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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ヨン-
42/66

code:8「夜中」

煤野木がここにやってきてから一週間が過ぎた。

特に煤野木は、佐伯と隊長と弥生と仲が良く。

揖宿とは少し喋ったりはしていてはいるものの、仲はそれほでもない。

曽根崎に関しては、あまり関与していない。

そもそも曽根崎自身が一切喋らない。という事もあってだ。

未来とは何か。決定的な差。というか亀裂というか。

そういう物があるのか。仲が良いように見えて普通の状況。

煤野木は毎日、基地の日課である生活関連の事を手伝っていた。

隊長は娯楽をちょこちょこ入れながら息抜きをしていて。

他の面子も嫌々ながらも結局参加するという毎日。

そんな日常が日常として機能していたある日。


(眠れないですね・・・・・)


弥生は自分のベッドで横になりながらそう思う。

時計が指すのは、真夜中だった。

そのままちらりと横を見てみれば、ベッドの近くにある椅子に。

未来が腕を組み、頭を下げながら寝ていた。

いつでも弥生の容態が急変した時の為に。備えているからだ。


(・・・・・)


黙りながら、弥生は涙が出そうになる。


(私は・・・・なんて幸せな人なのでしょう・・・・)


弥生は特別な人間ではない。

歴史的に名を残すような事なんて事はないだろうし。

素晴らしい人間性である訳でもない。

ただ、虚弱。というだけの人間だ。

それなのに。

ここまで優しくしてくれるというのが。弥生は嬉しかった。


(主に感謝しなければ・・・)


横になりながら、右手で十字を空で描く弥生。

そして。そのまま体を起き上がらせた。

くぅー。くぅー。と可愛らしい未来の寝息が聞こえる。

ゆっくりと。未来が起きないように静かに。

毛布を取り払いつつ、ベッドから足を出した。

そのまま立ち上がり、弥生は壁に手を置きながら歩き出す。

壁伝いで、部屋の隅にある車椅子へとたどり着いた。


「ふふ・・・」


ふと軽く笑みを浮かべる弥生。

縛り付ける物であるそれは、同時に弥生の人生の相棒。

頼りたい時には頼れる。

無言のまま何も聞かず。何も答えないそれは。

今の弥生にとっては救いに見えた。

冷たいパイプのようなそれを掴み、座る。

くぅー。くぅー。と相変わらず寝息が部屋には響いていた。

そんな音の中に。くきぃ。と金属が少し擦れるような音が混ざる。

ゆっくりと車椅子のタイヤを手回しで漕ぎ、移動。

途中の机の上にある、箱を一箱取りつつ扉へと向かう。


「行って来ます・・・・」


こそこそと小さな声で、未来に挨拶をした。




暗い廊下は、一定感覚である灯によって照らされている。

そんな中を平然と進む弥生。

ただし、後ろから暗がりに紛れている影には気づかず。

そのまま廊下を過ぎ去り、昇降機を通じて外へ出た弥生。

半月が、壊れた都市をぼやけながら照らしていた。

世界が完全なる静寂に満ちる夜。

同時に世界を冷たく、終わりへと差し向ける。

弥生は出入り口付近に置いてある備品セットを探し。

その中にある複数の内の一つだけ、懐中電灯を拾い上げて。

スイッチを押した上で、手すりの横に固定する為の場所へと取り付ける。

すると、主に前方の視界が明るくなった。

照らしている先で、白い靄みたいな物が飛んでいるのに弥生は気づく。


(・・・・恐らく、崩壊時後の土煙が光を遮って?)


滅亡した後に建物が改めて崩壊するのは珍しくない。

逆を言えば崩壊に巻き込まれる可能性も、ある。


「・・・・・主よ。私を見守っていて下さい」


そう意気込みながら、弥生は再び車椅子を動かし始めた。

砂利道や、泥状の道を黒色の車輪で踏みしめていきながら。

遅いけれども、確実に目的の場所へと向かっていた。

向かっている場所は、弥生のお気に入りの場所だ。

崩壊ビルや跡地などを抜けた先に見える。一種の花畑。

基地からそう遠くない上に、何故かそこだけ運よく花が密集している。

円を描くように咲く花々は月明かりに照らされて光っているように見えた。

だが。弥生の見慣れたはずのその場所はいつもと違っている。

一つの影が、月を見詰めながら佇んでいるのが加わっているからだ。

弥生はゆっくりと近づきながら、眼を凝らして見て見ると。

影の姿は、煤野木だった。


(・・・・・何故、煤野木さんがここに・・・・?)


弥生の疑問を感じながら更に覗こうと、体を前へと傾ける。

すると、急に車椅子が前へと進んで。

ガボッ!と溝に(はま)った音が響いてしまった。

驚いたように、後ろを振り向く煤野木。

引きつった顔の弥生と驚嘆を示す顔の煤野木が、向き合う。


「あ・・・・はは・・・・」


何とか笑ってごまかそうとする弥生に。

煤野木は驚いた顔から、軽く柔らかい笑みへと変えた。


「・・・車輪が嵌ったみたいだな」


そう言いながら。車輪が溝に嵌った弥生に対して。

弥生の後ろへと回り、車輪を溝から引っ張り出す煤野木。


「ありがとうございます・・・・」


お礼を言いながら、煤野木の顔を覗いた弥生は。気づいた。

瞳を見透かした先には絶対の。「煤野木」がいる。



「友愛」「純粋」「希望」



明るい物。というか人が、最初に必ず持っている物が。

煤野木の心の中に。あったのを弥生は実感する。と同時に。


(・・・・・彼は。彼は。あれが。本当の彼なのでは?

な、何故そこまで素晴らしい彼が。あそこまで汚れる事が出来るんですか・・・!?)


綺麗過ぎた。煤野木が。どうしてあそこまで絶望。したのか。

それに、弥生はとてつもない感情が湧き出てくるのを感じる。


「あ・・・ああ・・・・・・あああ」


それは、弥生の知っていた物だ。

いや、正確に言うなら。今も知っている。

今を形作る弥生は、それらによって作られたからだ。


「・・・・どうした?」


全てを期待していた煤野木から、全てを折られた煤野木へと変わる。

ごくり。と生唾を飲みながら。弥生は決心した。


(・・・・・・彼に。伝えなければ。私の全てを・・・。

そうじゃなければ、彼は。・・・・・・いずれ。戻れなくなる)


一週間前まで赤の他人だった人物に教えるのは。どうかしていると弥生も思う。

だが。そこまでして煤野木という人物を。

弥生は救いたくなった。

例え横暴だとしても、意味が分からない。だろうとしても。


「・・・・すいません。あそこの花畑まで押してくれませんか?」


指で指し示す弥生に。煤野木は先を見る。

視線の先には、先程まで煤野木がいた花畑があった。


「・・・・・花畑が好きなのか」

「・・・・はい。それと、お気に入りの場所なので」


少し弥生の返答に。煤野木は驚いたように呟く。


「お気に入りの場所・・・か。・・・・似ているんだな」


そう言いながら車椅子を押す煤野木に対して。

弥生は、疑問すらもてないほど考え事をしている。


(・・・・・全てを)


左右に着いている置き場を、強く握り締める弥生。


「よし、着いたぞ」


幻想的な。その世界の中。風によって花畑が少し散る。

下には、車椅子の車輪によって踏み潰された花もあった。

そんな花を俯きながら見ていた弥生は。喋る。


「・・・・・煤野木さん。私の。過去を聞いてくれませんか?」

「・・・・・・・・」


無言のまま。押し黙った煤野木。

続けて弥生は喋っていく。


「・・・・・あれは・・・・」





月光を浴びながら揺れている花達。

そこにいる二人の青年と少女。

その光景は。青年にとっては見覚えのある光景だった。

だが。一つ違うのは。

闇に紛れた影が。近くで二人の話を聞いていた。

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