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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ヨン-
48/66

code:14「吾平」

吾平。弥生の兄である吾平。

頼りになる。優しくて逞しい弥生の兄。

その吾平が目の前に居る。


「・・・・・・それでね」


吾平は軽く苦笑いしながら、話をしていた。

三週間。あの感情を()き出しにしてしまった日から。

三週間が丁度経つこの日。

今日もいつも通りに吾平はやってきていて。他愛(たわい)のない話を続ける。

たった一時間程度しか面会は許されないのだが。

それでも弥生にとってはこの一時間が何よりも楽しみだった。

ふと急に吾平が話を止める。

それに対して、呼吸補助器がいらないくらいにまで回復した弥生が。

ベッドで上半身だけ起こしたまま、聞いた。


「・・・・・・どうしたの?」


すると、吾平が答える。


「・・・・ええっと、プレゼントを持って来たから」


若干何かに照れながら、自身の座る椅子の近くに置いてある。

茶色の紙袋を手にし、吾平へと差し出す。

弥生は中へと手を突っ込み。ガサガサゴソ。と紙袋独特の高い音が響いた後に。

中身を取り出してみれば。深い蒼色の小さな四角い箱が出てきた。


(・・・・・・・プレゼント?)


弥生は疑問に思いつつ、四角い箱を二つに割る隙間から開いてみると。

弥生の視界に入ってきたのは赤い保護に守られた、星型の首飾り。

砂金のように、濃い黄色の首飾りは。本来の星型を二重にしたような物を。

真ん中を中心に二つに分けたような形をしており。

その片方だけがぽつんと残っていて。裏にある小さなリングに赤い(ひも)が結ばれている。


「・・・・・・可愛いのじゃなくて、ごめんね」


申し訳なさそうに。若干(しお)れながら言う吾平。

その吾平の様子に弥生は。くすり。と笑いながら答える。


「・・・・可愛くなくて、いいよ」


弥生にとって、可愛いか。というのはどうでもよかった。

ただ。


「・・・・・ありがとう」


プレゼントが貰えた。という事だけが弥生にとって意味がある。

その答えに。吾平は嬉しそうに微笑む。


「付けていい?」


弥生が吾平に尋ねると、吾平はこくりと頷く。

片方を手に取り、弥生自身の頭から被る様に身に着けた。

綺麗に光る首飾りは、透き通るような肌に吸い付いている。


「うん。似合う」


本当に。心の底から嬉しそうな顔をして。吾平は弥生を見つめていた。

だが。嬉しそうな顔をしながら見つめていたのだが。

吾平が突然、苦渋(くじゅう)の表情をしながら。

言葉を出す。


「・・・・・・弥生」


吐き出すように。躊躇(ためら)うかのように。噛み締めるように。

ゆっくりと一言一句を吾平は喋る。

そしてその台詞を。ついに出した。


「・・・・・・病気は、大丈夫?」


直後。

弥生の体は、人形ように、氷のように。固まった。

先ほどまで動いていた体はぴくりともしない。

ただ、顔だけは先ほどとは違い。恐怖感が目に見えて分かる。

至極(しごく)その理由は簡単。

弥生が、一人で、守ってきた。秘密を。

知られてはいけない。知ってほしくない人物に。

知られている。知られていた。から。

弥生は。動けずにいる。


「・・・・・弥生」


だが。吾平の言葉によって。弥生は現実に戻ったかのように。

体を大きく跳ねさせつつ。元に戻らせた。

そして、恐る恐る。本当に怖がりながら。聞く。


「・・・・・・・・・いつから。私の病気の事を知ってるの?」


弥生は自身の下半身を覆う純白のシーツを力強く握り締めながら。

今か今かと。兄の憎悪を向けられるのではないかと。

耐える準備をしているのだが。

その指先は。震えていた。

呼応するかのように、声すらも震え始める。


「・・・・・・いつから?」


両親殺しである弥生は、確実に吾平に憎まれるだろうと。

そのことばかりが。弥生の頭を占めた。

その質問に、吾平は変わらぬ表情で答える。


「最初から・・・・だよ」


その言葉に。弥生は。驚く。

最初から兄である吾平は。全てを知っていた。

隠す必要など最初から必要などなかったのだ。


「怒って・・・・ないの?恨んだりして・・・・ないの?」


両手でシーツを更に力強く握り締める。

恐怖感を上回る。兄に助けを求めようとする弥生の心。


(・・・・・駄目です。駄目なんです・・・・。現実を見ないと)


必死に。自分の弱さを否定しながら。堪えるが。

けれども、それら以上に。

兄に。助けを求める心が強くなっていく。

それに対して。吾平は普段とは違った雰囲気を(まと)い。

弥生を抱き寄せながら、耳元で言った。


「・・・・・・怒るわけ。なんか。ない。

例えそれが僕達の両親を死なせた。いや殺した人だとしても。

絶対に弥生の敵になんて。なる訳がない。それに。

弥生は。僕の妹で。守るべき。妹なんだから・・・・!」


久しぶりに見せた。兄の吾平の激情。

暫くの間。弥生は固まっていたのだが。

次第に安堵感と共に体が(ほぐ)されて行く。


「・・・・・うん。うん・・・・・・」


瞳を閉じながら。噛み締めるように。弥生は一言返事をする。

最初から心配する必要なんてなかった。

疑問を抱く必要なんてなかった。恐れを抱く必要なんてなかった。

弥生の兄は。いや、吾平は。優しいのだから。

たった一歩。たった一歩だけ。勇気を振り絞って。

告げる。それだけが必要だったのだ。


「・・・・・おいで。弥生」


その一言で。

弥生の瞳から。ぽろぽろと涙が出てくる。


「う、うぅ。わぁああああああああああああん!!」


そしてそのまま吾平の胸元へと顔を埋め、思い切り泣いた。


「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!!」


前回の涙は。少しの安心感だったのだが。

けれども。今の弥生は。頼れる兄に全てを打ち明けれた。

あまりにも小さい肩にあった重荷は。空気に溶けるように消える。


「私。私。ほんとうは。ほんとうはっ!」


呼吸が困難になるぐらいに、弥生は激しく泣き崩れた。


「お兄ちゃんが。お兄ちゃんが。言ったら。許してくれないかと。

思って。そしたら。どうしても。言えなくて!」


吾平の未だ着ているカッターシャツを()らしながら。

弥生は今まで胸に閉じ込めていた。辛苦(しんく)を洩らす。


「お父さんと、お母さんもいない。だって。当然だもん。

私が。殺したようなもんだから。だから。誰にも。言えなくて・・・」


途中から勢いが弱くなっていき、(すが)るように弥生は吾平へと体重をかける。


「だから・・・・だから・・・・」


弥生は、ぐじゃぐじゃになった自身の顔をゆっくりと上げながら。

吾平の顔を見つめる。


それは、悪いことをした時に。許してくれる顔。

それは、悲しくなった時に。手助けしてくれる顔。

それは、居心地が悪くなった時に。取り持ってくれる顔。

それは、拗ねたときに。笑顔で戻してくれる顔。

それは、たった一人の妹を。守る兄の顔だった。

そして吾平は。呟く。


「頑張ったね」


再び。弥生の瞳には大粒の涙が溜まる。

時間いっぱいまで、弥生は吾平の胸元で泣き続けた。

本当に。泣き続けた。

吾平が弥生の頭を髪の毛に沿うように()でながら。こう呟く。


「・・・・人は誰も悪くない。善悪なんてないんだよ。

たった一つの出来事が。全てを区別する。

もしも道を違えてしまったのなら。その時は救えばいいんだ。

それが。人の素晴らしい所だと思う」


そうやって。また無言で吾平は頭を撫で続けた。

時間の最後に。吾平は出て行きながら呟く。


「・・・・・弥生。どうか。頑張って」


それは本当に聞こえるか聞こえないか。ぐらい小さい物で。

(はかな)い物だった。




そしてその日に。吾平は行方不明となる。

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