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13・思い

 両親は静の誕生日を祝うために、豪勢にもホテルの会場を借りていた。

 立食で、三百人程度の収容が可能な会場は、ふわふわと浮く色とりどりの風船で飾られて、今夜のパーティのために着々と飾り付けがなされていた。

 会場の看板には、『フレール社長の長女、花井静誕生日会&出会いのパーティ』となっている。

 招待客は、静の友人のみならず、親の仕事関係の客や、経営している結婚相談所『フレール』の会員も呼んでおり、お見合いパーティも兼ねているようだ。

「……なるほど、やり手だけあって、ちゃっかりしているわね」

 目立たないように地味なグレーのスーツを着て髪を一つにまとめた、OL風のDが、会場の入り口付近をうろついている。下見に来たのだ。

 会場を覗くと、セッティングをあれこれと忙しく指示し、仕切っている女性が目に付いた。その女性はなかなかの美人で、四十歳そこそこか。華やかさはないが、明るい茶色に染めた髪をアップにし、鼻筋の通った細面の顔でホテルの従業員にも笑顔を絶やさず、好感の持てる印象、それは花井夫人だった。

「やっぱり狙い目は花井夫人かしら」

 Dは夫人の品定めを始めた。夫人の胸元には大粒のダイヤが落ち着いた光を放ち、耳にはさりげなくコーディネートされたダイヤが煌めいていた。勿論、細い指にも小ぶりのダイヤが控えめに輝いているのが、遠目にも分かった。

「大人しそうな顔して、ちょっと鼻につくわね」

 自分にない家庭や安らぎを手に入れている彼女に、Dは少しばかりけちをつけると、会場を後にした。


「今夜のパーティが終わったら、ソウイチさんは私から離れていく。もう一度、きちんと告白するの……大丈夫よ、きっと」

 静は自室のドレッサーの鏡に映っている、緊張して硬い表情の自分に向かって、励ますように呟いた後、背筋を伸ばし大きく深呼吸した。

 モスグリーンのオーガンジーのドレスは、膝より少し丈が長く、胸元は広めに開いていて、甘すぎず、女らしさを演出していたし、継母からプレゼントされた、淡水パールの三連ネックレスも、胸元を可憐に引き立たせていた。     

 髪は朝から美容室に行ってあれこれと注文をつけてセットしてもらい、アップにして細い三つ編みの付け毛を何本か肩に垂らし、思い通りに仕上がっていた。

 朝早くから準備に取り掛かってほとんど一日がかりの大仕事になっていた。

あとはパーティを待つだけの状態で、準備は万全だった。静は立ち上がって鏡の前でそれらを入念にチェックした。

 そしてもう一度、パールピンクの口紅を塗り直していると「もう三度目だよ」と背後から亮介の呆れたような声が聞こえてきた。

「勝手に入らないで。いいじゃない、別に」

 静はドアから顔を覗かせている亮介の方へ振り向いて、ピンクに光る唇を尖らせた。

「あんまり塗り直すと、段々口が大きくなるぞ」

「えっ!」

 と、静は慌ててまた鏡を覗き込んだ。

「ソウイチさんのこと、本気で好きになったのか。……静は化粧なんかしなくても綺麗だ」

「亮介?」

 静が再び振り向いた時には、もう亮介はいなかった。

「静って、呼び捨て?」

 いつもは『静姉さん』と亮介は呼んでいた。

 今朝から、どうも亮介の態度がおかしい。いつもおしゃべりで、常にはしゃいでいるのに、口数が減って話しかけてもこちらのことは上の空で、まともに返事が返ってこなかったのだ。

突然できた継母と弟を前にして戸惑う静に、亮介は初めから優しく接してくれた。否の打ち所がない義弟だった。

 通っている学校ではクラスのみならず、学校で亮介を知らないものはいないほど女の子に人気があった。

 バレンタインの時など、校則で禁止されているにもかかわらず、毎年チョコを紙袋一杯にもらって帰っていた。だが、ぱったりとチョコも貰わなくなり、始終かかってきていた女の子からの電話もこなくなった。

 それは丁度、静に初めての彼ができた頃だった。そして、彼は亮介に魅入ってしまった最初の男だった。その男に亮介が抱きすくめられているところを静は見てしまったのだ。

 優しい態度は変わらなかったが、あれ以来、お互いに当たり障りのない会話しかしなくなり、いつの頃からか、静は亮介が何を考えているのか分からなくなっていた。

 そんな、ある秋の日の昼下がり、亮介がソファでうたた寝をしていた。窓からの日差しに照らされた亮介は、天使のように無垢で神々しく見えたのだった。

 静は見とれてしまい、思わずその頬に口づけをしてしまったのだった。

 きっと亮介は知らない。

 姉の目から見ても魅力的な亮介。違う、血の繋がっていない義姉だ。いっそ本当の姉弟だったら良かったのに。そうしたら諦められる。

「私は、ソウイチさんが好きなの」

 静は鏡の中の自分に向かって、呟いた。


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