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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ヨン-
49/66

code:15「覚悟」

「・・・・・・吾平さんが。行方不明となってしまいました」


眉間に(しわ)を寄せ、目を瞑り口惜しそうな表情をする外蔵。

そしてその表情と同じように。

本来ならば弥生も。悲観的で絶望的な表情をするべきなのだろう。

だが。弥生の表情に曇りや雨がなかった。

いつもと。いやそれ以上に明るい笑みを浮かべながら弥生は答える。


「はい」


その様子に。外蔵は怪訝(けげん)な顔をした後に。発した。


「・・・・・悲しくは、ないんですか?」


理解できないような外蔵の表情に。弥生は笑みを(こぼ)しながら。


「悲しいです。泣きたいくらいに悲しいです」


まるで今何となく頭に浮かんだ単語を並べて言ったような。

意味を理解しておらず。ただ文にして喋ったかのようなそれに。

外蔵は追求する。


「・・・・・なぜ、泣かないんですか?」


一呼吸。そう。一呼吸置いて弥生は答えた。


「もう、分かっていた事なので。覚悟ぐらいは出来てました」


妙に鬼気迫るというか。今まで弥生に欠けていた覇気と精気が。

弥生の表情と仕草にありありと溢れ出ている。


「・・・・・あと、外蔵さん」


その調子のまま、今度は弥生が外蔵の方を向いて。

弥生と外蔵の目が直線状で出会う。


(・・・・・・はい。分かっています)


弥生はそんな事を考えながら、声を発した。


「もう・・・・・いいですよ。その口調も。態度も」


ガチン。と前の時の弥生のように固まった外蔵。

だがそれも数秒で(ほぐ)れ、外蔵は自身のポケットへと手を突っ込み。

タバコとライターを取り出し。火をつけた。

それを口元へと突っ込んだ後に。灰色の煙と共に吐く。


「・・・・あぁ、そうか」


丁寧な口調でも優しい口調でもなく。素の喋り方。

外蔵の何者すら受け付けられるような仮面は失せてしまい。

泥にまみれた。それこそ弥生が最初に感じた。

あの感情のままの表情が(さら)け出されている。


「で、それでどうするんだ?」


外蔵は喋りながら、再び口にタバコを持って行き。

物を燃やした時特有の灰色の煙を吐き出した。

部屋の中で、有害な煙が充満し始める。

外蔵は気だるそうに立ち上がって、部屋の窓を開けた。

途端にカーテンが風に棚引きながらゆらゆらと揺れる。


「いいえ。外蔵さん達がやりたい事をやってくれていいです」


弥生は(まぶた)を閉じながら。口元を柔らかくした。

さながらその姿は。死期を迎える人が浮かべる。安寧。

その弥生を見ていた外蔵は。少し眉を釣り上げ。

返答する。


「・・・・・・何故。そこまで協力するんだ?」


外蔵はそう言って、ポケットから携帯灰皿を取り出す。

そしてそこに煙草を押し付けるようにして火を消した。


「新薬を作るのでしょう?」


弥生が目をゆっくりと開きながら答える。


「・・・・・・・・・・」


対して外蔵は答えない。

無言のまま弥生の瞳を見つめるのだが。


「・・・・・・・・ふふふ」


弥生は春のような生暖かい雰囲気を醸し出して。

答えない。


「分かっているのか?」


詰め寄るような。堅い外蔵の声色。

さながらそれは冷たい。真冬の厳しさを与えるかのようだ。

それでも、弥生は相変わらず笑顔のまま。


「はい」


とだけ答えた。

そのたった二言。たった二言なのだが。

弥生は、全ての意味を込めていた。


「・・・・・・・そうか」


外蔵も同じように。大した量ではない返事をする。

だが横から見える表情は、先ほどとは違っていた。

外蔵は椅子から立ち上がり。出入り口から出て行く。


残ったのは弥生一人。

この光景は前にも見たことがある光景だったが。

弥生は。自身の首にかけてある首飾りを(てのひら)へと乗せる。


(・・・・・お兄ちゃん)


弥生は本当は抜け出したかった。怖かった。泣きたかった。

だが。弥生はそうはしない。


(・・・・泣くのは。お兄ちゃんがいる時だけです)


半分に割れた星の首飾り。

もう片割れはどこにあるかは弥生は知らない。

ここに来る前である最初の頃は、弥生は一部の世界に甘えていたが。

様々な思想、色々な感情が入り組む世界に放り込まれ。

全てを見失ってしまった弥生。

だが。兄の吾平という存在が全てを見出してくれた。

そしてその強烈な出来事は。弥生という人格を色濃くさせる。


『救う』


吾平に打ち解ける前までは別の意味で使っていたこの言葉が。

今の弥生の全てだった。




そして吾平が行方不明になって数日が経ったある日。

真っ白な。それも本当に汚れの一つすら見つからない。

長方形の形をした、妙に綺麗過ぎる部屋に弥生が一人いた。

弥生は仰向けのまま、白い土台に固定するように拘束されている。

着ている服は水色の手術用被服で、上下セット。

そんな弥生の周りには医療器具や、何か液体の入った点滴。

はてはメスや薬品などと本当に色々なものが置いてあった。

静寂が支配していたが、ふと弥生の瞳が見開かれる。


(・・・・・頭が。まわらない・・・・うぁ?あ?)


それは焦点(しょうてん)が合っておらず、きょろきょろと意味もなく縦横に移動していた。

一通り動いた後は、ゆっくりと遅くなっていき。

真正面へとピントがあって。


(あ・・・・来る・・・・ぅううううああああああああああああああああ!)


そう弥生の意識が飛ぶと同時に。弥生の体が激しく痙攣(けいれん)し始めた。

体が空中に浮いているとしか思えないぐらいに飛び上がっている。

だが、弥生の手首足首に付けられた拘束具がそれを抑えていた。

上下に呼応するその様子は、まるで心臓のようだ。


「あぁああああああぁあああああぁあああああああああ!!!」


だらしなく開いていた口が、大きく広げられ。

半分咆哮。半分狂気を混ぜながら、部屋の中で叫ぶ弥生。

そして、弥生のいる部屋は良く見れば薄いガラスが何枚かあり。

窓越しで他の部屋から見えていた。

そんな異常な状態の弥生を窓越しで見詰める大人が数人。

いずれも白色の科学服に身を任せている。

だが。その中でも一際目立ちながら佇む外蔵がいる。

弥生の様子を見ていた外蔵は、顔を(しか)めた後に喋った。


「拒絶反応が激しい。・・・・止めろ」


重々しいが。どこか軽いその言葉に。

「はい」という返事と共に数名の大人が機械を(いじ)り始める。

機械の操作を大人が止めると、弥生の呼応もぴたりと止まった。


「薬物に含まれるこの物質が作用したのだと思われますが・・・」


一人の女性が、外蔵に数枚の紙を手渡す。

それをパラパラと軽く捲った外蔵は、弥生をもう一度見て。

少し、瞼を下ろしながら。


「・・・・ふむ。まぁ。あまり無理をさせるな。

彼女はいずれ金の元となるのだから。壊れてしまっては意味がない」


一言言って、紙の束を女性へと返した。


「・・・ですが。あちら。はもう待てないと言っているのですが」


渡された女性は、少し最後を言いづらそうに言うと。外蔵は軽く笑いながら。


「・・・・・もしも。期日を過ぎたら武力行使・・・か。

だが、こんな危険な物を奪取しに来るほど馬鹿な連中じゃあるまい。

取り扱いを知っているのは、今の所私達だけなのだからな」


外蔵は科学服のポッケからタバコの箱を取り出し。

一本だけ右手でつかみ取った後に、ライターで火をつけた。

そして口元に移動しながら、吸う。


「・・・・・今日はここまでにしておけ」


外蔵は大人達にそう言って。機械に(まみ)れていた部屋を後にした。

それに続いて数人の大人達も付いていく。


残ったのは弥生や、機械のみ。

弥生の開いた口から少し涎がただれる。


「・・・・ぁあ・・・・。あぁあ・・・・」


未だ続く激痛の後遺症。


(・・・・・口が。中々閉まらないです・・・・ね)


前までとは違った露骨な実験。弥生に対する配慮もなくなっている。

だがそれでも、弥生の眼の奥底は。死んでいない。

時間を経てようやく自由を取り戻せてきた弥生は。

少しずつ目を閉じながら。誰にも聞こえない程度に呟いた。


「・・・・・・・お兄ちゃん。私は。人を救うの・・・・」


被服から少し見えた、彼女の胸には半分に欠けた星型の首飾り。

それが弥生の原動力(いきるちから)となり、力を与えていく。

例えそれが他人にとっては絶望であっても。

弥生にとっては希望なのだから。


「・・・・・外蔵さん。大丈夫でしょうか」


合間合間にある休みで、外蔵が話に来る。

だがそれは本来弥生が心配されるべきなのだが。

弥生は、逆に外蔵が心配だった。


すると弥生の考えていた事が、何の拍子だか通じて。

手術室の出入り口のような扉から入ってくるような音が響く。

そしてそのままこつこつ。という事務的な音が(しばら)く響いた後に。

外蔵の顔が弥生の視界へと入る。

外蔵の表情は。いつも以上に堅い。

その重々しい顔つきから。何かを喋ろうとしているのも。

弥生は同時に分かった。


「・・・・・どうしましたか?」


弥生が。先に尋ねると。外蔵は弥生の固定器具を外しつつ。

弥生の瞳を見据(みす)えた後に答える。


「・・・・・・話がある」





そして話は元の場所へ。

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