code:22「前日」
「・・・・・揖宿。聞きたい事がある」
夜中。それも以前隊長の部屋を訪れた時と殆ど同じ状況で。
ただ一つ違うのが。今回は揖宿の部屋だという事だ。
今、煤野木は揖宿の部屋の前で立っているのだが。
何故か揖宿が若干ジト目で、扉の隙間から顔を半分だけ出して見ている。
「・・・・・いや、悪い。深夜でしかも大して面識がないのは知ってる。
・・・・・それでも聞きたい事があるからここに来た」
煤野木は、包み隠さず正直に言う。
下手にここで嘘をついて疑われては仕方が無い上に。
元々揖宿には嘘は通用しない。
なので煤野木は正直に言って、信用を損なわせない方が得策だと考えている。
だが、煤野木の予想に反して。
揖宿は特に返事をせずに扉を閉め部屋に戻ってしまった。
「な・・・・・」
呆気に取られてしまう煤野木。
すぐさま原因を考える。
(まさか、俺の考えが読まれたか・・・・?
いやしかし、別段損得の事を考えただけだが・・・・)
結局考えたところで、答えが出る訳でもない。
「諦めるしかないか・・・・・」
そう結論付け、煤野木は揖宿の扉に背を向けて歩こうとすると。
「何をしているの?」
不意に後ろから声がした。
煤野木が振り返ってみると、扉を開けて待っている揖宿がいる。
だが。煤野木は。またしても呆気に取られた。
(・・・・・イメージと大分違うな)
煤野木のイメージとしては、巫女服でいるか。
日本古来の、寝巻きを着ているのだろうと思っていたのだが。
揖宿はどちらでもなく、ピンク色のしましまが入った。
パジャマを身に着けている。
そして、見る度に気になる長い黒髪は。
いつもだったら純白のリボンで結ばれているはずなのに。
あるべきはずの場所に純白のリボンはない。
なので、長い黒髪はすらりと光に照らされながら伸びていた。
「・・・・・早く入らないのかしら?」
揖宿の一言によって、煤野木は意識を取り戻す。
「あ、あぁ・・・・・そうだな。すまん」
取り繕った言葉を出しながら、煤野木は前へと歩き出した。
その間にも、煤野木は別のことを考える。
(・・・・・揖宿は、答えてくれるだろうか)
煤野木が揖宿の部屋に訪れた理由は至って簡単。
一度揖宿とはゆっくりと話すべきだと考えていたからだ。
煤野木は、揖宿の事を殆ど何もしらない。
前の未来の時も、揖宿の事を知る機会もなく終わった。
彼女が何を持ち何を理解し何を実行したかすらも。
今となっては分からない。
だからこそ、今こうして揖宿と話そうと煤野木は思った。
因みにβは煤野木の部屋で寝ている。
起こして連れて来てしまっては色々と面倒で。
それに、煤野木自身もまだβと何かわだかまりがあったからだ。
「・・・・・・お邪魔します」
一応は挨拶をしながら、煤野木は揖宿の部屋へと入る。
立ち止まってみてみると、部屋は煤野木達が寝ている所と。
部屋の面積とかは変わらないのだが。煤野木はある物に見入っていた。
「・・・・・古い知人の物だったのよ」
ごとん。と扉が閉まる音がすると共に。揖宿が言って来た。
「・・・・・・・そうか」
煤野木は一言だけ返事をする。
「だった」と揖宿は言った。
煤野木が直ぐ目に入った、綺麗なハープの持ち主は。
過去形で告がれた。
「・・・・・今でも覚えている」
揖宿は目を伏せながら、近くにあるベッドへと近づき。
両手をつきながら座り込んだ。
丁度、煤野木とは向かい合いながら。揖宿が見上げる形で。
煤野木が揖宿を見下ろす形でいる。
「・・・・・懐かしい話」
揖宿は口元を緩ませ。閉じた瞼を半分開き。
小さな笑みを浮かべた。
(・・・・・!)
煤野木は反射的にその表情を見て。
幻想的だと思った。
佐伯や隊長や曽根崎やβや弥生の笑顔よりも。
いや、もしかしたらどの人類の見せる笑顔をさえも越えるかもしれないと。
煤野木がありえない事を思ってしまうほど。
揖宿の垣間見せた笑顔は綺麗と同時に、妖艶さや幼さをも両立させ。
優しさも悲しさも嬉しさも温かさも冷たさも怒りも憎しみも織り交ぜて
全てを注ぎ込みそして、際限なく溢れ出ているかのような。
それこそ、これこそ幻想的な笑顔だった。
煤野木は。時の存在すら忘れて見入る。
何秒。何十秒。何分。何十分。何時間。何十時間。
それすらも分からなくなるくらいに。
「・・・・・明日、謝りにいかないといけない」
そう、揖宿が呟いた直後に。ようやく煤野木の意識は戻った。
バチン!と世界に明確な色が宿るように。
煤野木ははっきりと、「完全に見入っていた」事に気づく。
(何だと・・・・・)
ありえない事実に。
煤野木の頭は混乱しそうになったが。
「・・・・・私は傷つけてしまったから」
辛うじて揖宿の言葉で理性を繋ぎ止める。
「・・・・・ッ。・・・・・傷つけた・・・。誰をだ?」
「弥生さんよ」
瞬間。煤野木は何故か一発で理解する。
機械のコード線が繋がり、電気が流れるかのように。
ジグゾーパズルの、空きパズルピースが埋まるかのように。
分かった。
けれど、煤野木は確認せざるおえない。
恐る恐る煤野木は揖宿に聞く。
「弥生を・・・・・倒れさせたのは・・・・」
僅かに、揖宿は顔を伏せた後に。
しっかりと答えてくれた。
「えぇ」
「ッッッッ!!」
答えを聞いた煤野木は、揖宿の両肩を掴み前へと押し倒す。
背中から揖宿はベッドへと押し倒される。
ギシッ。と金属が軋む音が部屋に響いた。
揖宿と煤野木は、互いに互いを見詰め合う。
煤野木の表情は怒りに身を任せ、熱っぽくなっていて。
反対に、揖宿の表情は平坦的な冷たい視線を向けている。
揖宿の吐息が、煤野木の顔には直接当たらない物の。
空気の温度を通じて、煤野木に伝わる。
同様に、煤野木の吐息も同じ感じで伝わっていた。
ただし煤野木の呼吸は大刻みで行われるという点が違うのだが。
沈黙が沈黙を支配し、二人とも黙る。
だが。先に口を開いたのは。
揖宿だった。
「・・・・・私を見てはいけなかった」
「どういう意味だ」
「弥生さんは、恐らく眼を見ただけで感情を知り得れる。
だから、私の眼を通して、私の人生を見てしまった」
嫌に聞きなれた言葉を。煤野木は再度呟く。
「・・・・・人生?」
人生。共通する物といえば。
カミカゼ。
それ以外に直ぐには、煤野木には思いつかない。
怒りに身を任せ。頭が単純思考となり。
一直線以外に考えられない状態となっているからだ。
そこで、煤野木は一旦冷静になる。
(・・・・・人生か。・・・・まて、人生を見た?
ということは・・・・。揖宿が味わってきた苦痛を。
弥生は、一度に一片にまとめて味わったという事か・・・)
煤野木が結論に至ると。
直ぐに、ありえない疑問に気づく。
「矛盾している・・・・!?」
煤野木は思わず口に出してしまう。
(この結論はおかしい・・・・。それなら、もしも見ただけで。
それこそ倒れてしまうのなら。
弥生は、佐伯でも誰もいい。ここの誰かの眼を見る度に。
原因不明の倒れ方をする事になる・・・・!)
煤野木は、再度掴む力を強くしながら。
「お前は・・・・何者なんだ・・・・!!」
だが。答えない。
黒髪の、長髪で、ベッドに髪をばらしながら押し倒されていて。
瞳も髪と同じように純真な黒色をくりつかせて。
ピンクの縞模様のパジャマを着ていて。
肌色の胸元を晒しながら。こちらを依然と見ている。
この青年は。
何も。答えない。
それに、煤野木は先程まで上手く誤魔化せたつもりの。
怒りが再び煮えたぎってくる。
それは。
打開しようと救済しようともがき続けても。
一向に見えないこの「地獄」に。
煤野木は苛立ちを隠せなかった中。
β。未来。と来て揖宿。
煤野木の我慢の限界が来ていた。
「お前はいつもそうだよな・・・・。いつでもどんな時でも冷静で。
心が死んでいるんじゃないかって思えるぐらいにな!」
煤野木自身が驚くぐらいの、黒く汚い言葉。
それが煤野木の口からスラスラと出て来た。
煤野木は更に掴む力を強くする。
「あぁそうだ!お前はいつもそうだった!!
佐伯が、隊長さんが。死んだ時だって。
お前は一滴たりとも涙を見せなかった!!!」
掴む方が痛くなるぐらいに、煤野木は更に握る力を強める。
理性が。解けるように悪意へと変わっていく。
それは本来。揖宿に向ける物ではなく。
世界に向ける物なのだが。
怒りに我を忘れている煤野木にとっては。些細な事になっていた。
「挙句の果てには俺が乗るつもりだったカミカゼに乗って。
先に人生を使い果たして死にやがって!!!」
怒りと憎しみと不条理への負の気持ちが炊き上がる。
煤野木は。いっその事。
握っている手を。揖宿の首元へと変えてやろうかとすら。
思えた。
「俺一人と手紙を残し・・・・・・て」
が。煤野木は途中まで喋って思い出す。
揖宿から渡された。あの手紙の内容を。
『この手紙を読んでいる時には。おそらく私は生きていない。
貴方には伝えたい事があるの。
まず一つ目。貴方を裏切る形で悪かったと思っている。謝るわ。
次に二つ目。貴方は覚悟したのでしょう?・・・・死ぬ。覚悟を。
カミカゼを使ってこの世界を守るという覚悟。
私は絶対にそんな事は許さない。貴方に死ぬ資格なんて物はないのだから。
生きる意味を知らない人の覚悟は。
軽い。そして。重くてもそれは偽者だから。
それはただ自殺志願と。大して変わらない。
だから貴方は絶対に生かすつもりだった。
そして三つ目。 ・・・・・貴方を一人にして。
・・・・ごめんなさい』
余白を綴り。最後に濁りをいれ。
そして「ごめんなさい」と謝っていた。
そこに「どれだけの感情」が込められていたのか。
煤野木は。ようやく理解した。
憎悪が消えていくように。悪意が抜けていくように。
煤野木の体は急に冷えていった。
と同時に。両手に込めていた力を抜いて体を起こす。
そして、こう口にする事しか。煤野木にはできなかった。
「・・・・・すまない」
揖宿は。煤野木を少し見た後に。
「・・・・・首を絞めてくるのかと思っていたのだけれど」
らしくない皮肉を言いながら。煤野木と同じように体を起こした。
煤野木は、罪悪感を感じながら言う。
「・・・・本当に。絞めそうになった」
けれど、揖宿は本当に意に返さず。
「そう」
とだけ答えたので。
煤野木は疑問にして聞いた。
「怖くは無いのか?」
すると、揖宿は少し眼を顰めながら。
「さっきも隊長さんに呼び出されて、眉間に銃を撃たれたばかりだから」
「な」
絶句する煤野木に対して、揖宿はパジャマのポッケへと手を突っ込み。
ある物を取り出してこちらに見せてきた。
「弾丸・・・・・・」
元の原型は無く。まるで圧縮されたように潰れているが。
間違いなくそれは弾丸だった。
「・・・・・隊長さん」
任務の為なら冷酷無比に実行する人物。
恐らく今回は、弥生を倒したのは揖宿だと気づいて。
「危険因子」を殺す為に銃を使ったのだろう。
例えそれが仲間だろうと。
「・・・・感慨深い所悪いのだけれど、今度は私が聞くわ」
揖宿はまたしても、ベッドに腰掛けながら。
今度は逆にこちらの眼の底を覗くように見つめてきた。
「貴方こそ。どこから来たのかしら?」