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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ヨン-
57/66

code:23「分点」

「・・・・・俺は、・・・・・・」


煤野木は、途中まで言いかけた所で黙った。


(どう説明すればいい・・・・?)


今まで煤野木自身も、他人に自分の事を語った事がなかったので。

続けていく言葉が見つからない。


(・・・・・適当に。最初から全部言っていくか)


そう考え、煤野木は再び閉じていた口を開き。

味わってきた。「地獄」を揖宿に全て話す。

最初は煤野木がβに誘われて未来に飛んだ事から始まった。

そして煤野木は「悪夢」を知り。

不条理を打開しようと頑張ったが。

世界は煤野木を嘲笑うかのようにカミカゼを「操縦」させた。


カミカゼを使用して最初に死んだのは佐伯。

佐伯は辛く苦しい過去を持っている。

両親に愛されず。それでも健気に人生を謳歌していたのだが。

ある日、男達に拉致監禁され。

そこでありとあらゆる苦行を強いられた。

それでも佐伯は諦めず。

苦行の最中出来た子供を大切にしようという。

希望を持っていたが。

直ぐに絶望に塗りつぶされた。

そして。カミカゼの操縦者として。「世界」に消される。


次にカミカゼを使用して死んだのは隊長さん。

隊長さんは険しく苦しい道を進んでいた。

軍の大佐である親に愛されようと。

小さい頃から、完璧な軍人として生きていた。

それは、純真なまでの親への崇拝と。敬愛と。

最後に。少しでいいから愛されたいという気持ちに支えられていた。

だが。その親は。カミカゼ操縦者以外の人類が滅亡した日。

艦隊を率いて「敵」へと向かったが。

隊長さんを残して死んだ。

希望を断ち切られ。暗闇に残された隊長さんは。

それでも親に認められる「隊長」として生きる為に。

やりたくもない「仲間殺し」を実行して。

煤野木達を残して「世界」から消えた。


「・・・・・・・最後は。お前だ」


煤野木は。目を揖宿から()らしながら言う。


「そう。続けて欲しい」


だが。揖宿は特に大きく反応することなく。

返事をした。

煤野木は溜息を尽きながら答える。


「・・・・いや、正直言って。佐伯や隊長さん達が消えた時に。

悲しんだりせず、逆に俺を軽蔑するような態度だったぐらいしか。

覚えていないんだが・・・・」


煤野木は特に着飾る事も、はぐらかす事もなく答える。

その方が。煤野木は利点があるだろうと考えたからだ。


(・・・・仮に。嘘をついても見破るだろうしな)


煤野木は。少し目線を落として言う。


「・・・・・それと、最後に。手紙を残した・・・ぐらいか」

「そう」


素っ気無く。単発的な言葉で揖宿は返事をする。

だが。

煤野木の気のせいかもしれないが。

一瞬だけ。揖宿は悲しそうな表情をしていた気がした。


「・・・・あの白銀の髪の子の言うとおりね」


ぼそりと呟く揖宿。


「・・・・白銀の髪?」


煤野木は。聞こえた言葉をそのまま返した。

そして煤野木は同時に感じる。違和感ともいえぬ。

頭の中の(わだかま)り。

それは雲のようにもやもやとしていて。

あるのは分かっているけれど。どこにあるかが分からないかのような。

もどかしい感じ。


(どこかで・・・・聞いた事がある・・・?)


煤野木は考えるが。思い出せない。


「・・・・・ありがとう。大体分かったわ」


揖宿はベッドから立ち上がる。

そして、そのまま近くにある箪笥(たんす)の方へと歩いた。

箪笥は丁度揖宿の顎よりも低いぐらいで。それほど高くない。

揖宿は、箪笥の頂上にある物に手を差し伸ばす。


それはハープだった。

厳密に言うなら。頭ぐらいの大きさで。

U字型を模してそれぞれ糸を垂直上に繋げてある。

つまりは、弓で矢を大量に放つ時のような形だった。

水色のハープは、部屋の照明に照らされながら。

あまりの光沢に揖宿の姿さえも映し出す。


「一曲。良ければ弾いていい?」


揖宿はハープを脇のほうへと持って行き。

左手でハープを押さえ、右手で弾く構えへと持っていった。


「・・・・・あぁ。お願いしたい」


煤野木に断る理由はない。

すると、揖宿の手がゆっくりと動いていき。


そこから始まっただろう。


「だろう」というのは、煤野木は始まったのかすら。

理解出来なかった。


音が。

音という音が。

部屋に既に混ざっていた。

空気が人には見えないように。音が部屋の空気と同調している。


「な・・・・・・」


揖宿の指は弦を撫でる様に動いてるから。

煤野木は弾いているのだと分かる。


だが。

理解出来ない。

初めから流れていたかのように。

煤野木のリズムと呼応し、揖宿のリズムと呼応していた。

まるで、元々この部屋の空気のかのように。

煤野木は音を吸っていた。


だからこそ。煤野木は理解が出来ない。


(馬鹿な・・・・・・!?)


煤野木は、そう言いながら自身の肌を触る。

気づいたら。


鳥肌が立っていた。


音楽で。人に合わせて曲調を変えたりするのは煤野木にも分かる。

しかしこれは音楽という次元を越えていた。

いや、音楽なのだろうが。

「人」が弾ける音楽ではない。

そうこうしている内にも、揖宿は音を奏でていく。


煤野木は風を感じた。

部屋は締め切っているにも関わらず。だ。


最初は、温かく緩やかな春を思わせる風。

次に。温かいが異常に息が詰まるような夏を思わせる風。

次に。少し肌寒くなるような秋を思わせる風。

最後に。全ての終わり目を告げるような冬を思わせる風。

風が変わる毎に、揖宿の指の動きが変化していった。


普通は、音楽を聴いている時は。

「良い曲だね」だとか。

「凄い演奏」だとか言うものだが。

演奏を聴きながら煤野気は。

言葉という言葉を失っていた。


音色が透明となり耳へと入ってきて。

心へと直接鳴り響く。


汚れていた。憎しみに溢れていた心は。

洗われるかのように。穢れが溶けていくかのように。

綺麗になっていった。


「・・・・・・あ」


その一言だけが呟けて。煤野木は再び意識を奪われる。

揖宿が更に曲に変化を掛けて来たからだ。


今度は。誰にでも分かるような演奏。

だが。曲自体の質は一切変わっていない。

弦が揺れる毎に。

揖宿が音を震わす度に。

煤野木は。「何か」を味わう。


その「何か」が何なのかは、煤野木には分からない。

けれど。煤野木は一つだけ分かった。

考えられる余裕が。出来る。

何故なら。


(・・・・・誰かの。為に作ったんだな)


それほど、揖宿の持つ感情が心に直接流れ込んでくる。

揖宿は。決して感情がなかった訳ではなかった。


(・・・・・感情を殺される程の。酷い出来事か)


そして、綺麗にされた筈の心に。

再び悲しみが宿っていく。


(・・・・必ず止めてみせる。この負の連鎖を。

例え俺を犠牲にしてでも絶対に・・・・!)


煤野木は。心の中で決意し。




揖宿が演奏する最中。煤野木は一人拳を強く握り締めた。


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