code:18「接触」
以前にも説明した風呂場。
かぽん。という風味溢れるその場所には。弥生と佐伯と未来が風呂に入っていた。
体がくっつきそうとまではいかないが。間に人一人分ぐらいの近さ。
三人とも体に白いバスタオルを巻きつけて浸かっているが。
「で、何で貴方までいるんですかね・・・・?」
一番右側にいる未来は。疲労を伴った表情をしていた。
「・・・・・入りたかったから。・・・ね?」
対して左側に居る佐伯が満面の笑みを浮かべて答える。
その回答に。素早く中央にいる弥生が。
「ね、ではないですよ・・・・」
明らかに。どう聞いても未来と同じように。
疲労を醸し出している声を出す弥生。
「えへへー」
片腕を上げ、後頭部へと手を置いて照れる佐伯。
「褒めてないと思いますよ・・・・?」
未来が軽く弥生のフォローをする形で、言葉を継ぎ足した。
かぽん。とまた心地よい音が風呂場に響く。
湯気が立ち込めるその中で。
「はぁぁー・・・・」
未来は両肘を風呂場の囲いへと置きながら、息を吐き出した。
高からず低からずの水温は、人の体を解し休ませる。
未来のその様子に、佐伯がちらりと覗いた後に。
「・・・・おばさんっぽいよ」
呟いた一言によって。
カチン。
そう。空気が凍った。
時計が急に止まったような。
合わなかったピースが合わさったときのような。
完全に一致するような音が。風呂場の空気を支配した。
そして数秒を経た直後。
「はぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!!???」
未来が風呂場で轟音と唸りを上げ、勢いよく立ち上がる。
と同時にバシャバシャァアアアアアン!!と大量の水飛沫が上がった。
突然の出来事に。
びくっ!と驚いて佐伯は硬直してしまう。
未来の近くに居た弥生なんかは。
水飛沫をモロに顔面に喰らってしまいそうに思えるのだが。
予想と反して、大して損害は無い。
何故なら。
(・・・・読めていたはずですよ。佐伯・・・・・)
ひゅる~っという幽霊でも出そうな華麗な移動によって。
災害区域から遠のいていたからだ。
場所でいうなら、先ほど居た場所から反対側である。
「佐伯さん・・・・貴方という人はそこまで・・・・言いますかぁああああ!?」
口から火を噴く怪獣のように、佐伯へと詰め寄る未来。
対して佐伯は。「あ、ははは・・・・」と苦笑いをしながら両掌を前に差し出し。
なんとか防衛ラインを確保しようとしている。
その様子を見ていた弥生は考えた。
(・・・・・・女性としての尊厳を損なう発言をしてしまった。
佐伯の。自業自得です。ね・・・・・)
簡単な結論が出る。
そして、弥生は遠くから様子を見続ける事に決めた。
相変わらず修羅のような表情をしている未来。
何とか落ち着かせようと、手を更に突き出している佐伯。
(・・・・・?)
そこで弥生はふと思った。
(・・・・・・意外と同じタイプではないでしょうか。
雰囲気というか、性格というかなんというか・・・・)
普段冷静に見えているだけで、実は単純思考であり。
捻くれ者ではあるものの、結局は甘く優しい未来。
今鬼の形相をしながら佐伯にガミガミと噛み付いている。
一直線で後先考えない、単純思考だけれど。
明るく周りに笑顔を振りまきながら、人一倍に人思いな佐伯。
ただし今は笑顔とは似つかない、仮の笑みで誤魔化そうとしている。
(・・・・・ある意味。同じなのかもしれませんね・・・)
くすり。と笑いながら。弥生はそう結論付けた。
「・・・・・騒がしいのね」
弥生の隣から水が跳ねる音と共に、声がする。
弥生は、急いで横を振り向いてみると。
揖宿がいた。
普段つけている純白のリボンは外されており、ツインではなく。
黒髪の長髪という、中々見ない髪形で湯船に浸かっている。
ただし殆どの髪は浮いているのだが。真っ黒に染まったその髪は。
逆光によって反射しており、まるで夜空に浮かぶ星のように綺麗だ。
「・・・・・何か用かしら?」
揖宿の一言によって、弥生は意識を取り戻す。
「・・・・いえ、綺麗だな。と思って・・・」
「そう」
その一言。その一言だけで会話は断ち切られる。
反対側ではまだ大乱闘を広げているというのに。
弥生は、風呂場が異常なほどに静かにさえ思えた。
(・・・・そういえば、揖宿さんとは喋った事は・・・。
せいぜいあるとすれば、最初の会った時の自己紹介や。
生活関連の時ぐらい・・・・ですね)
そしてその関連で。弥生は様々な事も思い出した。
「・・・・揖宿さん。貴方は。煤野木さんと何を話していたんですか?」
弥生は、揖宿の瞳を覗きながら聞く。
もちろん相手の心の中を見るために。だ。
すると揖宿は、僅かに目をこちらに合わせて言った。
「見ないほうがいい」
遅い。
直後。直後ちょくごちょくごとちょくちょくおご。
つたきかいつあわたみいといわまむみぅいおかきくほしちらひたはおほりつ
ツカシチトカシキトウドウスイシウクワコツイオホムジガグホウツホカダ
天愛土天子酷使詩天話子天負鍵天浮上馬天路子環天尾子天筋区戸尾天実等天利子
弥生は「一時的に」感情を殺される
と同時に一瞬意識が弾かれた。
抜けた魂が抜け殻に入るように、弥生の意識が戻った頃には。
「あああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
何故か頭を抑えながら叫んでいた。
いや、弥生は叫ばずにはいられない。
あまりにも。感情を「殺す」ほどの感情が。未だ心に入ってくるからだ。
(なんっ・・・・・で、ここ、。ああぁまでのがあああああ。うぁああ!?)
感受性がよく、相手の瞳を見つめては心を見てきた弥生だからこそ。
あまりにも凄まじすぎる感情をまとめて受け止めてしまった。
(・・・・これは、揖宿さんはっ。あああぁ。まさかあぁあッ!!?)
吐き出しそうな気分を押さえ付け、朦朧とする意識を整えようとする。
「はぁー・・・はぁー・・・はぁー・・・・」
弥生は頭を抑えていた手の力を抜き、その場で大きく深呼吸をした。
弥生が汗だくの額のまま、ちらりと前を見てみれば。
佐伯と未来が近くに居た。
先程の絶叫を聞きつけ、飛んでやってきたという所だろうと。
弥生は、まとまらない思考で強引に解釈する。
「弥生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
弥生。という単語を聞いた所で。弥生はすっ。と意識が遠のいて。
気絶してしまった。