code:1「日常」
「起きて下さい、佐伯ちゃん」
暗い暗い意識の中。少女を呼ぶ声が聞こえる。
「佐伯ちゃん。もう起床時間ですよ!」
大きく高い音が耳元から近距離で発せられるのが分かった。
超音波のようなそれに、佐伯と呼ばれた少女は眼を大きく見開く。
「うにゃぁあああ!!」
そして驚いた拍子に、顔を覗いていたもう一人の青年の額へと額をぶつける。
ごつん。まるで佐伯と呼ばれた少女の脳の軽さを示すような音が響いた。
「いっ・・・たい」
当てられた方の青年は、赤くなった額を右手で押さえながら屈んでいる。
しかし、当てられた方の青年の脳の重みのお陰か。
そこまで被害は大きくなかったらしい。
「な、何が・・・?」
佐伯はひりひりする自身の額を右手で抑えながら、状況を考える。
(えぇーっと、そう。あれなんだね。きっと私は・・・)
しかし元がやはり空なので考えても答えは出ないのだが。
「・・・・佐伯ちゃん。・・・よくもやりましたね」
青年は瞳に涙を浮かべながら、立ち上がる。
「い、いや、不可抗力だよ隊長」
苦笑いしながら佐伯は両手を前に突き出す。
精一杯の抵抗のポーズである。
隊長と呼ばれた青年は。
雰囲気からどこかの小隊長を予想させるような感じ。
服装は軍服であり、黒と黄色による装飾が目立つ。
しかし、軍帽だけは被っておらず。そこから黄色の髪がすらりと伸びている。
長い髪の最初には茶色のリボンが結ばれており、いわゆるポニテと呼ばれる物。
彼女の端正な顔付きから、ご憤慨の様子が伺えた。
(こ、怖いよ。今回の隊長はいつにもまして怖いよ!)
あわわわ。とあたふく佐伯の頭に稲妻が走る。
(これだ・・・!)
すぐさま実行へと移す佐伯。
「・・・・今日のおかず少し分けるから。・・・・っね?ね?」
何とかして宥めようと現時点での最良の策を使う佐伯。
それに対してとった行動とは。
「・・・・・・・」
無言で人差し指と中指を立てる隊長。
「・・・・・・・・」
黙って人差し指だけを上げる佐伯。
お互いに無言で戦う。空気のみで武器としていけるレベルだ。
緊迫とした空気の中。
「・・・・さっきの」
隊長がボソりと言った瞬間。
佐伯の中指が目にも止まらぬ速さで上がった。
それを見た隊長の眼が星のように輝きながら。
「交渉成立。ですね」
にこにこと満面の笑顔で佐伯の両手を掴み、縦に振る隊長。
佐伯は苦笑いをしながら、とりあえず隊長の機嫌が直ったことに胸を下ろす。
佐伯と呼ばれた少女は少し汚れた薄い緑の短髪に。
くりくりとした眼を持ちながらもどこか濁った雰囲気のする。
服装は赤色とピンクで彩られた夏服の学生服を着ていた。
「それにしても、毎日毎日この起床時間だけは慣れないよ・・・」
佐伯は軽く溜息を尽いてしまう。
それを見た隊長は力を軽く抜いた後に、微笑む。
「頑張りましょう」
しかし佐伯はどうにも納得できない。
「それに朝食だって食べられるから損はしてないと思いますが・・・?」
そう言われると弱い佐伯でもあった。
「うぅううーん。確かに・・・」
若干寝ぼけながら頷く佐伯。しかしある事に気づく。
(あ・・・・。そういやおかずは犠牲になっちゃったんだ・・・)
先ほどの死闘で何とか抑えた最小の犠牲。
佐伯は涙を軽く流した後に、若干寝心地の悪いベッドから起きる。
「それでは、先に行っていますね」
にこりと笑った隊長は、ドアを開けて部屋を出た。
ぱたん。そう静かな音がした後に佐伯は一人部屋に佇んでいた。
そして唐突に思いついてしまう。
(・・・・・はっ!?まさか先にご飯を食べる為!?)
にやりと笑った佐伯は「ふっふっふ」と不敵な声を出して。
「だからあんなに急いでたんだね」
佐伯は後ろで手を組み、上に伸ばして体を解す。
ふと、佐伯の視界に映る物が完全に変わった。
ジジジ。ジジジ。電撃が走るように視界にノイズがかかる。
佐伯の住んでいる部屋は、正方形の端正な部屋。
しかし、一瞬にして別の正方形の部屋へと切り替わる。
部屋の隅々が黒く塗りつぶされている、というより暗くて見えずらい。
所々に赤色がベチャリとした液体が付いており、鼻につく臭い。
しかしそんな光景も。
「遅いですよ!」
バタン!と大きくドアを壁に叩きつける音が部屋に響き。
隊長がお冠の様子で出て来た時には、いつもの部屋に戻っていた。
「あ、あはは。うん。ごめん。今行くよ」
佐伯は苦笑いしながらベッドから立ち上がる。
「もう3分も経ってるのに・・・・!」
両腕を前で組みながらジト目で見る隊長に佐伯は余計に焦る。
「もう知りません!さっきの約束事は三本に追加です!」
片頬を膨らませた隊長は、床を大きく鳴らしながら出て行く。
「ま、待ってよー!」
パタン。次にその部屋に音が響いたのは、急いでドアを閉める音だった。