15・高い授業料
「やれやれだわ」
「柚子は何もしてないでしょう? もうこんな面倒なことは引き受けないからね」
ワゴン車から少し離れた所で、アリアが二人の様子を伺っていると、途中から柚子もちゃっかり覗き見に参加したのだった。
「でも、あの二人はこれから大変ね。親になんて言うのかしら」
「そんなことどうにでもなるさ」
アリアと柚子はホテルへ戻り、ロビーの大きなガラス張りの窓越しに庭園を眺めて一息ついた。
「静ってほんと、はっきりしろ! って、言いたくなるのよね。見ていて苛々しちゃう。私だったら直ぐ言うけれどな」
柚子の口振りは本当に怒っているようだった。確かに、柚子だったらあたって砕けろ、という感じだろう。じっと耐え忍んだり、悶々と思い悩んだりする姿は想像できない。
「柚子は恋に悩むタイプではないね。だめだったら、ハイ次! みたいだもんね」
「酷いこといわないで。私だって振られたら落ち込むのよ」
「へえ、まるで告白したことがあるような言い方だ」
アリアが柚子のことで知っていることといえばかなり限られていた。
学校での出来事は一切言わないし、一緒に生活しているのに、ラーメンより蕎麦が、フライより天麩羅が好きという、食べ物の好みの類のことしか分からなかった。
過去の、親戚に引き取られてからの辛かった生活のことも一切話さない。
そんな柚子が好きになる相手ってどんな奴だろうと考えたが、アリアには全く想像がつかなかった。
「アリアはどうなの。いったい誰が好きなの。はっきりしなさいよ」
「そんなのいない」
突然、アリアに話がふられ、慌てて否定した。
「そう? アリアも静と同じタイプね。あ、もっと最悪か、自分の気持ちすら分からないんだから」
「そんなことはない……そうだな、今は、柚子が一番!」
そう言って、アリアは柚子を思いっきり抱きしめた。
「やだ、アリアってば。ふざけないで。静みたいに立っていられなくなったらどうするの」
「あはは、柚子は経験豊富なんでしょ? そんなことあるはずがない」
「意地悪!」
柚子がどう思っているのかはさておき、気楽にじゃれあえるようになったのは確かだった。
こうして柚子といるとアリアは安らぎを感じるし、家族ってこういうものなのかと思えるのだった。
冗談ではなく、今は柚子が一番大切と思っていた。
「あ、大事な仕事をすっかり忘れていた。会場へ戻らないとDに怒られる!」
「待って、私も行く!」
「柚子はだめ。大人しく待っていなさい」
「つまんない」
アリアはなんだか気持ちが温かくなって、足取りも軽く会場へ向かった。
会場の客が引き上げた頃、花井夫人の甲高い悲鳴が会場から響いた。
夫人が残ったワインを会場係の女から受け取り、壁際の椅子に腰掛けて、ワインを飲んで一息入れていたのだが、ほんの数分うつらうつらしたその隙に、ネックレスがなくなっていたのだ。
続いて、会員から集金したはずの会費が丸々なくなっているのに気づき、会場受付の片づけをしていたスタッフが青ざめた。
花井夫妻は娘に変な条件を出したばかりに、娘の恋の授業料が高くついたのだった。