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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ヨン-
47/66

code:13「研究」

約束した日からまた一ヶ月が経った。

病院側には転院という形で伝えられ、特に疑われる事もなかったらしい。

研究の日々は辛かった。

反応を確かめると言われて様々な薬品を注入されたりもした。

本当に隅々まで調べられた。

脈拍から心拍数。体の調子具合から拒絶反応まで。

実際には検出して、ウィルスの酵素などを調べて。

性質や性能。どのような作用をもたらすかを確かめた方が早いのかもしれない。

しかし。それだけでは分からない事もある。


人間の体を調べたり病気の本や資料の一部には。

ドイツで昔あったナチスという組織での人体実験によって占められている。

毒ガスだって効力を試すには。生身で実際にやった方が早いのだから。

実際に性質や効果を確かめるだけで分かるかもしれない。

しかし、実際の状態で、どのような反応をするかまでは分からない。

だから実際に実験するしかない。

そういった意味ではナチスは素晴らしい功績を残したのかもしれない。


尊い犠牲を支払って。得た成果。

だから。弥生は。何をされても。

弥生自身が尊い犠牲になれるのなら。

耐えれた。


注入された、薬品の一部には意識が混濁する物。

神経細胞が極度に感じやすくなるの物や。

呼吸を困難化させる物もあった。

それらの薬によって、弥生の体は完全に内側から蝕まれている。

筋肉は、ずっと寝たきりの弥生にとっては必要なくなっていた。

次第に細く。力の無い物になっていく。

更に拍車をかけるかのように。食欲もなくなっていく為。

余計に弥生の体は細身が増していく。


その弥生は真っ白のベッドに。仰向けで眠っていた。

部屋は妙に小奇麗な正方形の場所。

壁の端に置かれたベッドと、出入り口の真っ白なドア。

それと、唯一外に出れる。小さなベランダへの扉。

窓のように長方形のガラスが四枚それぞれ張られており。

どこか海外のバカンスにでもありそうな扉だった。

他にも、弥生の近くにある弥生関連の医療機器が。

電子的な機械音を鳴らしながら自己主張している。

その機械から伸びる、緑色のチューブが弥生の腕へと伸びていた。

更にもう一個の機械の方では、弥生の口元へど伸びており。

薄く半透明な呼吸補助器が口を覆っていた。


ぼんやりとしている意識。虚ろな瞳。

その瞳で、やたらと白く見える天井を見詰めながら。弥生は思う。


(・・・・・早く、時間にならないかな)


弥生の時間。とは。

弥生の兄である吾平だけに。

週に一度だけ許された、弥生の部屋への入室許可の事だ。

弥生の兄である吾平には、外蔵が上手く説明してくれたようで。

こうして、その日になったら必ず会いに来てくれる。

その時間が訪れるまで。あと数分。

崩れ落ちそうになる弥生を。支えてくれている兄。

弥生は楽しみで仕方がなかったのだが。

一方で。


(・・・・・・・ごめんなさい)


罪悪感がない。と聞かれれば。弥生には。答えれなかった。

心の中で謝りながら。けれど反面楽しみにしている。

そんな気持ちに。


(・・・・・・ごめんなさい)


謝るしか出来なかった。

すぅー。はぁー。と呼吸補助器特有の音を出しながら。

弥生は時が刻まれるのを待つ。


そうして、指定された時間になった直後に。

兄である吾平は、弥生のいる部屋にやって来た。


「弥生・・・・元気?」


少し低音の声を出しながら、ベッドへと近づいてくる。

きぃ。と少し軋むパイプ椅子を隣接させて置いて座る吾平。

相変わらず吾平の顔は、いつもと同じように笑顔だった。

だが。一つ変わった事がある。


(・・・・・また、やつれてるね・・・・)


目の下に出来た隈、疲れたような体の仕草。

精気が会う度に磨り減っている声。

両親が死んだあの日から。兄は一度も悲しそうな表情はしない。

どんな辛い仕事でも耐え、辛い環境でも文句一つ洩らさない。

だが。その体と心は。

確実な疲労を伴っていた。

なのに、どうしてそれでも笑顔なのかは。


(・・・・・・私が。いるから・・・・)


弥生が。いるから。

妹である。弥生がいるから。

兄である吾平は。(くじ)けまいと。生きている。

兄だから。妹を助けないといけないから。

どんな辛い事にも。文句を言わない。

その兄が。

もしも、両親を殺したのが。弥生だと分かったら。


(・・・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・)


謝る。ぐらいしか出来なかった。

弥生の目の前で。軽く世間話をする兄に。

とにかく。心の中で謝るしか出来なかった。


(ごめんなさい・・・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい)


弥生が心の中で謝り始めて、数分が経った頃。

ふと、吾平がある単語を言った。


「・・・・その仕事場にね。弥生みたいな子がいるんだ」


途端に。吾平が。心の底からの笑み浮かべた。

何もかもも許してくれそうな。無邪気ではないが。

嬉しそうな。楽しそうな。喜ばしそうな。

そんな笑みを。吾平が久しぶりに出してきた。

だが、続ける言葉は。


「・・・・・・本当に。弥生に似ててね・・・・」


しんみりしながら。そう言う吾平。

少し、軽く俯いていた吾平は。ふと顔を上げながら笑った。


「ごめん。なんだか寂しい話になっちゃったね。

こんな話じゃなくて、他の話にしようか」


また、作り物の。苦しい笑顔へと切り替わる。

弥生が作り出す苦痛の笑み。

弥生はそれを見ながら。心の中で。


(・・・・・私じゃなくて、その子が・・・。きっと。

私のお兄ちゃんを。きっと。幸せにしてくれる)


垣間見えた嫉妬心。けれども反面。

安心感が弥生の中に出来た。

それだけで。

弥生は苦痛を少しは耐え切れる。

嘘を付いているという。現実からも。

親殺しという。嫌な現実からも。

薬を打たれ続けて。実験されるという現実からも。

耐え切れる。


すると、何故か弥生は頬に冷たい感触を感じた。

視界が屈折したように、波を打つかのようにずれる。

その様子を見ていた、吾平は。


「・・・・・・・弥生も。弱いのに。一人で抱えなくていいんだよ」


弥生の頭を久しぶりに撫でてくれた。

それだけで。たったそれだけで。

視界は更に屈折して行き、冷たい感触はより大きくなる。


「・・・・・・ごめんね」


吾平の。その一言だけで。

弥生が抑えていた物全てが、吹き出した。

ぼろぼろ。と大量の冷水が頬を伝って流れていく。

どこからそこまでの水が出てくるのだろうというぐらいに。




流れた。


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