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「・・・・・・・」
煤野木は無言のまま、椅子に座り込む。
煤野木が現在いる部屋は、食事を得る為の場所なのだが。
隣には、隊長さんが座っている。
厳密に言うなら、煤野木が意図的に隊長さんの隣に座った。
(・・・・聞くことがあるからな)
そう思いながら煤野木は、隊長さんの方を見ると。
隊長さんは一結びの、柔らかそうな黄色のポニテを棚引かせながら。
いそいそと、食事をする手を動かしている。
(・・・・・何でそこまで急いで食べようとしているんだ?)
煤野木は、暫く隊長さんの様子を窺う。
これだけ煤野木が見ていれば、いつもの隊長さんなら気づくだろうが。
余程集中しているのか、煤野木には一切気づかない。
そして。
煤野木は気づいた。
「・・・・・・・・」
隊長さんの手に持つ箸の動きが止まっている。
そしてその先にある、白色に輝く皿の上に乗っていた。
熟れている濃い赤色と、ちょこんと頂上で緑が主張している物体。
それは。
「トマト」だ。
それも、ごく一般的に「プチトマト」と呼ばれるトマト。
隊長さん側から、最も遠ざけられて。
他の食べ物から仲間外れにされているそれ。
「・・・・・まさか」
煤野木が口から言葉を出してしまうと。
隊長さんは。軽く身体を強張らせた後に。
ぎちぎちとした。明らかに引きつった笑顔を煤野木へと向ける。
「ど、どうしました?」
笑顔と呼ぶのにも厳しい顔から、言葉を出す隊長さん。
対して煤野木は、至極冷静に。
「・・・・・隊長さん。もしかしてプチトマ」
そこで、煤野木の口は全部強制的に塞がれた。
驚く煤野木の視界に入るのは。
隊長さんが、右手で煤野木の口を押さえながら。
左手の人差し指だけを立て、隊長さん自身の口元へと当てている。
顔はあと少しでくっ付きそうな程に近い。
加えて。
隊長さんの眼から、尋常じゃない程の殺意が迸っていた。
どす黒く、それでいて炎のように真っ赤な。
極めて攻撃性の高い殺意。
「・・・・・・・」
こく。こく。と煤野木が口を押さえられながら頷くと。
隊長さんの手は煤野木の口から離される。
「・・・・・子供っぽいな」
煤野木がそう洩らすと、隊長さんは少し顔を赤くしながら。
「・・・・私が見本なんですから。こんな事がばれたらいけないんです」
煤野木から顔を逸らして言った。
その隊長さんの様子を見ながら煤野木は。
(・・・・・くそ)
内心、怒りに打ち震えずにはいられない。
(・・・・・昨日の今日で。か・・・・!!)
煤野木は昨日の出来事を振り返る。
昨日、未来と揖宿とのいざこざが合った後。
隊長さんは、泣き続けて机から離れようとしない佐伯に。
声を掛けながら、部屋を後にした。
揖宿は、未来が手掴みしたせいで剣に付いた血を。
どこから出したのか、白い布でふき取り。
そのまま立ち去った。
曽根崎は、終始特に反応する訳でもなく。
隊長さんに声を掛けられて、ようやく部屋を出て行っていた。
恐らく。
誰もが。
苦しくて。悲しくて。どうしようもなくて。
自分の無力さに。怒りさえ覚えそうになって。
辛かった日だったはずなのだが。
「今こうして。普通に戻れている」という事実に。
煤野木は、「カミカゼ」への憎悪を募らせずにはいられない。
(・・・・・佐伯は?)
ふとそう煤野木は思い。
隊長さんの所から、佐伯の座る方へと顔を向ける。
そこでは、佐伯が無邪気に笑いながら。
未来と一緒に朝食を取っていた。
まるで。
まるでまるでまるでまるで。
「弥生」なんていなかったかのように。
弥生なんて。
最初から。
いなかったかのように。
いや。
実際には。
いなかったことにされた。
「カミカゼ」のせいで。悪魔の兵器のせいで。
佐伯の涙も。苦しさも。親友も。
何かもすら。「消し去られた」
弥生の意志も。希望も。思いも。
たった。「親友との思い出が残っていて欲しい」という願いすらも。
消し殺した。消し殺された。
その事に。
煤野木は。本気で殺意が沸きそうになる。
(・・・・・くそっ・・・・くそ!!)
ただただ、怒りだけが煤野木の内側へと溜まっていく。
そこで、煤野木は冷静になる為に。
深呼吸をする事にした。
すると、自然と熱かった身体が。
ゆっくりと冷めて行く。
簡単に。客観的に。理解できていく。そんな事実が。
煤野木にとっては「恐ろしかった」
だが。同時に「冷静に」ならないと。
この負の連鎖が終わらないと。煤野木は考えている。
(この内の・・・・「誰かが」犠牲になるなら・・・・。
「俺が」犠牲になる・・・・)
その考えは。
最初の頃の揖宿が「最も恐れている」事で。
「他人を考えているようで、他人を考えていない」という。
しいて言うなら。
「自殺志願」だった。
けれど。
最初の頃に立ち戻る事はあったとしても。
最初の頃とまったく「同じ」という事は絶対にない。
「・・・・・隊長さん。聞きたい事がある」
「はい?」
煤野木が振り向きながら隊長さんに聞くと。
隊長さんは少しばかり驚いた表情をしたが。
煤野木の顔を見た途端に、真面目な顔になっていた。
「・・・・・昨日の事、どれくらい覚えているんだ?」
「昨日。ですか」
「あぁ」
そこで隊長さんは、静かに瞳を閉じて唸った後に。
眼を見開いて言う。
「そういえば、未来さん!確か。何か・・・こう・・・」
隊長さんの喋りは、途中までは勢いがあったものの。
後半から。失速していた。
しどろもどろというか。暗喩的というか。
夢の事を説明するかのように。あやふやとした口調に。
「・・・・確か・・・・未来さんが・・・誰か・・・・そう・・・」
隊長さんの記憶が曖昧になっているせいか。
隊長さんはその場で再び唸り始める。
「・・・・誰かが。かみか・・・」
そこで。隊長さんが。
「うっ!!」
鈍くて低い声と共に。左手で頭を抱えてしまった。
「大丈夫か?」
煤野木が椅子から立ち上がって近寄ろうとすると。
隊長さんが、右手を開きながら静止する。
「大丈夫です。ただ・・・・思い出そうとしたら・・・・」
「したら?」
隊長さんは、頭を押さえていた左手を離して。
「頭に。耐え難い痛みが・・・・」
「・・・・・・」
煤野木は、無言のまま隊長さんを見詰める。
そして、ある事が煤野木には分かった。
(・・・・そういう事か)
煤野木は、溜息を尽きながら。
隊長さんから読み取れた事実を、客観的に解釈していく。
(存在自体は完全に消去されて。「事実」は消されない)
煤野木は思わず、歯軋りしそうになるのを抑えて。
理解したくない「カミカゼ」を理解しようとする。
(つまり、・・・・弥生というポジションに「誰か」が入って。
その「誰か」を明確に思い出そうとすると。
頭に強烈な痛みが入るようにしている・・・)
だが。
煤野木はある程度まで仮定しておいて。
直ぐに否定した。
(いや、違うな・・・・。元々が無理に「消して」いるから。
歪んだ方式を理解しようとして、頭が拒絶するのか・・・)
完璧だと思われた「カミカゼ」の不完全さ。
そこで。
煤野木は。改めて。
(・・・・・あんな物を作った奴は狂ってる)
存在を「完全否定」する兵器。
「カミカゼ」
正真正銘の。人智を越えている悪魔の兵器。
傷つけるのは「相手」でもあり。「自分」でもある。
代償は人生。
命すらも。
踏みにじる以上の。
最低さ。
だが。
そんな最低さを兼ね備えているのに。
人より上の「神」が作ったとしか思えない程の文明。
「・・・・・くそ」
煤野木はそう呟きながら、隊長さんに背を向ける。
未来と嬉しそうに笑顔を浮かべる佐伯を、一瞥した後に。
部屋を出て行った。