code:19「感情」
「・・・・・・!?」
弥生は飛び起きるように体を起こした。
「・・・・・・・・え?」
弥生の第一声がそれだった。
デジャヴといえばデジャヴなのだが。そういう意味ではない。
弥生は急いであたりを見回してみる。すると弥生の眼に入ってきたのは。
事務机に顔を向け、椅子をきしきし軋ませながら座っている曽根崎だった。
「そねさ・・・・きさ!?」
弥生が声を出そうとした直後。
頭にトンカチか何か鈍器で殴られたかのような。
耐え難い激痛が走る。
「がああああああっッッアアァッ」
激しい嘔吐感。さながら世界や視界が歪みながら揺れるような。
あまりの感覚に。弥生は両手で頭を抱えながら顔を伏せた。
弥生の下半身を覆うシーツは、色という色が掻き混ぜられたかのように。
色が色として認識出来ない。
弥生の肌からは大量の汗が流れ出し、筋肉が何かに脅えるように痙攣を起こす。
(う・・・うぅ・・・・うう・・・・)
呼吸。
深呼吸を何度も何度も繰り返し。胸を焼く様な空気を吐き出しては吸う。
すると、弥生の感情に呼応するように暴れていた心臓も。
少しずつ落ち着きを取り戻して、元の心拍数へと戻っていく。
そして弥生は気づく。
「・・・・・・・」
無言のまま。いつのまにか曽根崎がこちらにタオルを差し出しているのに。
「・・・・・ありがとう・・・ございます」
弥生は途中に呼吸を織り交ぜながら、曽根崎のタオルを受け取った。
そして熱くなっている体から滝のように流れる汗を、タオルを使って拭くと。
曽根崎が。「本当に」嬉々とした様子で弥生を見ていた。
対して弥生は。少しばかり眼を伏せて。
「・・・・喋っていいです。それと、タオルありがとうございます」
それだけを弥生が呟いた直後。
「・・・・どう致しまして」
曽根崎は特有の整った顔立ちから、笑顔を零しながら言った。
さながらその笑顔は。儚く簡単に壊れてしまいそうな印象を受ける。
そして曽根崎はぺこりと御辞儀をして、元の座っていた椅子へと戻っていった。
「・・・・・・・」
きし。きし。と独特の音が部屋に響く中。
弥生は無言のまま。再び周りを見渡す。
よく見てみると、弥生の寝ているベッドは一つだけではなく。
寄り添うというより、揃えるように並列に置かれたベッドがもう一つある。
そしてその間には、少し淡い黄色のカーテンらしき物が半分ほど遮っていた。
「・・・・・・・」
弥生は、ゆっくりと自分の被っている毛布へと目線を落とす。
毛布には、可愛らしい熊さんが「へい!流行に乗ろうぜ!」と言わんばかりに。
嬉々揚々と。弥生にはよく分からないポーズを構えていた。
「・・・・・・・・」
弥生は無言のままに、毛布から視線を逸らす。
少しばかりの、軋む音以外が聞こえない部屋へと戻って。
「・・・・・・はぁ」
弥生は少しばかり頭を垂らした後に、溜息を漏らしてしまう。
(・・・・今私がいるのは、基地にある医務室・・・・)
広い基地内の比較的中部にあるこの医務室は。
佐伯が以前に語ってくれたのだが。雰囲気から物から何からまで。
「学校にある保健室」のようらしい。
その医務室にいる。その文を考えただけで。
弥生は耐え切れなくなり、再び小さな溜息を漏らす。
溜息の理由は簡単。
(・・・・また、隊長さん達に迷惑を掛けてしまいました・・・)
昔の弥生は依存してきたので、今は頼る事はあまり好きではない。
なので、隊長達にはあまり迷惑を掛けないようにしているのだが。
(・・・・今度は、揖宿さん。ですか・・・・)
内心苦笑いを浮かべながら。弥生が考えていると。
連鎖的に。ある事に気づく。
そして同時に、見る見る弥生の顔が驚愕の顔へと変わった。
ありとあらゆる揖宿の感情をまともに受けて。
それこそ壊れるぐらいに。
その代償として気づいてしまった。ある事。
「・・・・・・ッッ!」
揖宿の正体だ。
彼女は弥生達のように。何か特別な理由があってここに連れて来られていない。
例の日が起こった当日に。「揖宿」もやって来た。
逃げる場所も、避難する場所もないだろうという事で保護していたのだが。
あの地獄の中。生き残れた理由が。今になって弥生は気づいた。
揖宿の感情。即ち。
「人生」によって形成された感情を全て受けて。だ。
揖宿が受けてきた出来事や考えていた事。それらが未だ弥生の心の中にある。
すると、自然と弥生の体は軽くまた震えだした。
眼から大粒の涙が、頬に線を描きながら流れ落ちる。
「・・・・・神は。主は。何て残酷なんですか・・・・」
ふと弥生が漏らしてしまったその言葉に。
どれだけの感情が込められているか。