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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ヨン-
61/66

code:27「仲間」

何も無い。

黒く塗りつぶされているとか。

真っ暗。という表現すらも。

可愛さすら感じるくらいに。


「何も無い」


弥生には、そう見えた。

いや。

弥生には。分からない。

何も。




「見えず」「感じず」「聞こえず」「()げず」「味わえない」




そして、弥生の今現在何も「ない」状況で。

「感じる」という表現がおかしいのは分かってはいたが。

ゆっくりと、下へ下へと落ちていくような感覚。



それ以外。



無い。



ひたすら長くにも感じるし、短くすら感じる。

考える事以外殆ど出来ない。


いや。


弥生は。

考えるのを、次第に止め始めていた。


考えるのが。

途中でめんどうになってきている。


何も見えず。何も感じず。何も聞こえない。

五感全てをやられ、時を刻む事も無く。

永遠と。()ちて行く。


暗いくらい。闇の底へと。

抵抗しても。いくらここで考えていても。



落ちる。

変わらない。



眠るかのように。

弥生は眼を(つむ)った。

なすがままに身体を任せ。

堕ちて行く感覚に、心を預けて。


そこで。弥生は気づく。

この、感覚は。

弥生は、一度味わっている。

それも近い。少し前に。


「・・・・・・・」


弥生は無言のまま、再び考えるのを止めた。

今更答えが出たとしても。

遅い。


「疲れました・・・・」


いつの間にか聞こえる弥生自身の声。


「どうせ、無理だったんです」


どんなに努力しようと。

親を殺し、兄を見捨て、仲間を見限った弥生は。

「救う」なんて大層な事が出来ないと。

心のどこかで思っていた。


「負」の感情が一気に溢れ出る。

心の器であるコップが。

あまりにも多すぎた液体に耐え切れず。

溢れ出し、(こぼ)してしまうように。

弥生は口から()らしていた。


「・・・・・わたしには、むりだったんです」


次第に。弥生の意識は薄れて行き。

思考がゆるやかに溶かされていく。

弥生は抵抗もしない。


むしろ、溶かされてもいいかとすら。

思っていた。

何もかもが。嫌になる。



すると。




『弥生・・・・・!!』




佐伯の。声が聞こえた。

何も聞こえないはずなのに。

何故か、弥生には佐伯の声が聞こえたような気がする。

そして違和感を。弥生は感じた。

急に胸元辺りが温かくなって来ている。

冬時に芽生えた、筑紫のように。

ほんのりと、冷たさに負けそうだけれど。

それでも負けずにどこか、温かい。


「・・・・・・・?」


先程までに、何も感じなかった感覚が戻ってきている事に。

弥生は少し驚きながら。

胸元へと手を伸ばした。


「・・・・・金属?」


胸元から取り出したそれは。


弥生が。

よく知っていた物だ。


いや。

よく知っている。

物。


今にも消え入りそうな光を放つそれは。

兄の吾平と、弥生から貰った首飾り。

どこまでも果てしない暗い空に点々と輝き続ける。

星を()した。首飾り。


忘れられない。弥生の大切な物。


「・・・・・ッ!」


温かさと共に。流れ込んでくる。

弥生の記憶。




『俺は、弥生を。いや、誰一人として。忘れない・・・・!!』




力強かった煤野木の手。

しっかりと瞳を見詰め、確固たる意思を持って。

弥生の為についた。



たった一つの「虚言(うそ)




『・・・・・弥生。どうか。頑張って』




力足りなく。細々と言った兄である吾平(あいら)の言葉。

けれど、それは優しすぎる上に甘いが故に。

何も告げず一人で立ち向かって行った兄の。



たった一つの「愛情(あい)




『・・・・・・私は、絶対に弥生を・・・・』




今にも泣き崩れ、折れそうだった佐伯の言葉。

忘れたくないという感情と。

忘れてしまうという現実に挟まれ。

悲しさに塗りつぶされそうだったのに。

それでも、伝えようとしてくれた。



たった一つの『親友(ともだち)




弥生は。

弱弱しく輝く星の首飾りを強く握り締め。

暗く寂しく何も無い場所だというのに。

努力をしようが、助かる保障がないというのに。




「生きようと」立ち上がった。




「う、うぁああああああああああああああああああああ!!」



動物の咆哮(ほうこう)に近い、叫び声を上げ。

胸が苦しく吐き出しそうな感覚を押さえつけ。

眼を開きながら、両手を突き出し立ち上がる。


と同時に。弥生は眼が眩むような明るさを感じた。

さながらそれは、瞼の裏を直接針を刺してるかにも思える。

けれど、その痛みを無視しながら見た世界は。



元の弥生の知っている、破壊された都市。

(えぐ)る様に削るように押し込まれるようにして。

圧倒的なまでに原型の無い、風景。


「う・・・・・」


弥生の足元がふら付く。

未だ、吐き気や頭痛。(ほとん)ど感覚すら戻らず。

身体は熱っぽく、脳は完全に処理を行う事が出来ていない。

弥生はとりあえず、近くにある物に身体を持たれ掛けさせつつ。

一息つくと。


「・・・・あがあっ!!」


弥生は、思い切り前へと()き込んだ。

そして吐き出された息と共に、出てきたのは。

赤紙を切り刻んで、ばら()いたかのような。


血飛沫(ちしぶき)


それも一回だけではない。

大きいのが一回。小さい堰が二、三回ほど連続して行われる。

どこから、そこまでの血が出るのかと思えるほど。


弥生は、血を吐いた。

口元からはどろどろと、紅色の血が(ただ)れる。


「・・・・う」


弥生は反射的に右腕で口元を(こす)ったが。


止まらない。


もう一度弥生は、擦る。


止まらない。


むしろ。

時間が経つにつれ、余計に血が増えていた。

そして。

弥生の身体は同じように比例して。

感覚が失せていく。

このまま行けば。

再び先程のような状態になるだろうと。

弥生には、分かっていた。

だが。



「もう、あの時みたいに楽になる訳にはいかないんです・・・!

お父さんや、お母さんが倒れた時みたいに。

私は病気だからといって、立ち上がらなかった。

知らないから。辛かったから。なんて理由なんかじゃない。

私は・・・・、私は・・・・。

最後の最後にお兄ちゃんに頼った!!」



そうだ。

弥生の先程感じていた。「一度味わった事のある感覚」は。

弥生が「発症」した時と。状況が近似していた。

ただ、違う事といえば。

「兄」がいない事と。代わりに。


「・・・・私は、佐伯達を、守りたい・・・・!!!」


直後。

違和感と共に。

弥生の身体は前へと大きく崩れ。

視界は、またしても切り替わった。


(ま・・・・た・・・・!!)


弥生は、歯に力を込めながら。

先程と対して変わらない、暗闇の景色を(にら)み付ける。

そこで更に大きな違和感。


(あ・・・・・・?)


おかしい。

弥生は声として発したはずなのに。

声が一切出ていない。


ぜんまい仕掛けの人形かのように。

弥生の思っている事が。実行しようとしている事が。

出来ていない。いや、「出来ない」


(意識と肉体が。・・・・はなれて。いる?)


再び弥生が、動かそうとしても。

一切として。身体はぴくりともしない。

そして。

弥生は。もう一つ気づいてしまった。

嫌が応でも気づかされた。

いつのまにか弥生の視界に。(もや)がかかっている。


(見えない・・・・!)


弥生はもがこうとするが。身体は反応しない。

そうしている内に。

靄はさらに濃くなっていき。

徐々に。弥生の(まぶた)が落ちていく。


(みえ・・・・な・・。い・・・)


言葉が途切れ途切れになり。

ただ起き続ける気だるさだけが、弥生に残る。

それでも。

弥生は。瞼を閉じようとはしなかった。


(まだ・・・・たお れるわけ・・・に。・・は)


その決意も(むな)しく。

弥生の意識は、少しずつ暗闇に喰われている。




『弥生・・・・。起きてよ・・・・!!』




突如。

汚れていた脳に。(さわ)やかで明るい声が響いた。

それははっきりと。雲に光が射すかのように。

一文字も()らさずに。

弥生には聞き取れた。


(さえ・・・き・・・・?なんで、また・・・・きこえる・・・の?)


弥生のそんな心の声を無視しながら。

佐伯の声は続けられる。




『あの首飾り、貸してるだけだから・・・・。

ちゃんと、返さないと駄目だよ・・・・・!!』




弥生は最初気づかなかったが。

佐伯の声は。

どこか、震えている。

途中途中に、何かを(すす)る様な音を混ぜて。

佐伯の声は続いた。




『お願い・・・返さないと、駄目だから・・・。

起きて・・・・弥生ぃ・・・・。

お願い、お願い・・・・お願い・・・・お願い・・・!!』




ぷつん。と電線が切れるような音と共に。

そこまで言って。

佐伯の声は。もう聞こえなくなってしまう。

けれど。

弥生は。笑っていた。



「私が、いないと駄目ですね・・・・」



そう()らすと。

顎を地面につけたまま。

弥生はうつ伏せで地面に倒れている景色へと。

いつの間にか、戻っている。



見れば、弥生の視線の先には。

黒色で液状の敵が。

気味の悪い液体を撒き散らして。動かなくなっていた。


「あ・・・・はは・・・・・」


弥生は苦笑いをする。


「・・・・勝った・・・・んですか・・・ね・・・」


いつのまにか終わってしまった戦いに。

戸惑いを感じつつ、弥生はある物を見てしまった。


「・・・・あ・・・・」


弥生から数歩離れた場所に。

星の首飾りが投げるように落ちている。


「・・・・とど・・・・いて・・・・」


弥生が震える右手で、首飾りに手を伸ばす。

だが。



届かない。



表面が少しだけ汚れた首飾りに。




弥生の手は届かない。




「・・・・届かない・・・・んだ」


弥生は。理解した。

もう、あそこには弥生は届かない。

けれど。


「・・・・佐伯」


弥生は、心の底から涙を流す。

ぽろぽろと、地面へと(したた)っていき。




「・・・・また遊」




弥生の身体は。空気へと溶けた。


少しずつ消えるのではなく、一瞬で「何も無かったように」


弥生の姿は完全に無くなる。





そして、綺麗だった星の首飾りの、丁度半分が。

()れるように。消えていた。

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