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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ヨン-
55/66

code:21「存知」

未来だった。

未来は洗濯室の出入り口に佇んでおり、こちらを見据えている。

彼女は高校生の女子が着る黒色一色の上着に。

赤と黒の入り混じったスカートを身に着けていて。

そこまで届いているのは、黒と緑の中間とでも言うべき深緑の髪を棚引(たなび)かせ。

髪の色と同じように空ろに輝く深緑の瞳は何を捉えているのか。

煤野木には分からないが。

ただ一つ。煤野木には分かった事がある。


「・・・・・何が。あった?」


未来をそこまで苦しむ事になった要因が。起こったという事だ。

何度だって見た事のある。いや、煤野木自身が味わってきた。

虚空を見るかのような、絶望に染まった眼。

たった小さな希望すらも破壊され、奪われ、消され。

その度に自身を責め、否定し、謝罪をする。

そうして何度も何度も繰り返す内に、疲れきってしまう。

未来の眼は、その時の眼だ。

深緑の瞳のはずなのに、中心に真っ黒な穴を携えながら。

未来はぽつりと言う。


「弥生さんが、倒れました・・・・・」

「まさか・・・?」


煤野木の返事に、未来は顔をゆっくりと左右に振り。

顔を少しだけ伏せた後に言う。


「身体に異常はなかったので・・・・大丈夫なはずです・・・・」


未来自身も弥生の事は分かっていない為か。

「はずです」という不確定な言葉を使ってきた。

そして、前後で言葉として矛盾しているが。

それすら考えられないほど、未来は情緒不安定になっているのだと。

煤野木は大体把握する。


「弥生さんはその時、風呂場で風呂に()かってたんです・・・・。

私と佐伯さんも・・・・近くにいたんですが・・・。

弥生さんが。倒れるまで全然・・・・気づけなくて・・・・」


未来は左手の(てのひら)を見つめがら。呟く。

その左手は、やけにわなわなと震えていた。

だが。震えているのは左手だけではない。

未来の声すらも、同じように小さく震えている。


「耳を(つんざ)く様な悲鳴が聞こえたんですよ・・・・・。

それでやっと気づいて・・・。慌てて佐伯さんと駆け寄ったら・・・」


当時の情景を思い出してか、未来の眼が大きく見開かれ。


「弥生さんが・・・・。目の前で。意識を失ったんですよ・・・・!」


ぽとり。ぽとりと。冷たいアスファルトの上に未来の涙が落ちる。

ただそれは数滴ではなく、何滴も何滴も滴り落ちた。

そして、未来は投げやるように続けていく。


「弥生さんに声を掛けても、体を軽く叩いても返事はしなくて・・・。

弥生さんの体に何かがあったんじゃないかって・・・・!!」


過去の自分を責め。「あの時ああすればよかった」と嘆く。

その未来の姿を見た煤野木は。

気づく。

まるでその姿は。


(俺・・・・)


興味本位から始め、知ってしまった不条理。

そして、失敗してしまった未来をやり直す為に。

こうして一回り前の未来へと戻ってきて。

カミカゼの操縦者達が不幸で終わらず、幸せで終わらそうと。

今尚もがき続ける。煤野木の姿。

煤野木には未来の姿と煤野木自身の姿が、多重(だぶ)って見えた。

だが。そんな煤野木の意識は。次の一言によって断ち切られる。


「私の知ってる未来(みらい)と違う・・・・・」


頭を抱えながらその場で力抜けるように、へたれ込む未来。

対して煤野木は。


(・・・・・・知っている、未来だと?)


確かに。弥生が原因不明の事で倒れるのはまずないだろう。

当然未来は焦るし、対応しようにも原因が分からないので出来ず。

ただ自分を責める事しか出来ない。という事は分かる。

だが、未来は今なんと言った。


「・・・・悪いが。一つ聞きたい事がある」


煤野木は、精気の感じられない未来へと話しかける。


(・・・・・もしかしたら、立ち直れなくなるかもしれないな)


だが煤野木は止めようとは思わない。

この「地獄」を壊せるような鍵があるとするのなら。

搭乗者すら、親友すら、守りたい女性すら。

例え傷つける事になろうとしても。

そして因果的に、自分を憎むことになろうとしても。

容赦はしない。

煤野木は。覚悟出来ていた。

全ては。「悪夢」を終わらせる為に。


煤野木の問いに、未来は顔を上げる事なく軽く無言で頷いた。

煤野木は続けていく。


「・・・・・未来。お前が今言った。知っている事って何だ?」


直後。


ビクッッッ!と未来の体が大きく弾き跳んだ。

そして、あれほど精気のなかった眼が。

何もかもを混ぜ繰られ、練りこまれ刷り込まれたような色を帯びた。

対して、煤野木は冷静に分析する。


(・・・・そこまで、の事なのか)


「知っている事」が余程重要なのかは煤野木には分からないが。

未来に聞いた直後にこの反応。


(何を・・・・知っている?)


そして、煤野木が次の言葉を(つむ)ごうとすると。


「・・・・やめて下さいよ」


ぽつり。と未来が呟く。

非常に小さかったので。煤野木には聞き取れなかった。


「何を言っ・・・・。ッッ!?」

「・・・・・やめてくださいよ!!」

「煤野木!?」


それは唐突。

未来に、煤野木は後ろへと突き飛ばされた。

突然の出来事だったので、煤野木はバランスを取れずに。

背中から地面に叩きつけられる。


「ぐっ」


もちろん、煤野木は自身の背筋に軽い衝撃が走った。

煤野木が急いで体を上半身起こそうとすると。

未来が煤野木を見下ろす形で、立っている。

更にその後ろではいつの間にか小さくなったβが空中で浮いていた。

未来は吐き出すように叫ぶ。


「貴方が!貴方が・・・・!!」


未来は顔を真っ赤にし、(まぶた)には大粒の涙を蓄え。

口を(せわ)しく動かしていたのだが。


「・・・・・・・」


しかし、未来の次の言葉は出ない。

悲しそうに。歯を食い縛るばかりで、未来は言って来ない。

熱い吐息を吐き出すだけで、口を動かそうとはしなかった。


「何で・・・・何も、言ってこない・・・」


未だ痛む背筋を無視しながら。煤野木は言う。

だが。それでも未来は喋らない。


「辛いのなら・・・・言えばいいだろう・・・・」

「・・・・・・・・」


未来は黙り続ける。

そして、煤野木のどうしようもない気持ちは(つの)っていき。

ついには噴出すように出てしまった。


「頼れよ・・・・!」


歯軋(はぎし)りから声へと変わる。

煤野木の心に溜まり続けた物が。溢れ出た。


「頼れよ畜生・・・・!辛いなら吐き出せばいい!

苦しいなら声に出せばいい!!

何も見えないなら、手を差し出して貰えばいいだろうが!!!」


上半身を起こしながら、煤野木は未来を見続ける。

その間にも、煤野木の頭は冷静に当初の目的を思い出していた。


「・・・・すまん」


一言だけ未来に謝って。


「・・・・・俺じゃなくても、隊長さん達でもいい」


煤野木の勢いは弱まり、先ほどの強さはない。

このまま未来が全てを言ってくれれば。と煤野木は思っていたが。

予想は違う。

いや、煤野木の考える事実は違う。


「・・・・・何度も、何度も言いましたよ」


返って来た言葉は。煤野木には理解できなかった。


(何度も・・・・だと?)


疑問が疑問を生み、答えがあやふやになる。


「いいんですよ・・・・。すいません。取り乱してしまって」


未来は流れていた涙を右腕でごしごしと拭き、歩き出す。

向かう先は洗濯室の出入り口。

先程の騒音が嘘かのように、静かに未来は部屋を出て行った。


呆気ない。


ただのその一文に限る。

そして煤野木は未来が出て行った出入り口を見ながら考えた。


(・・・・何だ、今の泣いてからの立ち戻りの速さは・・・・)


煤野木の疑問は直ぐに答えが出る。


「・・・・まさか、何度も・・・」


事実には分かる物の。あまりの突拍子に。

煤野木の頭は酷く困惑していて。


「どうなってるんだ・・・・この世界は・・・」


そう呟くしか出来なかった。


隣では、顔を相変わらず伏せているβ。

そして伏せている顔から、小さな声が()れた。

その声は、あまりにも小さすぎた為。煤野木には聞こえない。




「・・・・・未来お姉ちゃん」

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