1・素敵な彼氏
花井静には、彼氏がいないことが大問題だった。
「いくら勉強が出来ても、高校生にもなって彼氏の一人もいないのは、一人前とは認めない。誕生日までに彼氏を連れて来ること。出来なければ、静の進路はパパとママが決めることにする」
ちょっと変わった考え方の花井静の父は、そう彼女に告げた。
静の父は結婚相談所を経営している。そのせいもあるのかもしれない。
いつも口癖のように、『人生は、一人では楽しめない』と断言し、静は耳にたこが出来るほどこの言葉を聞かされていた。
母が病死して二年が過ぎた頃、父はその言葉を自ら実行し、自分の結婚相談所を駆使して、知的で美しい妻を射止めた。
それから数年経っていたが、静はその女性を母と呼ぶことにまだ躊躇いがあったが、継母は静のそんな気持ちをそのまま受け止めてくれていた。同時に、静には二歳年下の可愛い弟もできたのだった。
誰もが羨む理想の家族だった。
静は勿論、結婚が全てだとは考えていない。
だが、スポーツもこなし、成績も上位を保つ彼女にとって、父に認めてもらえないということはプライドが許さなかった。
何とか父の鼻を明かしたい。
身長百六十センチ、出るところは出ており、自分でもそう悪くないと思うスタイル。近寄りがたいほどの美貌はないが、生意気過ぎない性格に十人並みの顔。ヘアスタイルにも気を配り、ミディアムロングの髪は艶があり、さらさらヘアだ。
声をかけやすく、身近な手の届く彼女、一般に男受けする全体像と、そう自負している。
現に、今まで何人かの男と付き合ったこともある。
そんな彼女にとって、父の条件はあまり難しいものではなかった。
ただ一つを除いては。
かなり厄介な難関、今までもそれが原因で何度も彼氏と別れることになったのだ。
それは、義弟の亮介が美少年であるということだった。
「……何処かにいい男が落ちていないかしら」
退屈な英語の授業中、静は彼氏探しで頭がいっぱいで、そんなことを思わず呟いてしまった。
「なに面白いことを考えているのよ」
すぐ後ろの席にいる矢萩柚子がにやにやしながら、静の背中をシャープペンの先でつついた。
矢萩柚子は、この六月初めに来たばかりの転校生で、静とは特に親しいわけではなかった。
優秀な成績で偏入してきた彼女は校内で一躍有名人になったが、それを鼻にかけるでもなく、かなり気さくな性格であっという間にクラスの輪にうち解け、以前からいたかのような存在になっていた。
印象は目立ちすぎず、控えめすぎず。でも、放課後はさっと帰ってしまい、学校以外の顔をまだ誰も知らなかった。
静から見て矢萩柚子はライバル意識をかき立たせるものを持っていた。成績も抜きつ抜かれつ、何をしても同じ位置。違うところは、顔立ちくらいか。
静は後ろを振り返り、まじまじと柚子の顔を見た。
丸顔に髪は三つ編み、どんぐり目で、どう見ても子供っぽいのだが、柚子には彼氏がいるらしい。
「何よ、顔に何かついてる?」
怪訝そうに柚子が呟いた。
「矢萩さんはいいな、と思って。だって、大人の彼氏がいるんでしょ」
「え?」
「知っているのよ、私。この前、学校に迎えに来たでしょ。黒いサングラスの彼氏」
柚子は少し首をかしげ、「ああ、あれね」と呟いた。
「違うの? じゃあ、その後車で学校の側まで送って来ていた長髪の男の人は?」
「うーん、そうねぇ……」
困ったように小首を傾げて少し考えこむと、柚子は苦笑してこう続けた。
「二人とも、家族なの」
「ふうん、三人兄妹なのね。他にも同じ顔をした……双子かしら? 男の人と立ち話しをしていたことがあったじゃない?」
「えーと、それは兄の仕事関係の人」
「そっか」
静はてっきり彼氏だと思っていたが、勘違いだったのだ。柚子も彼がいないとわかり、静は内心ほっとした。
「いい男なんてそういるもんじゃないわ」
そう言って、柚子は大袈裟なため息をついた。
「随分経験がある様な口ぶりね」
柚子は見栄を張っているのだと静は思った。
「経験っていうか、周りがね……年上でもいつまでも子供な大人ばかり見ているから」
柚子はまたまたそこで大きなため息をついた。
「こら、そこ! 私語は禁止!」
先生に注意され、柚子はぺろりと舌を出した。
「花井さん、話の続きは放課後、ね」