code:23「分点」
「・・・・・俺は、・・・・・・」
煤野木は、途中まで言いかけた所で黙った。
(どう説明すればいい・・・・?)
今まで煤野木自身も、他人に自分の事を語った事がなかったので。
続けていく言葉が見つからない。
(・・・・・適当に。最初から全部言っていくか)
そう考え、煤野木は再び閉じていた口を開き。
味わってきた。「地獄」を揖宿に全て話す。
最初は煤野木がβに誘われて未来に飛んだ事から始まった。
そして煤野木は「悪夢」を知り。
不条理を打開しようと頑張ったが。
世界は煤野木を嘲笑うかのようにカミカゼを「操縦」させた。
カミカゼを使用して最初に死んだのは佐伯。
佐伯は辛く苦しい過去を持っている。
両親に愛されず。それでも健気に人生を謳歌していたのだが。
ある日、男達に拉致監禁され。
そこでありとあらゆる苦行を強いられた。
それでも佐伯は諦めず。
苦行の最中出来た子供を大切にしようという。
希望を持っていたが。
直ぐに絶望に塗りつぶされた。
そして。カミカゼの操縦者として。「世界」に消される。
次にカミカゼを使用して死んだのは隊長さん。
隊長さんは険しく苦しい道を進んでいた。
軍の大佐である親に愛されようと。
小さい頃から、完璧な軍人として生きていた。
それは、純真なまでの親への崇拝と。敬愛と。
最後に。少しでいいから愛されたいという気持ちに支えられていた。
だが。その親は。カミカゼ操縦者以外の人類が滅亡した日。
艦隊を率いて「敵」へと向かったが。
隊長さんを残して死んだ。
希望を断ち切られ。暗闇に残された隊長さんは。
それでも親に認められる「隊長」として生きる為に。
やりたくもない「仲間殺し」を実行して。
煤野木達を残して「世界」から消えた。
「・・・・・・・最後は。お前だ」
煤野木は。目を揖宿から逸らしながら言う。
「そう。続けて欲しい」
だが。揖宿は特に大きく反応することなく。
返事をした。
煤野木は溜息を尽きながら答える。
「・・・・いや、正直言って。佐伯や隊長さん達が消えた時に。
悲しんだりせず、逆に俺を軽蔑するような態度だったぐらいしか。
覚えていないんだが・・・・」
煤野木は特に着飾る事も、はぐらかす事もなく答える。
その方が。煤野木は利点があるだろうと考えたからだ。
(・・・・仮に。嘘をついても見破るだろうしな)
煤野木は。少し目線を落として言う。
「・・・・・それと、最後に。手紙を残した・・・ぐらいか」
「そう」
素っ気無く。単発的な言葉で揖宿は返事をする。
だが。
煤野木の気のせいかもしれないが。
一瞬だけ。揖宿は悲しそうな表情をしていた気がした。
「・・・・あの白銀の髪の子の言うとおりね」
ぼそりと呟く揖宿。
「・・・・白銀の髪?」
煤野木は。聞こえた言葉をそのまま返した。
そして煤野木は同時に感じる。違和感ともいえぬ。
頭の中の蟠り。
それは雲のようにもやもやとしていて。
あるのは分かっているけれど。どこにあるかが分からないかのような。
もどかしい感じ。
(どこかで・・・・聞いた事がある・・・?)
煤野木は考えるが。思い出せない。
「・・・・・ありがとう。大体分かったわ」
揖宿はベッドから立ち上がる。
そして、そのまま近くにある箪笥の方へと歩いた。
箪笥は丁度揖宿の顎よりも低いぐらいで。それほど高くない。
揖宿は、箪笥の頂上にある物に手を差し伸ばす。
それはハープだった。
厳密に言うなら。頭ぐらいの大きさで。
U字型を模してそれぞれ糸を垂直上に繋げてある。
つまりは、弓で矢を大量に放つ時のような形だった。
水色のハープは、部屋の照明に照らされながら。
あまりの光沢に揖宿の姿さえも映し出す。
「一曲。良ければ弾いていい?」
揖宿はハープを脇のほうへと持って行き。
左手でハープを押さえ、右手で弾く構えへと持っていった。
「・・・・・あぁ。お願いしたい」
煤野木に断る理由はない。
すると、揖宿の手がゆっくりと動いていき。
そこから始まっただろう。
「だろう」というのは、煤野木は始まったのかすら。
理解出来なかった。
音が。
音という音が。
部屋に既に混ざっていた。
空気が人には見えないように。音が部屋の空気と同調している。
「な・・・・・・」
揖宿の指は弦を撫でる様に動いてるから。
煤野木は弾いているのだと分かる。
だが。
理解出来ない。
初めから流れていたかのように。
煤野木のリズムと呼応し、揖宿のリズムと呼応していた。
まるで、元々この部屋の空気のかのように。
煤野木は音を吸っていた。
だからこそ。煤野木は理解が出来ない。
(馬鹿な・・・・・・!?)
煤野木は、そう言いながら自身の肌を触る。
気づいたら。
鳥肌が立っていた。
音楽で。人に合わせて曲調を変えたりするのは煤野木にも分かる。
しかしこれは音楽という次元を越えていた。
いや、音楽なのだろうが。
「人」が弾ける音楽ではない。
そうこうしている内にも、揖宿は音を奏でていく。
煤野木は風を感じた。
部屋は締め切っているにも関わらず。だ。
最初は、温かく緩やかな春を思わせる風。
次に。温かいが異常に息が詰まるような夏を思わせる風。
次に。少し肌寒くなるような秋を思わせる風。
最後に。全ての終わり目を告げるような冬を思わせる風。
風が変わる毎に、揖宿の指の動きが変化していった。
普通は、音楽を聴いている時は。
「良い曲だね」だとか。
「凄い演奏」だとか言うものだが。
演奏を聴きながら煤野気は。
言葉という言葉を失っていた。
音色が透明となり耳へと入ってきて。
心へと直接鳴り響く。
汚れていた。憎しみに溢れていた心は。
洗われるかのように。穢れが溶けていくかのように。
綺麗になっていった。
「・・・・・・あ」
その一言だけが呟けて。煤野木は再び意識を奪われる。
揖宿が更に曲に変化を掛けて来たからだ。
今度は。誰にでも分かるような演奏。
だが。曲自体の質は一切変わっていない。
弦が揺れる毎に。
揖宿が音を震わす度に。
煤野木は。「何か」を味わう。
その「何か」が何なのかは、煤野木には分からない。
けれど。煤野木は一つだけ分かった。
考えられる余裕が。出来る。
何故なら。
(・・・・・誰かの。為に作ったんだな)
それほど、揖宿の持つ感情が心に直接流れ込んでくる。
揖宿は。決して感情がなかった訳ではなかった。
(・・・・・感情を殺される程の。酷い出来事か)
そして、綺麗にされた筈の心に。
再び悲しみが宿っていく。
(・・・・必ず止めてみせる。この負の連鎖を。
例え俺を犠牲にしてでも絶対に・・・・!)
煤野木は。心の中で決意し。
揖宿が演奏する最中。煤野木は一人拳を強く握り締めた。