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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ヨン-
44/66

code:10「困惑」

「ゴホッ。ゴホッゴホッ!」


苦しそうに(むせ)る弥生。

弥生が寝ているベッドの隣では、木造の椅子に吾平が座っていた。

そして、頻繁に弥生の額に乗せている濡れた布を取り替えている。

弥生の瞳はとろん。と緩んでおり。どこか熱っぽい。

かなり厚い毛布を被っているのに。それすら寒いようで。

小刻みに体は震えていた。

弥生の隣で心配そうに見詰めながら佇む美代子。

大広は。吾平が布を取り替えている間に。

自身の額と、弥生の額へと手を伸ばし。熱を測った。

そして大広は少し目を細めて、額から手を離しながら言う。


「・・・・・酷い熱です。

明日。街にある病院へと連れて行きましょう。」


重々しい顔付きをして。大広は美代子の腕を掴んで部屋を出て行った。

ぱたん。と軽く扉が閉まる音が響く。


「はぁ・・・・・はぁ・・・・・」


大量の熱量を吐き出そうと。無い力を振り絞りながら呼吸する。


「弥生・・・・」


そんな弥生の様子を見ながら。吾平は悲しそうな顔をした。

最初に弥生の異変に気づいたのは。吾平だ。

ベッドを隔てて寝ている為に。朝起きてきた時に。異変を見る。

弥生が(うな)されながら。大量の汗をかいていて。

一定感覚に(せき)をしていたのだ。

大慌てで家族が集まった後。今は吾平だけが看病している。


「・・・・ごめん。僕がついていながら。気づかなくて」


濡れた布を取り替えながら。また吾平は呟く。


「・・・気にしなくていいよ・・・ゴホッゴホ!」


喋るのも辛そうに。だがそれでも喋る弥生。


「・・・・・喋らないで」


ひんやりとした布を弥生の額に乗せ、そのまま髪へと手を置く吾平。

多少撫でた所で、弥生が言った。


「・・・・・私は。昔から体質的に病弱だから・・・ね。

過度な運動じゃなければ運動も良いけど。・・・・ね。

あれ?お兄ちゃん。?あれ。うん。眠いよ」


口調が。というよりも言動が完全におかしくなっている。

呂律さえも少しおかしくなり。支離滅裂だ。

けれど、弥生はそんな状態でも。笑顔を出す。


「・・・・・寝てていいよ」


そう吾平に言われると。弥生はそのまま瞳を下ろした。

ただし咽たりするのは相変わらず止まらず。

症状がよくなったり。体調がよくなったりする事はない。

そんな状態のまま。

突然。


「大広さんッ!大広さんッ!?」


甲高い。それも裏返るくらいの声が隣の部屋から響いてきた。


「・・・・!?」


吾平は驚愕(きょうがく)の表情をした後に、すぐ立ち上がる。

そしてそのまま扉を勢い良く開けて。部屋の外へと出た。


「・・・・・お父さん?・・・・?」


ぼんやりとした意識の中。弥生は吾平が出て行った方角を見る。


「・・・・・あ・・・う・・?うえ・・・?ああ・・・・?」


すると、急に。感覚がおかしくなった。

思考という思考全てが奪われ、体が体ではないかのように。

重い。

鉛の塊を直接くくりつけられているかのように。

弥生は重量を感じていた。


(・・・・・あれ・・・・どうしたの・・・動かない・・・)


そうかろうじて思えても、実際に声に出るのは。


「・・・・・あ・・・・ど・・・・う・・・・」


言葉が言葉として成り立たず。

言語が言語として成り立たず。

言動が言動として成り立たず。

目に見える視界はぐにゃりと歪み。感覚は薄れ。

寝ているのか座っているのか立っているのかすら分からなくなる。

深い深い意識の中に潜るかのような。

水の中にいて、深海へと、ゆっくりゆっくり。

光の見える海は遠のいていき。暗さへと誘われている。


「・・・・・・・!!・・・・・・。・・・・・!」


何かが。何かと。何かに話しかけている。

そんな感じがしたが。その違和感も泡のように消えていた。


(・・・・・苦しい。・・・・・見えない・・・・感じない・・・・)


水中にいる時特有の。息苦しさを感じはするものの。

抵抗は出来ない。

泥沼のように。嵌ったら抜け出せないかのように。

そうやって。完全に。弥生の意識は刈り取られた。





次に弥生が目を覚ましたのは。

純白のベッドの上で。パジャマ姿にされた状態で寝ていた。


「・・・・え?」


弥生の疑問の声。

先程まで弥生が居たのは。自身の家だった。

だが。今現在寝ているその場所は。

長方形の部屋で。短い方の壁には窓が開いており。

開いている窓の前には白色のカーテンが、風に身を任せていた。

弥生の寝ているその場所は。いわゆる。病院の個室部屋。

しかし、そこまでは弥生にも分かった。


「・・・・何で、ここに・・・・?」


弥生は疑問に思いながら、上半身だけを起き上がらせる。

と、同時に体にある確実な違和感を感じた。

普段だと軽快に。とまではいかないものの。

普通に使えた体が。まるで他人の物かのように重い。


「・・・・何・・・これ・・・・」


ぷるぷるぷる。と小刻みに震える両手を見詰めながら。弥生は言う。

すると、唐突に誰かから声を掛けられた。


「・・・・大広夫妻の娘さんだね?」


見れば、医者特有の白服を着た。初老の人物が。

目に付けている四角い眼鏡のレンズ越しに、こちらを見詰めていた。


「は、はい・・・・」


初対面の人物に、若干物怖じしつつ。答える弥生。


「・・・・・どうか落ち着いて聞いて欲しい」


初老の人物は、近くにあるパイプの椅子を使って座る。

そしてそのまま。悲壮的な顔をしながら。

言った。


「・・・・・君のご両親は。昨夜亡くなった」


言った。

言った。

信じられない。

言った。


「・・・・え?あの・・・何を。言ってるんですか?」


最初に出るのは。あまりにも(うと)い夢のような感覚。


「・・・・・・午前零時十四分。原因不明の発作と。

それによる吐血により。・・・・・・・・・・・・・・」


初老の医者が言う言葉が。弥生の耳には途中から入らなかった。


(し、死んだ?え?え?。私。でも。昨日まで。生きてたのに?

死んだ?あんなに。喋ったり。してたのに?なんで?え?

でも。死んだなんて。うそだ。・・・・そうだ。そう。

うそだ。この人は。嘘をついてるんだ。

きっと、私を驚かす為に。嘘をついてるんだ)


あまりにも現実離れした言葉を。弥生は受け入れられない。

耳を塞ぎ。目を逸らし。理解しようとしない。


「嘘、言わないで下さい・・・・・」


弥生は俯きながら、白色のシーツを力強く握り締めた。


「・・・・お父さんが。お母さんが。何で死ぬんですか・・・・」


歯軋りするように、現実を認めたくないかのように。

シーツには。何か冷たい液体が数滴。落ちていく。

初老の医者は、途中まで弥生の肩に手を伸ばしかけたが。

急に止め。

その手をゆっくりと引いた。

そのまま初老の医者は立ち上がり、パイプ椅子を片付けた後。

弥生のいる部屋を出て行った。





残るのは。弥生だけ。

弥生。一人。だけ。

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