アヴァンジールへGO!
異世界トリップものですが、今回はまだ飛びません。
話数もさほど長くならない予定です。
あと、今後話の展開上外せない差別用語などが頻繁に出てくる可能性(あくまで可能性ですが)がありますので、そのような表現が苦手な方は読まれないようにお願いいたします。
現実とフィクションは全く別物と割り切れる方のみ、先へとお進みください。
世界はすでに500年に渡り、乱世のただなかにあった。
力ある者が力なき者を力づくで支配し、天下を狙って争い合うまさに戦国の世。
数え切れないほどの人の命が露と消え去って行く日々。
いつ終わるともしれない戦乱の中、世界の行く末を憂うひとりの少年王が立ち上がる。
彼に従うは、勇ましき15人の騎士。
黄金の鎧に身を包み、戦場では常に先頭に立って敵をなぎ払うその姿に、いつしか少年王は『金の獅子王』と呼ばれ、恐れられるようになっていった。
彼が望むのは、穏やかなる日常。
過去の物語に描かれる、命を脅かされることのない平和。
だがそれを手に入れるには、彼自身が血の色に手を染めねばならない。
平和とは相反する戦いに身を投じながら、少年は幼い頃からの夢を叶えるため敵の血で全身を染め、いつしか世界は統一への道を進みはじめる。
そして時は過ぎ去り、少年は成年となり、世界で最も恐れられる統一王になろうとしていた。
◆ ◆ ◆
その日、アヴァンジールとは異なる世界ガリアスに存在するオールディン帝国では、リディアーナ皇女の生誕祭が執り行われていた。
世界最大の領域を誇る帝国の皇女の生誕祭だけあって、その規模はとてつもなく大きいものだ。
その日は毎年全世界共通の休日とされ、世界中の主要都市で祝い酒が無料でふるまわれ、もめごとさえ起こさなければ多少のことには目をつぶる無礼講―――飲めや踊れの大騒ぎが各国の支配者たちの勅命によって許可されていた。
この生誕祭は帝国皇太子の…いや、皇帝の生誕祭さえをも超える規模で行われているのだが、そのことに異論をとなえる者は帝国臣民……いや、世界中に一人も存在しないだろう。
なぜなら皇女はこの世に並ぶ者なき大魔術師であり、世界を滅亡から救った救世主であり、当人いわくカミ様! なのだから。
しかしながら実はこの生誕祭、皇女の本当の誕生日ではない。
彼女の誕生日は実際には、この日からピッタリ半年後なのだ。
ではなぜこの日を生誕祭としているのか?
それは15年前の同月同日に、彼女がこの世界に召喚された異世界人からだ。
人を嬲り、喰らい尽くそうとしていた魔物を滅ぼすために、オールディン帝国皇帝であり大魔術師でもあったガヴェインが二千日に及ぶ神への祈祷の末に召喚した救世主。
それがオールディン帝国皇女リディアーナ・レンカ・オールディンなのである。
「今年の生誕祭もお祭り騒ぎね」
庶民が身につける地味な木綿のワンピースに身を包んで城を抜け出し、たった一人でリディアーナ皇女ことレンカは活気に溢れた市場を歩き回っていた。
誰が見ても息を飲むほど美しい姿をしているのだが、下卑た誘い文句をかける者は一人も存在しない。
そもそも木綿のワンピースを身につけているのは皇女であることを隠すためではなく、街の雰囲気に溶け込むためだし、一人の護衛も付けていないのは護衛などいなくても自分の身は確実に守れるからだ。
この世界に召喚されてからわずか半年で5歳の幼女が魔物の99.5%を殺し尽くしたことは、赤ん坊でも知っている! と言われるほど有名な話だ。
ちなみに生き残りの0.5%は、レンカの使い魔となっている見目麗しい上級魔たちである。
どのような方法を使って上級魔を使い魔として束縛することに成功したのかは、レンカと使い魔となった魔物にしかわからないことだが、幼い頃から普通の人間とは言い難い存在だったことは間違いない。
それでも人柄は気さくで、身分の上下なく誰とでも対等に付き合うレンカは帝都の人気者だった。
「リディア様、こんにちはー」
「こんにちは~」
「お誕生日おめでとうございます。リディア様、今日で御幾つになられるんでしたっけ?」
「どうもありがとう。でも女性に年齢は絶対に聞かないこと。蹴飛ばすわよ」
「今日もお綺麗ですね、姫様」
「あら、お世辞でも嬉しいわ」
老若男女構わずさまざまな人々から声を掛けられ、それに笑顔で答えながらレンカは市場を歩き回る。
あと30分ほどで昼食時という時間帯。
朝から市中を歩き続けたレンカの腹の虫は、そろそろ泣きだしてしまいそうだ。
『あー、お腹空いたな。何か食べようかな』
にこやかな笑顔の下でそんなことを考えながら、レンカは最も鼻につくおいしそうな匂いのする方向へと進んでいく。
市場に並ぶたくさんの屋台から活気にあふれた呼びこみの声がかかるが、彼女は今一番心揺さぶられる食物の方に意識を集中させ、そちら側へと歩を進めた。
「あっ、みーつけた」
そして少し歩いて目的の屋台―――肉の串焼きを売っている―――を発見すると、一目散に駆けだした。
「おじさーん、串焼き肉5本ちょうだい」
鈴を転がすかのような美声でレンカが注文すると、店主は「あいよっ」と返事をして炭火で焼いている串焼きを包み、レンカに差し出した。
「5本で500リルだよ」
「はい、ピッタリ500リルね」
ポシェットの中からお金を取り出し、店主に渡して包みを受け取る。
「毎度あり。で、これもどうぞ」
店主は代金を籠の中に放り込み、空いている方の手で串焼き肉を一本取ってレンカに差し出した。
―――?
「お誕生日おめでとうございます、リディア様。これはあっしからのお祝いということで、たいしたものではないけど受け取ってください」
店主からの意外な言葉にレンカは居を突かれたような顔をしたが、すぐにそれを微笑みに変え、
「ありがとう、おじさん。遠慮なくいただくわ」
そう礼を述べると軽く会釈をして、彼女が購入したものを買おうとする客であっという間に行列のできた店をあとにした。
『うーん、おいしそう。いっただっきまーす』
行儀が悪いのはわかっているが、おなかと背中がくっつく寸前まで追い込まれていたレンカは、人目も憚らずおまけとして手渡された串焼き肉に食いつく。
見た目とは裏腹に、柔らかく上質の肉から溢れる肉汁が口の中いっぱいに広がると、それだけで幸福感に満たされる。
肉だけでは栄養的にどうよ? と思いながらも、とにかく今は串焼き肉を完食してやろうと意気込むレンカだった。
◆ ◆ ◆
レンカが生誕祭を気ままに楽しんでいる頃、異世界アヴァンジールにおいて『金の獅子王』と呼ばれるレドニア王国国王バルドウィン・アウグストス・ファイン・グリュンタールは、自国の大聖堂の一室で神官長と大魔術師長を兼任するゴットリーフ・フレンツルの説明を受けていた。
室内には彼らの他にも、王国宰相を務めるセアド・ベア・リィン・アジッチ公爵と近衛将軍を務めるバウル・ハイドルフが無言で控えていた。
かつての少年王もすでに29歳の立派な王へと成長し、群雄割拠の戦国時代も半ば以上終息に向かい、世界が落ち着きを取り戻すまであと少しというところにまでさしかかっていた。
だが平和まで少しだからこそ残った敵は手強く、ここ2年ほど戦況はほとんど動かない状況にあり、口にこそ出さないが、誰もが内心焦りを感じ始めていた。
中でもバルドヴィンと共に新たな世界を創造しようと誓ったフレンツルの焦りは激しく、彼は寝る間も惜しんで平和な世界を導き出すための術の錬成に明け暮れていたのである。
そしてついに先ごろ、その術が9割がた完成したのだ。
あとはバルドヴィンの許可を得て最後の詠唱を行えば、平和の御使いがレドニア王国に降臨する。
「…つまり、平和の御使いとやらを召喚するために、余の許可が欲しいというのだな?」
「はい」
「平和の御使いか。……御使いというからには形ある生物と考えてよいのか?」
「はい。古文書には御使いとは我々と同じヒト型の神の御使いである、と記されております。過去に召喚されたお二人の御使いはその力を持って世界を安定に導いたとあります」
フレンツルの答えを聞いたバルドヴィンは「そうか」と頷くと、静かに目を閉じて思案を始め、フレンツルは彼の思考を妨げまいとただ息を潜め、沙汰を待つ。
「許可しよう。このまま敵国と膠着状態が続くことは余の本意ではない。平和の御使いがどのような存在なのかこの場の話だけでは理解できぬが、何もせず手をこまねいているよりはましであろう」
「ありがとうございます。この命を賭けて必ずや召喚を成功させてみせます!」
この世界で彼しか持たない漆黒の髪を前後に揺らしながら、フレンツルは部屋の中央に進むと呪文を唱え、2年がかりで完成させた魔法陣を発動させる。
「フレンツル、まさか今すぐに召喚を行うつもりか?」
さすがに今すぐという展開は予想していなかったのか、バルドヴィンは驚きの声を上げる。
「善は急げと申します。陛下のお許しを得られたのですから、今すぐに御使いを陛下の元へお呼びし、一日でも早く平和な世界を作り上げたく存じます」
狂信的にも見えるその姿に一抹の不安を感じつつ、
「そうか…そうよな。まあ、好きにいたせ」
どこか投げやりに言いながら、これまで見たどんな魔法陣よりも神々しく繊細で精密なそれに、バルドヴィンだけでなくその場にいる皆が視線を奪われるのだった。
次回、レンリが飛びます。
出来るだけ早く次話をUPするつもりですが、プライベートが忙しいので気長に待っていただけると幸いです。
脅しまがいの次話催促はお断りしますが、優しいお言葉をかけていただければやる気がわきます。