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図書室シリーズ

図書室一味の仁義なきしりとり

 図書室に五人が揃ってから、珍しく皆が静かに本を読んでいたある日。

「『しりとり』」

 この図書室の主である凪音(なぎね)の放ったその一言から、それは唐突に始まった。

「『流星』」

 すかさず、俺は凪音の言葉に繋げる。

 ……さあ、これで後には引けない。

「……『イーストフード』」

 俺の向かいに座っていた瑞奈(みずな)は、相変わらずの無表情で俺の言葉に繋げる。

 そして瑞奈の隣、

「ど、ど……では、『鈍行列車』で」

 そこに座っていた悠美(ゆうみ)先輩も読んでいた新聞を閉じ、繋げ、

「え……またやるの? あーじゃあ『斜陽』」

 面倒そうに言うが、結局佳央里(かおり)も読んでいた文庫本から目を離し、きっちり言葉を繋げてきた。

 これで一周。

 そう、これは紛うことなきしりとりである。

 ……ただし、この図書室ではあるローカルルールが適用される。

 そのルールとは即ち、

・自らが規定した範囲の中からのみ言葉を選ぶこと。

 簡単に言えば縛りである。

 これは、事前に宣言するか、宣言しなければ前回と同じ縛りを使うという暗黙のルールで、今回だと前回と同じく、

・俺……『天体関連語句』

・凪音……この間図書室で読んだ『聖書神話関連語句』

・瑞奈……『お菓子・料理関連語句』

・悠美先輩……『漢字のみで構成される名詞』

・佳央里……『古典・文学関連語句』

 という縛りがかかっている。

 これが規定された理由としては、まず、みんな知識量がそれとなくアレなので真っ当に続けると、しりとりが終わらなくなること。

 初めてこの面子でしりとりを始めたときは、放課後からスタートして、帰り道の路地で三十分粘った後、ようやく決着を見るという事態に発展し、何か制限を設けようという話になった。

 そしてもうひとつは、しりとりでは戦略上どうしても、自分しか知らないドマイナーな言葉で勝負せざるを得なくなる場面というものが出てくる。

 それの真偽確認を取るのが面倒なので、事前に一定の分野に限れば、多少変なことを言ってもある程度信用は確保できる。

 ということで、

「『ウリエル』!」

「『ルナ』」

「『生チョコ』」

「こ……『公共事業』?」

「うー……『姥捨て山』」

 こんな感じに奇っ怪な文言が飛び交っても、さほど皆疑問に思わないのである。

 ちなみにウリエルは天使の名前、ルナはご存知、月の英語訳。生チョコも説明不要だろう。いわゆる生チョコである。

 そして、公共事業は漢字のみの名詞、姥捨て山は民話の名前、となる。

 ……鈍行列車といい公共事業といい、悠美先輩の語句選びのセンスはどこかズレている感は否めないが。

 そして、

「『マルクト』!」

「なんじゃそりゃ」

「セフィロトの樹の最下層の名前だよ?」

 ちなみにセフィロトの樹とは旧約聖書を扱うユダヤ教の神秘主義一派で扱われる図で、人が神に至る手段を表したものだとか何とか。

 ちなみに全部凪音の受け売りで詳しくは知らない。

「まあいい。じゃあ『ト』だな……『とかげ座』」

「……ほんとにあるの?」

「あるぞ。地味だけどな。はくちょう座の近くだ」

「……ふーん……じゃあ、『ザッハトルテ』」

「みずちー、それってなんのお菓子?」

「……オーストリアのチョコケーキ。……美味しいよ」

「美味しいですよね、ザッハトルテ……あ、えと『鉄塊』で」

「い……『出雲の阿国』」

「に? に、に、…………うー……『ニスクロク』!」

「なんだそのけったいな名前は」

「堕天使で、地獄の料理長だって」

「そこまで行くともう誰だよって感じだな……『くじら座』」

「……ざ……『ザーネクリーム』」

「む……『無法地帯』で」

「先輩のセンスが解らない……まあいいですけど。『家なき子』」

「『黄道十二宮』!」

「『うお座』」

 ちょっと『ざ』で攻めてみた。

「……狙ってる?」

「さぁ、どうだか」

 相変わらず勘のイイヤツだ。

「……『サブレ』」

「レですね、んー、『連絡協議会』」

「先輩のセンスは一体……『伊勢物語』」

「『力天使(りきてんし)』!」

「『しし座』」

 せっかくなのでもう一押し。

「……ざ……ざ……」

 お、困ってる困ってる。

「降参か?」

「……ん、まだ…………んー」

「ちなみに、パス無しだからギブアップで即敗退だよ、みずちー」

「……む…………大丈夫、まだ……『笹の葉寿司』」

「意外と粘ったな」

「……義樹には負けない」

 なんか妙に対抗意識を燃やされてる……

 そしてさらにしりとりは進む。

「えと、『死海』、でお願いします」

「はっ、今気づいたけど先輩のこれってひょっとして『い』攻め……?」

「あ、はい。同じ音で攻めるのはしりとりの常道だと、この間小耳に挟みまして」

「えっ」

 瞬間、佳央里の時間が静止した。

 無理もない。あの先輩が、ついに、しりとりの戦術的要素に目覚めてしまったのだ。

 幅広く様々な社会事情に精通し、故に縛りルールもその時々でかなりてきとーな先輩が、ついに。

 佳央里の表情はまさに、この世ならざるものを前に己の無力を悟った哀れな小動物のよう。

 まるで破滅の使者のように佳央里に見上げられた先輩は、可愛らしく、えへへ、と照れくさそうに、たんぽぽのような笑みを浮かべている。

 何秒静止していたか、ようやく佳央里は時間を取り戻し、ガクリ、と肩を落としてうなだれた。

 なんてこと……、と小さくつぶやき、佳央里は戦意を取り戻したかのように顔を上げ、

「ともかく『い』ね……『伊豆の踊り子』」

「こ……こ……」

 来い……次は何の天使か悪魔の名前か知らんが、星座の名前が使えれば――

「こ……こ……うー、思い出せないなー あったと思うんだけどな……」

「どした凪音。苦戦か?」

「……ギブアップ?」

「うーまだまだ……あ、あった! 『コクマ』!」

「なんだそれ。小悪魔の略か?」

「セフィロトの樹の二番目。知恵を象徴してるんだったと思うよ」

「あ、そう……」

 またセフィロトの樹か、と納得。俺も実態はまるで解ってないんだけどな。

 しかし『マ』と来ると星座の名前が使えない……なんか無かったっけか。

「マ……マ……」

 しゃあない。

「『マーズ』。火星だな」

「ズ……『スポンジケーキ』」

「き…………」

 先輩はぽやっとした視線を少し上に向け、人差し指をんー、と唇に当てたまましばらく考え、

「『木更津市観光協会』」

 その桜色の唇からとんでもない単語が出てきた。

「あからさまに狙ってますよね!? 何ですか『木更津市観光協会』って! 普通に『木更津市』でいいじゃないですか!」

 あんまりにもあんまりな選択に、佳央里も思わずマジでツッコむ。

「……ダメですか?」

「いやダメってことはないですが……はぁ」

反則ではないもののあんまりにも無慈悲なその手に、ため息をつき、ぐったりとする佳央里。

 相変わらず悠美先輩はフリーダムだなぁ……

「……じゃあ、『石川啄木』で」

「く、く、……んー、じゃあ『クリミナトレス』!」

 もはや何の名前か見当もつかない。

「何の名前か聞いてもいいか?」

「悪魔の階級の名前だよ。確か八番目だった気がする」

「はぁ……というかさっきからそんなスラスラとよく出てくるな」

「ふふん。しりとり対策で読み込んだしね。辞典」

 そういうのを手段と目的が入れ替わるっていうんだぜお嬢ちゃん。

 ……それはともかくとして、

「『ス』か……」

 またも星座の名前は使えない。

「仕方ないな……『彗星』」

「……い……い……『イーストドーナツ』」

「ん? イーストなんちゃらはさっき使わなかったっけか」

「……さっきのはイーストフードでイースト菌の栄養剤のこと。これはイースト菌でふくらませたドーナツのこと」

 ぜんぜん違う。と無表情のままドヤ顔された。

 ……うん、なんか表情は変わってないのに伝わるんだよな。不思議なことに。

「しっかし言葉的にはまたスレスレな……」

「……でも反則じゃない。……先輩、『つ』です」

「『つ』ですか。つー……」

 またも考え込む先輩。だがすぐに、名案を思いついたと言わんばかりに手をたたき、

「『津市観光協会』!」

 先輩がそう言った瞬間、盛大に佳央里が頭を机に打ち付けた。

 容赦なく放たれた悠美先輩の観光協会シリーズ第二弾。

 笑顔のままにその無慈悲な連撃。天然ボケって極まると恐ろしいな……

「……これもダメです?」

「いえ、別にいいんですけど……あーもう、い、い……い…………いー……『泉鏡花』で」

 そこそこ有名らしい明治の文学作家だ。

 そう言えばこの人の名前を冠した文学賞も聞いたことがあるな。

「『ガブリエル』!」

 そして凪音が有名な天使の名で繋げる……ってまた、『ル』か……

 正直、天体系ではさほど『ル』のストックは多くないんだよな。

 ルナはさっき言ったし……

「あー……んじゃ、『ルーニク』」

 ロシアの月探査衛星の名前だ。

 ……まぁ、意味はルナと変わらないんだが。

 そろそろ限界か。天使ってけったいな名前が多いから意外と準備してきても上手く繋げないことがままあるし……

「……『クッキー』」

「き……『貴族社会』」

「いーーーーーーー!!」

 ……と、思っていたら俺が凪音に潰される前に佳央里が壊れた。

「もう無いわよ『い』……いー……ダメ、ギブアップ……」

「さすがに悠美先輩が戦略を持ち出したら勝てなかったか……」

「当たり前でしょーが……私だってそこまで文学に詳しいわけじゃないんだし」

「というかかおりん。悠美先輩が盛大にフリーダムなんだから、諦めてもいいんじゃ」

「いえ、私も一応縛ってましたよ? 『ひらがなの入らない言葉』で」

「でもそれ幅広すぎですから……今度から何か専門分野を取りましょうよ」

「そうですねぇ……」

 悠美先輩は特に専門的に何かが好き、というのがないので、仕方がないといえば仕方がないのだが。

 前回の『時事問題』でも相当幅広い語彙を持っていてヤバかった。

 外国の報道官の名前とかそれは時事問題の内なのかと。

「ねね、じゃあまたアレやる? 時間切れなし、パスなし、縛りなし、ジャンル自由のサドンデス」

「また一日潰す気かお前は」

「それじゃあ、『ブリタニカサドンデス』は?」

「一日どころか何週間潰す気だ……」

『ブリタニカサドンデス』とはその名の通り、ブリタニカ国際百科事典の項目名を用いて延々としりとりを続けるというある種の拷問である。

 ……いやほんとに。百科事典は分厚いし重いし、その収録語数は凄まじいとはいえ、日を跨いで一週間かかってもしりとりが終わらないという事実には戦慄を覚えた。

『しりとり』から『里』(中国の集落の名)、『理』(中国哲学用語)『里』(尺貫法による長さの単位)『里』(日本の律令制下での行政区画)と『り』の四コンボが続いた時から嫌な予感はしていたが。

「ま、今日はなんか思いつくまでのんびり本でも読んでたらいいんじゃない?」

「そうですねぇ」

 そして今日も、五人の時間は緩やかに流れていく……


END

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