code:12「病気」
「・・・・・・・・?」
始め。弥生は外蔵の言った意味が分からなかった。
(・・・・・・私の、病気?)
弥生は確かに虚弱で病気に罹りやすいというのはある。
だが。これといって特別な。遺伝的な病気にも罹った覚えはないし。
恐らくないだろうと弥生は思っている。
首を傾げる弥生。
それを見た外蔵は、少し驚きながら続けた。
「・・・・・うん?その様子はもしかして聞いてない?」
「聞いていない・・・・?」
どうも。弥生と外蔵との会話が噛み合っていない。
すると外蔵は少し眉を上げながら言った。
「あぁ。そうか。そりゃショック受けるだろうし。当然か」
弥生には。外蔵の言っている意味が分からない。
少し外蔵は辛そうな顔をして。
弥生が耳を疑いたくなるような事を言った。
「君を媒体にした、新種の病気の事だよ」
瞬間。弥生は体が凍りつく。
「・・・・・病気・・・・・?」
擦れながら漏れたその言葉に。外蔵は頷きながら答える。
「非常に致死性の高い。ウィルス型のね」
外蔵は言った。「新種の病気」と。
普通ならば、病気などといわれても心当たりはない。
しかし弥生には。あった。
というよりも謎の体調不良などで入院しているのだから。
弥生には。あった。
それに。
確かにただの病気程度ならば。問題はなかったのだろう。
自分が「ガン」だとか「心臓病」だとかなら分かる。
だが。「致死性の高い」という事は。
「まぁ君の両親の死因から仮説として立てた話だから。
あまり詳しく性質やどんな病気かは分からないけれどね」
そういう事だ。
つまり意味する事は。
弥生は自分の両親を殺した。という事だ。
弥生が病気をばら撒いて。結果的に両親を死なせてしまった。
自らが。自らの愛する物。大切な物を全てぶち壊した。
そういう事だ。
(・・・・・・・・私が?・・・・・)
置物のように固まったままの弥生を放っておきながら。
外蔵は続けていく。
「恐らくは単なるウィルスが何らかの理由でもあって。
突然変異を起こしたって所だろうね」
嬉しそうに喋る外蔵に対して。弥生は。
自分の手の平を見詰める。
表面は少し白っぽく。日差しをよく浴びていないのが分かる。
その手の平に流れている血液。
ドクドク。と鼓動をするように流れていた。
弥生は。機械のようにそれを眺めながら考える。
(・・・・・この手で。お父さんとお母さんを?)
大好きだった。
いつも近くで見ててくれる。優しいお父さん。
厳しかったけれど。最終的には甘かったお母さん。
生まれた時から見守っててくれた。温かい。両親。
それを。殺した。
弥生は。両親を。この手で殺した。
つまりは。そういうことだった。
小刻みに揺れ始める手の平を見ながら。弥生は。
また現実を見てしまった。
「う。・・・・・ああ・・・・・・ああああ」
何ともいえない声だけが。口から漏れていく。
蹲りたくなる衝動に刈られ。頭を抱える弥生。
そこに。外蔵は続けて言った。
「だからこそ。助けてみたいとは思わないかい?」
優しい。それこそ砂糖のように甘い声。
悟りかけるように。宥めるかのような口調。
弥生は。ゆっくりと顔を上げた。
視界に入るのは。変わらない外蔵の表情。
だが少し。ほんの少しだが外蔵の表情は柔らかい。
「もしも弥生ちゃんが病体なのだとしたら。
当然抗体とかも出来ているから、そこから抽出なり仕組みが分かれば。
新しい薬が出来る。それは人助けだろう?」
人助け。その言葉だけが耳にこびり付く。
それは弥生にとっては。一種の救いのようにすら思えた。
(・・・・・人助け・・・・)
両親を殺した。それだけで許されるような物ではない。
だが。もしもだが。
この外蔵の言う通りに。人助けが出来るとすれば。
(・・・・・お母さん達も。少しは許してくれるでしょうか)
当然。殺したという事実は変わらない。けれど。
(・・・・・人を助ける・・・なら)
弥生に甘えが。出た。
縋るように。弥生は答える。
「・・・・・どうやったら。出来るんですか・・・?」
体を外蔵の方へ身を乗り出しながら、瞳を覗き込んだ。
少し外蔵は驚いた後。笑顔で答える。
「私の病院で詳しく調べさせてくれないか?」
その言葉の裏には。「研究するから」というのが含まれているのも。
弥生は分かった。
分かっていたのだが。
弥生は。「許して欲しかった」
だから無視した。
「はい」
迷う暇もなく。答える弥生。
その返答に。外蔵は嬉しそうにした後。付け加えるように言う。
「この事はお兄さんには言ってないけれど。もしもバレたら。
きっと大変な事になるだろうから。内緒にしておこうか」
ビクッ。と弥生の体が大きく揺れた。
弥生の兄である吾平は。両親の死因が。弥生である事を知らない。
外蔵の言うように。もしも。それが弥生である事が分かったら。
(・・・・・・・・きっと)
憎しむ。
弥生を絶対に許しはしないだろう。
例えそれがあれだけ優しくて頼りになる吾平であろうとだ。
(・・・・この事は。お兄ちゃんには言わないようにしないと)
無言のうちに。心でそう決めて。
弥生は答えた。
「お兄ちゃんには。秘密にしてて下さい」
それが。後に。あんな結果になるとは。
弥生は考えていなかった。