code:26「無理」
モニター室。とも呼ばれる部屋。
若干の淡い水色の壁紙をベースに。丁寧に整えられた壁。
大型の機械が大量に置かれており。それぞれが様々な役割を持つ。
そして一番奥には、機械達よりも少し高い位置に巨大な液晶モニターがあった。
「・・・・・来ましたか」
隊長さんは忌々しそうに。モニター越しの敵を睨み付ける。
黒色の。それも真っ黒だが。
中に何が詰まってるかも考えたくもない液状の敵。
「・・・・・今回は」
盤上にある機械を弄りつつ、隊長さんは調べる。
隊長さんが使っているのはいわゆる生命探知機と呼ばれる物で。
調べれば直ぐに、現在地球上にいる生物の数と場所が把握出来る。
因みに、隊長さん達の分も数えられるので。
例外として除外しなければならない。
「・・・・・!かなり近い・・・・!!」
隊長さんが覗いていた、画面上には。
巨大な丸と、基地を示す十字の濃い線が引かれていた。
巨大な丸は丁度十字のすぐ真横に見える。
「・・・・・」
弥生は。出て来そうになった言葉を飲み込み。
「・・・・・行って来ますね!」
代わりに。決意と覚悟の言葉だけを出す。
笑顔と共に。
そうしないと、弥生は。泣いてしまいそうだったから。
「・・・・・あぁ」
「弥生ちゃん。お願いしますね」
「・・・・・・・そうね」
「頑張ってくださいね」
「・・・・・・・・」
隊長さんを含め、煤野木さんや揖宿さんまで。
弥生の返事をしてくれた。
けれど。
佐伯だけは。弥生を心配そうに見詰めて。
「弥生・・・・・」
声を震わせる。
見れば。佐伯の眼には。
涙が大きく溜まっており、頬はほんのり桜色をしていた。
弥生は。溜息を尽きながら。
(・・・・佐伯。私達は、いつでも一緒ですよ)
そう。心で言って。
佐伯の緑色をした、見ているだけで安らぎそうな髪を撫でる。
すると、佐伯が。
「・・・・・弥生。これ」
何かを掴みながら、差し出してきた。
「・・・・・!」
佐伯が差し出したのは、星型の首飾り。
それも片割れだった。
「・・・・・・私は、絶対に弥生を・・・・」
佐伯は。言葉を出そうとする。
だが。出ない。
言えない。
「悲しくて」言えないのではなく。
「認めたくなくて」言えない。
それが、弥生には、何となく分かった。
「・・・・・・うん、ありがとう」
弥生は受け取り、笑顔で答える。
そして、カミカゼの置いてある部屋へと向かった。
モニター室の直ぐ隣なので、弥生が歩いて移動しても。
何ら問題はない。
更にカミカゼは「人生」をエネルギーとする為。
操縦者の体力はあまり関係ない。
「・・・・・静かですね」
弥生は、至極冷静に考えようとする。
カミカゼの部屋は音一つさえしなかった。
正方形の。黒いタイル状に敷き詰められたその部屋は。
真ん中にカプセル状のカミカゼが置かれている以外に。
何も無い。
一切の何も。
「・・・・・・静か・・・」
弥生は再び同じ事を呟く。
そして、カミカゼを見詰めた。
カプセル状のそれは、大人一人が入れそうなぐらいの大きさで。
透明なガラスの壁によって閉じられており。
ガラス越しに見える中は、真っ赤なベッドのような物が。
敷き詰められている。
すると、弥生が近づいてきたせいか。
カミカゼの、閉じていたガラスの壁が開かれた。
「・・・・焦らないで下さい。最後にやる事があるんですから」
独り言を。弥生は。呟きながら。
自身の首筋へと手を回して、結ばれている紐を解き。
首飾りを持っていない方の掌へと乗せる。
「・・・・これで、揃いました」
両方の掌には。それぞれ半分に割れた首飾り。
それを片方へと移動させて、空いている手ではめる。
綺麗な星の。首飾り。
半分だけだった物が。元の形へと。
それを、弥生は首へと身に着けて。
「・・・・行きます」
カミカゼへと入った。
最初の弥生のカミカゼに乗った感想としては。
(・・・・・まるで、誰かに抱かれているみたいですね)
それほど、心地よく温かく。
何もかもが「どうでもよく」すら思える。
(・・・・・笑えませんけれど)
自嘲気味に、弥生が笑うと。
先程まで蓋の役割をしていた、ガラスの壁に。
様々な情報が浮かび出る。
目まぐるしく情報が出ては流れていくのに。
弥生の脳へと。逐一全てが入っていった。
そして、弥生の脳は。それを綺麗に処理していく。
(・・・・これも、カミカゼの機械のせいですか・・・)
弥生は、冷静に判断していく。
同時に安堵していた。
(・・・・実はあまり機械自体を使った事がないですから。
ここで補助してくれるのは。本当に、助かります・・・)
そんな事を弥生が考えていると。
次に現れたのは、日本列島が映し出された地図。
地図の右下には、XとYと書かれていて。
さらにそれぞれその隣に、数字が入るような空欄があった。
「・・・・確か、弥生達から聞いた話では。
この地図に触れるんでしたっけ・・・・?」
実際には、数字を直接入れる事も出来るらしいが。
ここは機械に甘えておこうと弥生は考える。
人差し指だけで地図へと触れた。
すると。
「・・・・・うっ!」
直後に。
弥生は身体が、下に落ちていくような感覚になる。
それは。
とてつもなく重い物を、弥生の身体へと乗せているかのようにも。
弥生は思えた。
そして目まぐるしく脳を直接揺さぶられるような錯覚に捉われ。
弥生が吐き気を感じた時には。
視界は。先程まで見ていたのとは違う。
「これは・・・・」
外だった。
弥生の見知る場所ではないが。
都市が破壊されている様子から。弥生は外だと気づく。
しかも、弥生の服装は。いつの間にか。
ヒマワリのような黄色のワンピースへと変わっていた。
『ちょ、ちょっと待って。や、弥生!!』
弥生の耳から喚く様な声が聞こえる。
反射的に耳を塞いでも、音が途切れることは無い。
「この声は、佐伯・・・・」
顔を顰めながら。弥生はあくまで冷静に判断した。
『落ち着いて、佐伯ちゃん!』
佐伯とは違う声が、また一つ弥生の耳へと入るが。
ドタバタドギャーン。と、擬音たっぷりの。
何かを破壊するかのような音と共に止まった。
すると、また別の声が入る。
『弥生。落ち着いて聞いてくれ』
今度は煤野木さんだ。
「はい」
そう答えながら、弥生は適当に身体を動かし始める。
身体の調子を確かめるつもりだったのだが。
違和感。
「・・・・・え?」
重い。
しかも、とてつもなく。
弥生が基地にいた時よりも。何倍も。
煤野木の声が、またしても耳に入る。
『・・・・すぐ近くに敵が居る』
その声が聞こえたと弥生が思った時に。
大きな影が。
弥生の身体を覆った。
「・・・・まさか」
弥生は、ゆっくりと後ろに振り向くと。
黒色の。半円状の敵が。
弥生のすぐそこまで迫っていた。
「・・・・・ッ!」
『落ち着け』
弥生が焦りそうになった直後。
煤野木の命令するような声が、脳へと直接響いた。
『冷静になれ。カミカゼに乗ったのなら。
何らかの弥生なりの武器が出るはずだ』
「・・・・武器?」
弥生が辺りを見渡しても、それらしき物はない。
『想像だ。想像しなければ出ないらしい』
言われた通りに、弥生は急いで「想像」する。
が。
現実とは、理想とは違う。
ここで弥生の理想と現実に合わせると。
武器が「出ない」
「だ、駄目です。武器がでな・・・・!」
切羽詰った弥生が、煤野木に報告しようとした時。
弥生は「吐血」した。
ごほっ。ごほっ。と咽た後に。弥生は恐る恐る自身の掌を見る。
大量の血がこべりついている。
「あ、あ・・・・」
弥生の声に。続くように。
足の力は抜け、膝カックンをされるように。
膝がゆっくりと折れた。
そしてそのまま、弥生は前屈みで倒れる。
「あ・・・・あ・・・・」
弥生に見えるのは、地面が半分。
そして、壊れた都市と。辛うじて見える曇った空。
先程まで、耳に聞こえていた「声」は。
「信じられない」という音と。
佐伯の泣きそうな悲鳴へと変わった。