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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ヨン-
45/66

code:11「予兆」

「・・・・仕事。見つけたんだ」


弥生は隣に座る吾平から声を受けた。

吾平は一般の高校生というより。大学生が身に着けそうな。

最近のファッションの影響がある服装だ。

その表情には少しの疲労と、(わず)かながらに安堵感がある。


「・・・・・・・・」


だが、弥生は大した表情の変化を見せない。

ある一点を見詰めたまま。


「・・・・・そこで働いてみようと思ってるんだ」


吾平が苦笑いしてみせるが。


「・・・・・・・・うん」


気の抜けたような。それでいて本当に小さい返事しか出さない弥生。

その表情を見ながら。その返事を聞きながら。

吾平は膝に置いてある手を強く握り締める。


弥生達の両親が死んでから一ヶ月が経とうとしていた。

あの後吾平は高校を中退し、両親の代わりに働きに出ている。

もちろんそれは毎日の生活費と入院費為なのだが。

現実を受け入れた吾平に対して。


弥生は死んでいた。

目には精気はなく、人形というよりも。

生きているのだけれど。精気を感じないロボットのような。

まだ人形の方が生き生きしていると思えるほど。

弥生は死んでいた。


両親の死を受け入れようとしないという所までは。

まだ普通でいれたのだが。

だが。そこからだ。

現実は。刻一刻と時を刻みながら弥生を蝕んでいく。

もう死んだ。いない。日常が。消えた。

帰ってこない。声を聞く事はない。

そういった事実が嫌というほど頭の中に入ってくる。

現実と幻想との間に挟まれ、情緒不安定になっていくと。

心はゆっくりと。アイスが溶けていくかのように。

死んで行く。


「・・・・・・・・そろそろ時間だから。また来るね」


吾平は、笑顔の中に。哀愁(あいしゅう)を織り交ぜながら立ち上がる。


「・・・・・・・・」


それでも、弥生の返事はない。

目が吾平を追いかける事もなく。口が動くという事もない。

目の色は()せて、その瞳は光を取り戻さない。

部屋に。夕焼け色の光がカーテンから差し込み、ただ熱い風が入り込む。

その光と風を受けても尚、弥生はぴくりともしなかった。

吾平は座っていた椅子は元あった場所に直して。

弥生に背を向けて歩き出し、扉を開けた。


「・・・・・・また来るね」


吾平は呟いて。扉を閉める。

一人の人間の気配が消えた後。残るのは弥生のみとなる。

生暖かい風と、冷えた体との差が。

まるで幻覚と現実との違いのようだと。弥生は思った。

夕日の光は少しずつ上へと上がって行き。

生暖かかった風は徐々に冷えていく。

ついには光が消えて。部屋の電気が付けられた。

コンコン。とノックと共に看護婦が入ってきても。

弥生は特に反応はしない。

看護婦から食事を出されても。弥生は殆ど手をつけず。

残った食事はある程度経てば片付けられた。


そうやって一日が過ぎて行き、消灯時間となった頃。

弥生は、数少ない残った思考で考える。


(・・・・・分かってる・・・・)


感情が鈍り、心が死んで。それでも尚。考えるくらいは出来た。


(・・・・・・これが甘えている。っていう事も)


親の死を受け入れず。兄に全てを任せ。自分は何もしない。


(でも・・・・・っ)


つー。と弥生の頬に涙が流れていく。


(・・・・・何で、私達なんですか)


ほろ甘い。菓子のような。いつも通りが。

簡単に崩れてしまう。そんな出来事。


(私達が何か悪い事をしたんですか・・・・)


理由なんて物はないと弥生は知りつつも。

聞かずにはいられない。


(何で。不幸が私達に降り注いでこないといけないんですかぁああ・・・・!)


掠れるような。弥生の心の悲鳴。

ぽろぽろと弥生の涙とともに流れるのは。数々の思い出。

少し体が弱いだけの弥生。

生まれた時から両親に愛され。兄に愛され。

家族というぬくもりの中で生きてきた。

神様に誓った事もあった。両親も兄にもあったはずだ。

だが。神に祈っても。最後には。これだ。


「うぅううぅうぅぅぅぅう・・・・・・」


更に感情が高ぶっていく弥生。

これらの不幸は。まだ小さい少女である弥生には。

まだ。早かった。


そう。早かったのだ。

これだけならまだ。弥生にも救いがあった。

今は受け入れられなくても。時間が弥生を癒しただろう。

だが。更に追撃するかのように。

悪夢が襲い掛かる。

こんこん。と軽いノック音が部屋に響く。


「・・・・・・・・誰。ですか」


弥生は。(したた)り落ちる涙を擦って拭きながら。言った。

ゆっくりとその悪夢は扉から顔を出した。

弥生の視界に入ったのは。灰色の一直線に整えられた髪の男性。

白服には所々(しわ)が刻まれており、長年使われてるのが伺える。

少し濃ゆめの眉毛に。細い唇。

更に男性からは俗に言う大人の雰囲気が出ていて。

研究服のようなその服さえなければモテるだろう。

その。男性の唇が。ゆっくりと動き。


「初めまして」


男性が。声を発した時。弥生は。見た。

見た。確かに見た。

男性の瞳の奥底から垣間見えたドロドロとした。

液状にも思える粘着したドス黒い感情を。

他者をゴミ程度にしか思わず。また利用価値があれば利用し。

自分だけ上り詰めるような。悪意。

それは弥生の崩れ散った心を再構築させ。

本能的に脅威と認識させる。


「ひっ!・・・・・」


弥生は思わず。軽く悲鳴を上げてしまった。

それを見ていた男性は。苦笑いをしながら。


「これは失礼。こんなに可愛い子だとは思わず。

つい上がってしまったかな。悪気はないんだ」


口調は優しい。態度も柔らかい。

だが。弥生は。内心震えていた。


(・・・・この人・・・・。怖い。怖い・・・・怖い)


男が弥生へと近づいて来る。

それに比例するように弥生の中にある恐怖が倍増していく。

最大限にまで達しそうになった時。男性が。


「さっきまでお兄さんと話していたれど。中々良さそうな人だね」


お兄さん。という単語を発した。


「・・・・お兄ちゃんをどうするつもりですか!?」


敵意をむき出しにしながら。弥生は問い詰める。

ただし、男性は頭に疑問のマークを出しているのだが。

(しばら)く男性は考え。急に納得したように手を叩いて。

また喋った。


「あぁ。そうか。悪いね。初見の人に急に話し掛けられたら。

それは驚くだろうし、怒りもするね」


男の出した結論は。

弥生の想像とは違い、拍子抜けさせる物だった。

男は近くにある椅子を弥生のベッド隣まで持ってきて腰掛ける。

そして続けて喋っていく。


「それなら、自己紹介から行こうか。

私は外蔵。外見の通り研究員をやっている」


外蔵は若干真面目な顔をした。

先程とのギャップが激しい。

そして弥生は何故か外蔵に対する猜疑心も。

いつの間にか薄らいで来ている。

だが。心の中にある決定的な疑問は抜けない。


(・・・・さっき垣間見えたのは・・・?)


弥生は考えてみるも。そもそもが外蔵という人物自体を。

よく知らないので。ここは答える事にした。


「・・・・・・・・・・弥生です」


すると、外蔵は満足気になりながら言う。


「うん。それなら。弥生ちゃんかな?話をしようか」


気を取り直すというより、話の主題を戻すように。

嬉々としながら言った外蔵。


「話・・・・・?」


両親に対しての話は全部あの初老の人物から聞いていた。

まるで弥生には見当が付かず、ただ思った事だけが声として出る。

そんな弥生に対して。外蔵は神妙な顔付きになりながら。


「君の病気についてさ」


言った。


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