end.code:「ベストフレンド」
「う、う・・・うっ・・・・・!!」
大きなモニターを見詰めていた佐伯が顔を。
曲がったガラスに映っているかのように、歪ませながら。
机に顔を伏せて、泣いてしまった。
「・・・・また・・・ね・・・。
弥生。また、遊ぼう・・・ね・・・・!!」
鼻水を大きく啜り、机を涙で濡らしながら。
あまりにも残酷すぎる運命だとしても。
佐伯は、弥生に別れを告げた。
そんな佐伯を余所に。
「・・・・・何が起こった?」
煤野木は思わず、呟いてしまう。
その質問にモニタールームにいる、佐伯を除いた全員が反応した。
「弥生の、戦いに何が起こったんだ?
武器は出ない上に。弥生の行動不能。敵の無行動・・・・・」
煤野木は、隊長さん達を一通り見渡す。
全員が全員違う反応。
しかし、誰一人として「弥生の別れ」があったばかりなのに。
悲しむどころか、気にしてすら居ないように見えた。
が。
煤野木には分かる。
いや、最近になってようやく気づいた。
煤野木は隊長さんへと顔を向ける。
隊長さんはというと。
親狐のような細長くやや濃い黄色の髪を空へと浮かせつつ。
大きく首を傾げて。こちらを見ていた。
一見すると、先程の出来事を気にしていないように見えるが。
しかしよく見れば、目線をちらちらと佐伯の方へ向けている。
(・・・・何だかんだ言っても、気にしているんだな)
煤野木は堅かった表情を崩しつつ。微笑んだ。
次に、煤野木は揖宿の方へと顔を向ける。
揖宿はというと。
何も見えない、それでいて吸い込まれる錯覚を覚えそうになるような。
夜空の如く黒い髪を垂らして。瞳を少しばかり下へと降ろしつつ。
その場で両腕を組んで無言で立っていた。
同じように。弥生との別れを何とも思っていないように思えるが。
よく見れば表情はどこか、寂しげに見える。
(・・・・無情なんて、決め付けるべきじゃなかった)
少し煤野木は後悔して、ちらりと他を一瞥する。
ただ、煤野木が分からないのは。
残る二人。
曽根崎と未来。
この二人に関しては、煤野木は未だに掴みきれない。
曽根崎は海のように深い蒼色で澄んだ髪を。
川のようにさらさらと揺らしながら、煤野木を見てはいるものの。
表情は一切と変えず、特に何も言わない。
仕草。態度。何一つとして事前と事後とで変わっていないのだ。
未来も曽根崎と同じように。
水滴を弾いている葉のような深緑の髪を垂らしながら。
表情は動いていなかった。
長く煤野木が未来を見ていると。
未来がこちらを一瞥して、口を動かす。
「弥生さんの武器は、病気ですよ」
いとも簡単に呟く。
模範解答を見て答えるように。
作業をなんなくこなすかのように。
未来は、言った。
隊長さんと、揖宿が驚いた表情で未来を見詰める。
だが。
煤野木は。未来を睨み付けて言った。
「・・・・まるで、知っているみたいな事を言うんだな」
「・・・・・・」
一瞬の無言。
ちらりと。未来は煤野木を見たが。
すぐさま逸らし、煤野木の言葉に返答する事無く続ける。
「彼女は虚弱ですから、病気に罹りやすかったんですよ」
「・・・・・・」
煤野木は聞きながら。
(・・・・弥生の過去を話さない辺り。考えてはいるんだな)
と煤野木が思うと同時に。
(・・・・未来は、何処まで知っている?)
煤野木は恐怖と興味と不信感を味わった。
前の未来が言った通りに。
(・・・・俺と同じように過去を何度も味わってるって事か?)
そこまで考えておいて。直ぐに煤野木は否定する。
(・・・・ありえる訳が無い・・・)
いや、語弊がある。
煤野木は否定「したかった」のだ。
仮にでも。仮説だとして。
未来が何度も何度も繰り返しているというのなら。
もうとっくにこの未来は救われているなければならない。
それでも、救われていないという事は。
(・・・・情報が、少なさ過ぎる)
そこで、煤野木は打ち切る。
考えるのが。嫌になったと共に。
確かに情報不足が否めなかったからだ。
「・・・・それなら、合点がいきますね」
隊長さんが未来の補足をするように、呟く。
ただし、煤野木と同じように。
未来を覗き込むように、睨み付けながら。
更に補足した。
「・・・・武器が病気なら、敵が不明の自滅を遂げたのと。
弥生さんの行動が不能になったのも頷けます・・・・」
「そんな事より」
隊長さんが、補足している最中に。
揖宿が。
すらりと赤と白の巫女服を揺らしながら。
周りに少しばかり涼しい風を吹き散らした後に。
未来へと、「剣」を向けていた。
剣はまるで西洋かどこかの歴史辺りに出て来そうな。
直線的なシンプルな構造をしていて。
細く長い剣の刀身は、未来の喉元寸前で止められている。
唐突。
あまりに突然の出来事。
「な・・・・・」
そう口にする事だけが出来て。
煤野木の身体は、固まってしまった。
同様に。
こういう「非常事態」に備えるべきはずの、軍人である。
隊長さんでさえ、目を丸くしながら硬直していた。
曽根崎は、相変わらず特に反応をしていない。
隊長さんは丁度煤野木の視界に入っていた為見えたのだが。
その内ピントが外れていき。
煤野木は、揖宿と未来の二人へと目が行ってしまう。
音一つさえ、互いに立てない。
沈黙が部屋を完全に支配した。
部屋の電灯に照らされる剣が、嫌に反射して光っている。
息の声さえ、聞こえそうなくらいな静かさ。
それを先に破ったのは、仕掛けた揖宿だった。
「貴方は何を知っているの」
「・・・・・・」
「答えて」
黙り込む未来に対して、揖宿は剣を少し動かす。
軽く剣で、未来の喉元を斬ったせいで。
剣が沿った所からは、一筋の赤い線が出来ると共に。
未来の喉元からはつーっ。と血が滴れ落ちた。
「・・・・・答えましたよ」
「?」
未来の回答に。揖宿は訝しそうな顔をしたが。
未来は、
少しばかり悲しそうな顔をして。
「・・・・どいて下さい」
「・・・・貴方!?」
揖宿が喉元に置いている剣を、手袋も何もしてない素手で。
そのまま、「掴んで」退かした。
揖宿が驚いた表情をしている内に、未来は完全に退けてしまう。
「・・・・・答えましたよ」
未来の掴んだ方の手には大きな切り傷が出来ており。
そこから。
ぽた。ぽた。とまだあまり汚れていないモニタールームの床に。
数的の血が落ちて行く。
血が床に落ちる度に。床には赤い絵の具を落としたような。
染みが残った。
「・・・・・ごめんなさい」
未来はそう呟いて、モニタールームを後にしていく。
煤野木達を置き去りにして、黒の学生服を着た未来は去った。