code:24「通路」
「・・・・・・・・ぁああああああ!!」
弥生は軽い絶叫と共に、唐突に目が覚めてしまう。
上半身だけを飛び起こして、辺りを忙しく見渡した。
目に入るのは、寝る前と対して変わらない医務室。
ただ変わっている所があるとすれば。
弥生が寝る前は、部屋はまだ明るかったのだが。
一部を除いて真っ暗になっている。
その一部は、寝る前と同じように曽根崎がいて。
カリカリカリ。と机に向かって何かを書いていた。
更にその上から、専用のライトが机を照らしており。
中々明るそうに見える。
「夢・・・・・」
そして同時に。弥生は現実という事に安堵した。
弥生が見ていた夢は途轍もなく恐ろしく。
あまりに現実的で。苦しい物だった。
だが、それはいずれそうなってしまう未来なのだと。
弥生は理解しているので、余計にタチが悪い。
そして、弥生は再び辺りを見渡している時に。
もう一つの。寝る前との違いを見つけた。
佐伯が弥生の寝ているベッドに、両腕を組みながら。
前屈みで寝ている。
「・・・・・・・・佐伯」
恐らく、佐伯は弥生の看病をしていたのだが。
途中で眠ってしまったのだろう。
佐伯はあの一件以来、弥生に寄り付いてくる。
猫のように。犬のように。
動物のように。嬉しそうにしてだ。
当の本人である佐伯は。
小さくて可愛い口から、安らかな吐息を出している。
佐伯が弥生を好いていてくれているという事が。
弥生にも容易に分かった。
だが。弥生はそれゆえに恐れている。
(・・・・・カミカゼ)
操縦者の「人生」を犠牲にしてやっと使える兵器。
過去から未来まで全てを奪うあれを。
弥生は。次に敵が来た時に。
使うのだ。
「友達」を「親友」を「仲間」を。
大事で大事で仕方が無い物を捨てて。
(・・・・・私は、消える)
弥生は。怖い。
「死ぬ」というのならまだ子供にも受け入れられる。
守る為だから。
だが。
「消える」
世界から拒絶されながら「消える」のだ。
守りたかった物にすら。
自身の存在を何もかもを忘れられ。
まるで、最初からいなかったかのように。
時は進んでいく。
そう考えると。弥生は震えを止められない。
「守りたかった物」に裏切られた時。
人は折れる。
弥生は、ここの所浅い眠りしか出来なかった。
夜中に目が覚めては。汗だくになり。
言いようも無い恐怖に支配されそうになる。
前までは、弥生は簡単に克服していたはずなのに。
「救う」
弥生の概念。
弥生の存在意義であり。全てである物。
確かに。弥生が戦えば仲間達は「救える」だろう。
しかし、その仲間は。
戦いが終われば。
弥生の事を覚えていない。
覚えていられる訳が無い。
居たことすら。話したことすら。「仲間」だった事すら。
何もかも。弥生に関する事は消える。
(・・・・・怖い)
弥生の。震えが止まらない。
歯をガチガチと鳴らし。呼吸は変則的になる。
(・・・・・怖い。怖い。怖い)
弥生は、「救う」為なら死ぬ覚悟も出来ていた。
けれど弥生の信じる「主」は、死よりも苦しいものを用意している。
前の弥生である。「目に見えない誰か」を救うのと。
今の弥生である。「仲間」を救うのとでは。
重荷が違うと。弥生は今更ながらに理解した。
すると、佐伯が。
「やよいー・・・・やわらかいねー・・・・」
寝言を言いながら。ベッドの毛布へと頬を擦り付ける。
その様子を弥生は見ながら。感じながら。
(・・・・・夜風に。当たりたいです)
ふと。そう思った。
何故なのかは弥生にも分からなかったが。
(・・・・・・とにかく当たりたいです)
弥生は重い身体を動かし、足をベッドから下ろす。
丁度足を下ろした先には客人用のスリッパがあったので。
弥生は履きつつ。
ゆっくりとふら付きながら立ち上がった。
因みに弥生は病弱で虚弱な身体だが。
歩けないという訳ではない。
ただ、運動をすると弥生の体力は著しく減ってしまう。
なので、車椅子を使うのは、「万が一」の時。
体力を残しておかないといけないからである。
「・・・・・佐伯。ちょっと出かけて来ます」
未だむにゃむにゃと言い続ける佐伯に一声掛けて。
弥生は医務室の出入り口へと歩き出す。
「・・・・・・・・・」
出入り口近くに居る曽根崎はこちらに眼もくれず。
ただただ、報告書らしき物にペンでカリカリと書いていた。
「・・・・・出かけて来ていいですか?」
後ろから、弥生は曽根崎は声を掛ける。
しかし、曽根崎は返事をしない。
まるで弥生が、話しかけてないかのように。
「・・・・・・。喋って下さい」
弥生が「命令」した途端に。
曽根崎は手を動かすのを止め。
後ろを振り向きながら曽根崎が笑顔で答える。
「はい。いいと思います」
先程の完全に機械のような表情は失せ。
逆に生き生きとしていた。
「話は聞いていましたので」
あまりにも呆気なさ過ぎるので。
弥生は最終的な確認をする為に。質問をする。
「・・・・・簡単に決めて。いいんでしょうか?」
「はい。悩んでいるのなら。気分転換は必要だと思いますから」
曽根崎の言葉に。
なっ。と弥生は息を呑む。
何故なら。
「?」と疑問の表情を見せながら首を傾げる曽根崎は。
全てを見通していた。
弥生が怯えている事や、苦しんでいる事を。
弥生は、揖宿や佐伯や他の誰にも悟られた事がなかった。
だが。曽根崎は分かっている。
「どうかしましたか?」
弥生の瞳を覗きこむように、顔を近づけてくる曽根崎。
「・・・・・いえ。分かってたんですね」
すると、曽根崎は一瞬虚を突かれた様な顔をして。
すぐに優しいお母さんのような。笑顔をした。
その笑顔からは、さも「はい」と言いそうに見える。
「・・・・・出掛けて来ます」
弥生は曽根崎を一瞥して、再び歩き出す。
歩き出すと同時に。先程まで聞こえていた筆記音が。
医務室に籠もり出した。
医務室から聞こえる音を後にしつつ。弥生の視界に入ったのは。
暗い。
所々に照明があるものの。
真っ直ぐに伸びている通路の先は、闇に飲み込まれているように見える。
「綺麗すぎるこそ映える不気味」がそこにあった。
その様子を見ながら。弥生は。
(・・・・まるで、私の未来みたいですね)
苦笑いをしながら。進み続ける。
止まる事は。「許されない」