code:9「家族」
「弥生。また残したのね・・・・」
一人の女性が少女に向かって、右頬を膨らましつつ。
両腕を腰元に置きながら怒っていた。
弥生と呼ばれた少女は、純白の聖職服を着ているは着ているものの。
まだ体系的にも容姿的にも聖職者には程遠い。
弥生はしょぼん。と俯きながら寂しそうな顔をしている。
「美代子さん。弥生はまだ子供なのですから。
そうあまり怒らず・・・・」
美代子さん。と呼ばれた女性はシスター。と思えるような。
相応の雰囲気と。弥生とは反対である黒色の聖職服を着ていた。
弥生の髪を少し薄めたような。小麦色の短い髪が爽やかにまとまっている。
更に。肌のきめ細かやかさから。若いという印象を受けるだろう。
実際に美代子は22になったばかりだった。
そんな二人の間を、男性があせあせとしながら割り込もうとしている。
「いくら大広さんのお願いでも、主の恵みを残してしまうのは許せません」
キッ。と蛇が鼠を睨み付けるような眼光で美代子は男性を見た。
大広と呼ばれた男性は、神父らしき赤を下地に黄色の装飾がされており。
中世ヨーロッパを思い浮かべそうな服装だった。
頬近くには、軽く刻まれた皺があり。
同時に見守るような温かい瞳からは。その人物がどのような人柄なのかも分かる。
黒色の髪には、艶やかさというよりも。素朴さが伺えた。
大広は美代子の眼光に両手を挙げながら。苦笑いをしている。
「ですが・・・・。寛大な主はそれを許してくださるでしょう。
それに、しっかりとした洗礼も礼拝も行っているのですし・・・」
明らかに勢いが足りない大広に対して。
美代子が、溜息を付きながら。疲れた表情で弥生を見直した。
「・・・・・私だって可愛い娘を怒りたい訳じゃないです。
ただ、好き嫌いで残すのはどうかと思うからですよ・・・・・」
その言葉に弥生がまたしょんぼりとする。
そんな雰囲気の中に割り込んできたのは。
「母さん。後は任せて」
「・・・・・吾平」
吾平と呼ばれたのは。黒髪で特に目立つ事のない髪型の青年。
しかし髪と同様に黒い瞳は。大広と同じような温かさが感じられ。
雰囲気すら。どこか緩和的に思える。
着ているのは白いYシャツで。下は黒のズボン。
一般的な高校生が着ている服装だった。
その青年が、美代子と弥生の中間に入り込んでいる。
「・・・・・また、私だけ孤立するのね」
呆れるように言う美代子。
そうなのだ。
いつも色々と駄目な弥生に対して。
弥生を守るように手助けするのが吾平と大広なのだから。
当然叱る側の美代子は孤立しまいがちなのである。
「・・・・もう。いいですよ。二人共甘いんですから」
そっぽを向きながら、歩き出した美代子はこう続ける。
「・・・・最近大広さんも冷たいですし。
私ってそこまでぞんざいなんだなぁ・・・・」
ぼそぼそ。と言ったそれに。大広は飛び上がるように駆け出して。
美代子の後を付けつつ。彼女の周りをぐるぐる回りながら。
「み、美代子さん。そ、そんな事はないですよ・・・。
じゅぅうううぶんに貴方の事も弥生も愛していますから!」
必死に弁明を続けている大広に対して。
美代子は両目を閉じて。頬をぷい!としながら無視し続けている。
そして時折片目を半分くらい開けて。
「・・・・・どうせ、私の事なんてその程度なんですよぅー」
拗ねた発言をしてまた頬をぷい!とする。
「いやいやいや。美代子さん!話を・・・・。
話を聞いてください。え。み・・・美代子さん!?美代子さぁあああああああん!」
バタン!と扉を閉められ。拒絶された大広は。
ドアの前で一定時間立ち尽くした後。
精気の抜けた顔をしながら、地面にへ垂れ込んだ。
「父さん達。・・・・・いつも通りだね」
吾平は、若者特有のありあまるエネルギーを笑顔に変えて。
弥生に満面の笑顔を向けながら言う。
「・・・・うん。お兄ちゃん。いつもごめん・・・・」
若干顔を俯きながら、申し訳なさそうに喋る弥生。
それに対して吾平は特に邪険にする事も無く。
「いや、気にする事じゃないよ。人には出来る出来ない事もあるはずだし。
それをとやかく言っても仕方がないからね・・・」
また笑顔を見せる吾平。
弥生は。少し罪悪感がありつつも。つられて笑みを零す。
「そうそう。笑っている方がずっと楽しいよ」
すると、吾平が手を伸ばしてきて弥生の頭部へと乗せた。
そしてそのまま軽く。髪を梳くように撫でる。
「・・・・・うん」
撫でられながら。弥生は明暗のある声を出していたが。
「・・・・でも。宗教の事はまだ。分からないよ・・・・」
ふと洩らす。
少し吾平は笑みを崩した後に。無表情のまま答えた。
「・・・・うん。まだ。弥生には早過ぎるだろうしね。
まだ。知らなくて。いいよ」
まだ。と二回打ちつつ言った吾平。
弥生は特に反応せず。頭を撫でられる感覚に身を任せている。
そう。この頃はまだ日常が弥生にもあった。
弥生が住んでいたのは、日本のいわゆる過疎地で。
周りが森だったり。農村だったりとそこまで騒がしくない。
村に住んでいる常連の人が来るぐらいで。殆ど人さえ見かけない。
先程から言っている教会とは。煉瓦造りの教会。
少し煉瓦が赤みを含んでいて。それが余計に教会らしく際立て。
屋根は相対的な蒼色だった。
周りが緑色だったりするので、かなり目立っている。
正面にある扉から中に入れば、正面にステンドグラスがある広い空間。
パイプオルガンだとかそんな豪華なものはなく。
ただ長椅子と、聖書などを置く為にある木造の物しかない。
その教会の隣にあるのは。小さな一軒家
壁は白色で、屋根は教会と同じ赤色の煉瓦だった。
中は特に目立つ事ない。普通の生活用品に塗れた部屋。
就寝する為の部屋に、日本古来からある薪を使った風呂。
必要以上に求めず。最低限度の生活。
決して豊かな生活ではない。
だが。人が忘れている。そんな物が溢れていた。
それは決して見えない。大切な物。
弥生はそこで、家族四人で暮らしている。
優しい神父であり、父親である大広。
厳しいけれど。どこか温かみのある母親の美代子。
父の血を濃く引いた。頼りになる兄の吾平。
そして。弥生。
煉瓦の整備をしたり、無言でお祈りをしたり。
燃料の薪を伐りにいったり。たまに村の方へと遊びにいったり。
村人の人から食べ物を貰ったり。小さな雑談をしたり。
隣人を愛せ。その教えを実際にやっているかのような。
らしくない事さえ弥生は思った事もあったり。
楽しく笑ったり悲しくて泣いたり悪い事をして怒られたり。
下らない事で喜んだりしたりした。
日常が。あんな風に。簡単に壊れるとは。
弥生は。思っていなかった。