っても、アリア楽しそう。ドン・ファン役ってアリアの性に合っているのかも」
「……」
アリアは柚子の言っていることがあながち外れていないことに気がついて、はっとした。
他人になりきる楽しさと、相手の気持ちに入り込むスリル。
アリアは無意識に、静に気に入られようと演じていたのだ。
結婚詐欺をしていた母、ななの手口がアリアの頭をよぎった。自分の行動は、ななの受け売りか。無意識に刷り込まれたななの行動が自分を動かしたのか。自分には消したくても消せないななの血が流れているのだ。
人を不幸にする血。
「やだ、冗談を真に受けないでね」
アリアが深刻な顔をして押し黙ってしまったので、柚子のほうが慌てて否定した。
「柚子の言うとおりかもしれない」
「だから冗談だって。変なアリア」
アリアは困ったように微笑して、話題をさらりと変えた。
「あのね、静さんはいい子だけれど、何を聞いてもソウイチさんと同じでいいって答えばかりで、自分を出さないんだ」
「ふぅん……」
「柚子に慣れているせいかな? 全てお任せしますっていう従順な子だと、疲れる」
カレーを平らげると、アリアは一口水を飲み、ため息混じりに言った。
「どういう意味よ、それじゃあ私がいつも我がまま言っているみたいじゃないの」
「違うの?」
「アリア!」
柚子の雷が落ちたので、アリアは「ごちそうさまっ!」と言うと慌てて居間へ退散した。