code:20「確信」
煤野木は洗濯室で洗ったばかりの物を畳んで籠に入れるという。
単純な作業をしていた。
服装はいつもの通り。白のカッターシャツと黒のズボンで。
一般的な男子の学生服姿でいる。
そして、煤野木はその単純な作業をしている傍ら呟いた。
「・・・・・未来が。変わった・・・・か」
そう。煤野木の知っている未来とは違った。
本来交差するはずの無いものが。煤野木という要因によって。
大幅に関わり合うという未来へと変わってしまったから。
そして、その未来が正しいかどうかは。煤野木には分からない。
だが。
「・・・・良かった」
煤野木は無表情を崩しながら、優しい声色で再び呟く。
絶望しかないこの未来。
希望を断ち切られ。人生を破壊され。生涯を否定された。
カミカゼの操縦者達に。たった小さな希望でも良いから。
与えられた事に。煤野木は嬉しさを隠せない。
「・・・・・・・」
そしてもう一つ。嬉しい理由が煤野木にはある。
「未来の、変更・・・・」
憶測の域から、確実な理論へと変わった事実。
(・・・・・正直に言うと俺は、不安で仕方が無かった。
未来は変えられるのだろうか。自分に出来るのだろうか。と。
けれど、俺は「未来」を変えられた。変えられることが分かった。
絶望は希望へと変えれる・・・・)
自然と、煤野木は掌を顔の前へと差し出し。
思い切り強く握り締めて、拳を作った。
まるでそれは、今の今まで雲のように逃げられていた物を。
確実に掴み取ったかのように。
(やっとだ。やっと・・・・。この地獄を俺が壊せる)
誰一人として救いようの無いこの世界。
悪魔の兵器。カミカゼに選抜されなかった人々は殺され。
選抜された人々は残され。地獄を見ている。
過去からやってきた煤野木は。何も出来なかった。
自身の子供の為に自分を犠牲にした少女も。
敬愛する父。操縦者達。全てを守る為に頑張った青年も。
希望を生かす為に一千万という大群に挑んだ青年も。
目の前に居たのに。
手を伸ばせば届く距離だったはずなのに。
煤野木は。誰一人「助ける」事すら出来なかった。
無力と無気力と無意味。そんな負の言葉ばかりが。
煤野木の頭の中をぐるぐると回り続けていた。
だが。
助けれると、未来が変えられると分かって。
役目など。運命など。実力などないと思っていた自分に。
やっと機会がやって来て。
立ち止まるほど、煤野木は「死んで」いない。
「過去」の煤野木であったら、諦めていただろうが。
「今」の煤野木は。地獄を見てきたからこそ。
絶対に諦めない。
「絶対に救い出してやる・・・・!」
力強くその場で意気込む煤野木。
すると、煤野木の背後から前にゆっくりとβが飛んで来た。
希望に満ち溢れている煤野木に対して、βは顔を軽く伏せながら。
「・・・・・煤野木。・・・・・駄目です」
急に吐き出された完全な否定。
煤野木に努力せず。救わせず。無力に打ちひしがれろ。と。
小さな声で。言った。
続けて。
「・・・・・・もう。やめて欲しいです・・・・」
先ほどよりもか細い声が聞こえると共に。βは。
その場で両腕を顔に覆い。泣き出してしまった。
「β・・・・・?」
煤野木が言うと同時に。
煤野木は体に、まるで抱きつかれたかのような重い衝撃を感じた。
いや。
煤野木は。βに抱きつかれていた。
「な・・・・・・」
βの小さな妖精のような体だったのが。一般的な女性のような大きさとなり。
今。煤野木の胸元に顔を埋めながら抱きついている。
「・・・・大きくなれたのか・・・・」
煤野木は思った事を、つい口にしてしまう。
βは特にそれに対して反応しない。
改めて背中から見えるβの服装は。現代と懸け離れていて。
やはり未来に生きているのだと認識させられる。
そして首や腕から見える肌は健康的な色をしており。
とても機械とは思えないだろうが。
体の至る所に付いている小型の機械がそれを証明していた。
「・・・・・β」
煤野木に抱きついているβの腕を掴もうとすると。
煤野木は気づいてしまう。
βの体が小刻みに震え、それに伴って淡い青色の髪も揺れている事に。
そして、煤野木の胸辺りに若干感じる冷たい感触。
βがどんな表情をしているか。
煤野木の角度からは見えなかったが。
分かった。
「・・・・・・煤野木。もうやめてください。もう・・・・」
鼻声特有のぐちゃぐちゃな声を出しながら。βは顔を上げる。
煤野木とβの顔は目と鼻の先とまではいかないが。だいぶ近い。
そして煤野木はβの瞳と目があった。
βの眼は、髪と同じように青色なのだが。
泣いていたせいか、眼が赤く充血していた。
「・・・・・β。お前は・・・。何を知っ」
途中まで言いかけて。煤野木はある事を考えてしまう。
(まて・・・・・。βは未来から来たって言っていたよな・・・。
この世界が滅んだ先の未来・・・・からやって来た・・・・。
人一人としていない世界から・・・・やって来たのか?)
煤野木はβの両肩を掴んだ後に、後ろへと伸ばし。
そしてβと正面で向き合いながら。言う。
「お前は・・・・・どこからやって来た・・・・?」
その答えは知っているはずなのに。
その答えは聞いていたはずなのに。
煤野木は聞かずにはいれなかった。
ところが。
βは涙をぽろぽろと落としはするものの、口を開けようとしない。
まるで。
答えたくないかのように。
「煤野木さん」
唐突に。本当に不意打ちの形で。βと煤野木の隣から声がした。
煤野木とβは顔をそちらに向ける。
そこにいたのは。