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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ヨン-
59/66

code:25「朝日」

「ハァ・・・・ッ。はぁっ・・・・・」


弥生は廊下を壁伝いに歩きながら、息切れを起こしていた。


こうなってしまった原因は。

挙げるとキリがないが。大まかに分けると。

一つ目。車椅子を使っていなかった。

二つ目。外の出入り口は二つしかない。

三つ目。結構どっちも遠い上に、体力を使う。

四つ目。計画性がない。

この四つだった。


五つ目に入りそうな、「病み上がり」だからというのは。

弥生はある意味常時病み上がりに近いので入らない。


なので、弥生は今こうして体力を使いきり。

息を吸っては吐いてを、かなりの速度で繰り返していた。


(・・・・また、隊長さん達に。迷惑が・・・・・)


弥生は。それを考えただけで頭を抱えそうになる。

すぐさま弥生は、考えるが。


(・・・・ですが。外に出るまでに日が昇ってしまいます・・・)


打開策がない。

結論を述べるなら。弥生の現状はそうだった。


「・・・・・どうすれば」


どうしようもないと分かっているものの。

弥生は呟いてしまう。

その矢先。


「・・・・・・弥生。何をしているんだ」


弥生よりも(はる)か廊下の先から。

黒くて何も見えない所から。声がした。

その声は弥生にとって聞き覚えのある。

いや、ここ数日の間。何度として聞いた声。


コツコツコツ。と独特な音を響かせながら。

暗闇から姿を現したのは。

煤野木だった。


「・・・・煤野木さん」


弥生の声は嬉々とはしない。

何故なら。

弥生が見た。煤野木の瞳は。

明るいけれど。暗い。


(・・・・前は。分かり易いほどに暗かったのに。

・・・・今は、明るすぎて。暗い・・・・?)


直ぐに弥生の脳裏に浮かぶのは。「矛盾」

だが一方で弥生は「矛盾していない」ようにすら感じた。


(・・・・正義なのに、悪い?)


弥生は。煤野木の瞳を再度見つめる。

綺麗な綺麗な真っ白。

けれど、黒い。


「・・・・大丈夫か?」


心配そうに煤野木が弥生を見てくるので。

弥生は。取り繕うように言葉を並べる。


「・・・・はい。・・・・それと。外に出ようとしていたら」


弥生が途中まで喋ると。

煤野木が遮るように。喋った。


「・・・・車椅子も使わず外に出るのは危ないだろう」


そんな煤野木に。弥生はちらりと煤野木へと視線を向けて。


「・・・・今、見たいんです」

「今?」

「・・・・はい」


すると、煤野木は。

弥生には理由は分からないが。

小さく歯軋(はぎし)りをした。

そして。


「・・・・それなら、連れて行ってやる」


よいしょ。という掛け声らしき物が聞こえると同時に。

弥生の視界が大きく跳ね上がった。


「・・・・え。ええ!?」


弥生は思わず。驚きの声を上げる。


具体的に説明すると。

煤野木が。弥生を持ち上げていた。

しかも、この体勢は。


「お、お姫様抱っこ・・・・!?」


その単語を呟きながら。弥生は自然と顔が真っ赤になる。

今にも湯気が頭から噴出しそうなぐらいにだ。


「・・・・さすがに、背中で抱っこするのはマズいとは思ったが。

こっちはこっちで色々とマズいな・・・」


煤野木はそういいながら、一歩進む。


「お、重いですよ・・・・・?」


弥生が恐る恐るそう言うと。煤野木は。




「・・・・軽いさ。軽すぎる。・・・あんまりにも」




それだけ言った。

真正面を見続け歩く煤野木の、表情を見ていた弥生は。


(・・・・煤野木さん、きっと。貴方は。優しすぎるんですね)


答えは簡単だった。

弥生が。「どうしてあそこまで、絶望に貶められる」か。という。

答えは。いとも。簡単だった。


言動や態度からは分かりづらいが。


煤野木は「優しすぎる」


だからこそ。

この「カミカゼ」の不条理が。


(・・・・許せないんですね)


弥生は。顔を(くも)らせる。


まだ、単にこの現実が受け入れられず。

立ち向かいって、折れるなら単純だが。


煤野木は違う。

煤野木は「優しすぎる」ので。

「悪魔」の兵器に搭乗する人物達の心を。

そのまま、全て受け止めてしまう。


「苦しさ」や「悲しさ」や「辛さ」やそういった。

負の感情全てを。


そして、その負の感情を作り出す元凶を。

絶対に許しはしない。

それこそ、煤野木自身の命を犠牲にしてでも。


「・・・・・すいません」


弥生は。そう呟くしか出来なかった。

謝る以外に。弥生には出来ない。

近く。弥生は「消える」

今更どうしようもがなかった。

俯きながら。そう考える他。出来ない。


「ほら、外に着いたぞ」


煤野木の声が久しぶりに聞こえる。


そして、弥生は。外の入り口前まで来ている事に。

煤野木の声でようやく気づく。


それほど、弥生は。意識が完全に蚊帳の外にあった。

弥生はすぐさま答える。


「・・・・・ありがとうございます」


煤野木は一旦弥生を外への入り口前へと降ろし。

外への入り口近くにある棚へと手を伸ばす。

一時ごそごそと音が響いた後に。


「ほら」


煤野木はそう言いながら、何かを取り出した。


(・・・・・?)


弥生が眼を()らして見ると。

それは外履(そとば)きだった。

中途半端に明るいせいで、よくは見えないが。

真新しい感じの外履きだ。

弥生は煤野木から手渡された外履きを、受け取りつつ履く。


「・・・・ありがとうございます」

「いや、いい」


煤野木は返事をしながら。()だ棚を手探りで探す。


「あった」


そうして、煤野木はもう一つの外履きを取り出し履いた。

弥生と煤野木は外へと出る。


ぬかるんで。柔らかい地面を弥生は踏みしめて。

外で。立つ。

外は未だ、暗闇に包まれていて。

都市は静かに壊れていた。

真っ黒な。殆ど光さえない空。

その中で細々と輝く星達は、まるで弥生達の様だ。


足元すら見えない状況の中。

弥生はふらつく身体で。歩き出す。


「・・・・懐中電灯ぐらい()けたらどうだ?」


煤野木が溜息を尽きながら、基地の入り口付近にある。

備品セットへと手を伸ばそうとすると。

弥生は振り向きながら。


「・・・・点けないでいいです」


小さく笑みを浮かべ。言った。


「・・・・・そうか」


煤野木も理解したのか。笑う。

ぬちゃりぬちゃり。と泥沼で音を鳴らしつつ歩きながら。

弥生は、前へと進む。


進むたびに。足が埋もれていく錯覚すら。

弥生は覚えたが。

それでも、前へと進む。


立ち止まれない。

弥生の視界の前方には。空虚(くうきょ)なビル郡。


そこに行く意味はあるのか。




ない。




だが弥生は立ち止まらない。

終点がないだろうと。辿り付く先が虚ろだろうとしても。

弥生は進むのを止めない。


いや。

止められない。

弥生の意志とは関係なく。結論。

止められない。

止められない。変えられない。

覚えてもらえない。消えていく。

消える。

消える。

消えていく。

別れの言葉すら。

消えていく。

最後に交わした言葉すら。

消える。




「おい!」




ふと声がしたと同時に。

弥生は右腕を引っ張られた。

弥生は。ぼんやりとした意識のまま。

煤野木の顔を見る。

最初は驚いた顔をしていたが。何故か(けわ)しい顔へと変わっていた。




(・・・・どうして、そんな顔をするんですか?」




言葉として発してるのか。

弥生が考えているだけなのか。

それすらも弥生は分からない。


弥生は。考えるのが面倒になっていた。

ここで弥生が悩もうが。

苦しもうが。

最後には。「無かったことに」される。


「それなら・・・・好きにしてもいいじゃないですか」


弥生はそう呟きながら、顔を伏せる。

そして再び肩を震わせた。


「どうせ、忘れられるなら・・・・!消えるなら・・・・!!」


弥生は、「泣いて」るのか。「怒って」るのか。

どっちの意味で肩を震わせているのか。

分からない。


「・・・・・ッ。忘れられ」

「忘れる訳がない」




「・・・・・え?」


弥生は顔を上げる。

煤野木が。弥生の方へと顔を合わせていた。


「・・・・忘れるか。こんな出来事。なかった事にするか」


煤野木が。

弥生の右腕を、軽くだが。

先程よりも、強く握った。


けれど、弥生は痛みを感じない。

むしろ。

痛みを与える強さというより。

心強さを感じた。


「俺は、弥生を。いや、誰一人として。忘れない・・・・!!」


煤野木は。

弥生をしっかりと見詰めながら。

そう言った。


「忘れない」と。





弥生は、

弥生は、

弥生は、


笑う。


笑ってしまった。

頬に。冷たい感触を感じながら。

つい、笑ってしまった。


「はい!」


未だ冷たい水滴が溜まる瞳を、左手で(こす)りながら。

弥生は。笑って答える。

丁度。その時。

空が黒から。濃い青色へと変わっていた。

そして、ゆっくりと(だいだい)色の直線が闇夜を切り裂いてく。

朝日が。

都市の中から、少しずつ光を()らした。

弥生は。


(・・・・煤野木さんの言葉が。嘘だと分かっているですが。

・・・なんで、こんなに嬉しいんでしょう)


言葉の。力をひしひしと感じる。

そして、やけに弥生には。

朝日が眩しかった。

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