code:25「朝日」
「ハァ・・・・ッ。はぁっ・・・・・」
弥生は廊下を壁伝いに歩きながら、息切れを起こしていた。
こうなってしまった原因は。
挙げるとキリがないが。大まかに分けると。
一つ目。車椅子を使っていなかった。
二つ目。外の出入り口は二つしかない。
三つ目。結構どっちも遠い上に、体力を使う。
四つ目。計画性がない。
この四つだった。
五つ目に入りそうな、「病み上がり」だからというのは。
弥生はある意味常時病み上がりに近いので入らない。
なので、弥生は今こうして体力を使いきり。
息を吸っては吐いてを、かなりの速度で繰り返していた。
(・・・・また、隊長さん達に。迷惑が・・・・・)
弥生は。それを考えただけで頭を抱えそうになる。
すぐさま弥生は、考えるが。
(・・・・ですが。外に出るまでに日が昇ってしまいます・・・)
打開策がない。
結論を述べるなら。弥生の現状はそうだった。
「・・・・・どうすれば」
どうしようもないと分かっているものの。
弥生は呟いてしまう。
その矢先。
「・・・・・・弥生。何をしているんだ」
弥生よりも遥か廊下の先から。
黒くて何も見えない所から。声がした。
その声は弥生にとって聞き覚えのある。
いや、ここ数日の間。何度として聞いた声。
コツコツコツ。と独特な音を響かせながら。
暗闇から姿を現したのは。
煤野木だった。
「・・・・煤野木さん」
弥生の声は嬉々とはしない。
何故なら。
弥生が見た。煤野木の瞳は。
明るいけれど。暗い。
(・・・・前は。分かり易いほどに暗かったのに。
・・・・今は、明るすぎて。暗い・・・・?)
直ぐに弥生の脳裏に浮かぶのは。「矛盾」
だが一方で弥生は「矛盾していない」ようにすら感じた。
(・・・・正義なのに、悪い?)
弥生は。煤野木の瞳を再度見つめる。
綺麗な綺麗な真っ白。
けれど、黒い。
「・・・・大丈夫か?」
心配そうに煤野木が弥生を見てくるので。
弥生は。取り繕うように言葉を並べる。
「・・・・はい。・・・・それと。外に出ようとしていたら」
弥生が途中まで喋ると。
煤野木が遮るように。喋った。
「・・・・車椅子も使わず外に出るのは危ないだろう」
そんな煤野木に。弥生はちらりと煤野木へと視線を向けて。
「・・・・今、見たいんです」
「今?」
「・・・・はい」
すると、煤野木は。
弥生には理由は分からないが。
小さく歯軋りをした。
そして。
「・・・・それなら、連れて行ってやる」
よいしょ。という掛け声らしき物が聞こえると同時に。
弥生の視界が大きく跳ね上がった。
「・・・・え。ええ!?」
弥生は思わず。驚きの声を上げる。
具体的に説明すると。
煤野木が。弥生を持ち上げていた。
しかも、この体勢は。
「お、お姫様抱っこ・・・・!?」
その単語を呟きながら。弥生は自然と顔が真っ赤になる。
今にも湯気が頭から噴出しそうなぐらいにだ。
「・・・・さすがに、背中で抱っこするのはマズいとは思ったが。
こっちはこっちで色々とマズいな・・・」
煤野木はそういいながら、一歩進む。
「お、重いですよ・・・・・?」
弥生が恐る恐るそう言うと。煤野木は。
「・・・・軽いさ。軽すぎる。・・・あんまりにも」
それだけ言った。
真正面を見続け歩く煤野木の、表情を見ていた弥生は。
(・・・・煤野木さん、きっと。貴方は。優しすぎるんですね)
答えは簡単だった。
弥生が。「どうしてあそこまで、絶望に貶められる」か。という。
答えは。いとも。簡単だった。
言動や態度からは分かりづらいが。
煤野木は「優しすぎる」
だからこそ。
この「カミカゼ」の不条理が。
(・・・・許せないんですね)
弥生は。顔を曇らせる。
まだ、単にこの現実が受け入れられず。
立ち向かいって、折れるなら単純だが。
煤野木は違う。
煤野木は「優しすぎる」ので。
「悪魔」の兵器に搭乗する人物達の心を。
そのまま、全て受け止めてしまう。
「苦しさ」や「悲しさ」や「辛さ」やそういった。
負の感情全てを。
そして、その負の感情を作り出す元凶を。
絶対に許しはしない。
それこそ、煤野木自身の命を犠牲にしてでも。
「・・・・・すいません」
弥生は。そう呟くしか出来なかった。
謝る以外に。弥生には出来ない。
近く。弥生は「消える」
今更どうしようもがなかった。
俯きながら。そう考える他。出来ない。
「ほら、外に着いたぞ」
煤野木の声が久しぶりに聞こえる。
そして、弥生は。外の入り口前まで来ている事に。
煤野木の声でようやく気づく。
それほど、弥生は。意識が完全に蚊帳の外にあった。
弥生はすぐさま答える。
「・・・・・ありがとうございます」
煤野木は一旦弥生を外への入り口前へと降ろし。
外への入り口近くにある棚へと手を伸ばす。
一時ごそごそと音が響いた後に。
「ほら」
煤野木はそう言いながら、何かを取り出した。
(・・・・・?)
弥生が眼を凝らして見ると。
それは外履きだった。
中途半端に明るいせいで、よくは見えないが。
真新しい感じの外履きだ。
弥生は煤野木から手渡された外履きを、受け取りつつ履く。
「・・・・ありがとうございます」
「いや、いい」
煤野木は返事をしながら。未だ棚を手探りで探す。
「あった」
そうして、煤野木はもう一つの外履きを取り出し履いた。
弥生と煤野木は外へと出る。
ぬかるんで。柔らかい地面を弥生は踏みしめて。
外で。立つ。
外は未だ、暗闇に包まれていて。
都市は静かに壊れていた。
真っ黒な。殆ど光さえない空。
その中で細々と輝く星達は、まるで弥生達の様だ。
足元すら見えない状況の中。
弥生はふらつく身体で。歩き出す。
「・・・・懐中電灯ぐらい点けたらどうだ?」
煤野木が溜息を尽きながら、基地の入り口付近にある。
備品セットへと手を伸ばそうとすると。
弥生は振り向きながら。
「・・・・点けないでいいです」
小さく笑みを浮かべ。言った。
「・・・・・そうか」
煤野木も理解したのか。笑う。
ぬちゃりぬちゃり。と泥沼で音を鳴らしつつ歩きながら。
弥生は、前へと進む。
進むたびに。足が埋もれていく錯覚すら。
弥生は覚えたが。
それでも、前へと進む。
立ち止まれない。
弥生の視界の前方には。空虚なビル郡。
そこに行く意味はあるのか。
ない。
だが弥生は立ち止まらない。
終点がないだろうと。辿り付く先が虚ろだろうとしても。
弥生は進むのを止めない。
いや。
止められない。
弥生の意志とは関係なく。結論。
止められない。
止められない。変えられない。
覚えてもらえない。消えていく。
消える。
消える。
消えていく。
別れの言葉すら。
消えていく。
最後に交わした言葉すら。
消える。
「おい!」
ふと声がしたと同時に。
弥生は右腕を引っ張られた。
弥生は。ぼんやりとした意識のまま。
煤野木の顔を見る。
最初は驚いた顔をしていたが。何故か険しい顔へと変わっていた。
(・・・・どうして、そんな顔をするんですか?」
言葉として発してるのか。
弥生が考えているだけなのか。
それすらも弥生は分からない。
弥生は。考えるのが面倒になっていた。
ここで弥生が悩もうが。
苦しもうが。
最後には。「無かったことに」される。
「それなら・・・・好きにしてもいいじゃないですか」
弥生はそう呟きながら、顔を伏せる。
そして再び肩を震わせた。
「どうせ、忘れられるなら・・・・!消えるなら・・・・!!」
弥生は、「泣いて」るのか。「怒って」るのか。
どっちの意味で肩を震わせているのか。
分からない。
「・・・・・ッ。忘れられ」
「忘れる訳がない」
「・・・・・え?」
弥生は顔を上げる。
煤野木が。弥生の方へと顔を合わせていた。
「・・・・忘れるか。こんな出来事。なかった事にするか」
煤野木が。
弥生の右腕を、軽くだが。
先程よりも、強く握った。
けれど、弥生は痛みを感じない。
むしろ。
痛みを与える強さというより。
心強さを感じた。
「俺は、弥生を。いや、誰一人として。忘れない・・・・!!」
煤野木は。
弥生をしっかりと見詰めながら。
そう言った。
「忘れない」と。
弥生は、
弥生は、
弥生は、
笑う。
笑ってしまった。
頬に。冷たい感触を感じながら。
つい、笑ってしまった。
「はい!」
未だ冷たい水滴が溜まる瞳を、左手で擦りながら。
弥生は。笑って答える。
丁度。その時。
空が黒から。濃い青色へと変わっていた。
そして、ゆっくりと橙色の直線が闇夜を切り裂いてく。
朝日が。
都市の中から、少しずつ光を漏らした。
弥生は。
(・・・・煤野木さんの言葉が。嘘だと分かっているですが。
・・・なんで、こんなに嬉しいんでしょう)
言葉の。力をひしひしと感じる。
そして、やけに弥生には。
朝日が眩しかった。