code:3「初見」
扉の影から姿を現したのは。学生服を着た青年。
(・・・・高校生。身長は揖宿さんぐらいでしょうか?
それに、凄く何か、彼から感じるのは。安堵感・・・・・・?)
それが弥生の第一印象だった。
端から見れば高校生くらいの好青年を見た未来は。
「・・・・・煤野木・・・・」
呼びなれているように。止まっていた口から言葉が漏れた。
続けて未来が喋り繋いでいく。
「・・・・・・何故、貴方がここにいるのですか?」
未来は、詮索するように煤野木を問い詰めるが。
「・・・・・待て。何で俺の名前を知っている?」
未来と同様に動揺している煤野木。
お互いがお互いを見詰めた状態のまま静止していると。
ぽつり。ぽつり。と肌に小さな水が乗ってきた。
「未来さん・・・。その。雨降って来てますよ・・・・?」
もじもじと。躊躇いながら弥生が言っている内に。
更に雨の勢いが増してくる。
明るかった教会内は次第に暗くなっていき。
日差しは閉ざされていった。
ただでさえ虚弱の弥生が濡れてしまったら。
あっという間に熱を出してしまうのは明らかだろう。
「・・・・・・近くに。建物があるんで。そこで雨宿りしましょう」
凄く疲れたような顔をしながら、未来は再び車椅子を掴んだ。
そして弥生の前へと差し出し、弥生がゆっくりと乗る。
少しずつ強くなってくる雨。未来は力強く車椅子を押した。
「・・・・・・・貴方も。着いて来て下さい」
出入り口付近で青年とすれ違う様、未来が呟く。
それは雨で消えてしまいそうな、小さくとても弱い声だった。
今回の移動する速度は通常よりも速い。
雨が降っている為。急いでいる為。という理由もあったのだろうが。
(・・・・・あの青年さんに何かあるのでしょうか・・・?)
弥生としてはそっちの方が気になってしまった。
しかし弥生が後ろを向いて未来の顔を見るのも気が引ける。
地面はただでさえ地盤がしっかりしていない為。
踏めば後が残りそうなくらいに柔らかくなっているのが見える。
現に押している未来も少し辛そうだ。
車輪が地面に減り込んだりするので、通常よりも負担が大きい。
しかし苦労した甲斐があり、何とか雨を防げる適当な建物へと入れた。
一階部分だけが入る事が出来る。まるで空洞のような場所。
四角い場所に。ところどころに瓦礫が落ちていたり。
崩れている部分があったりするが。屋根に穴は開いていない。
「・・・・・凄い降りっぷりだな」
一緒について来た青年が、外を見ながら言った。
ざぁざぁ。と雨が地面を打つ音が建物内に響く。
「まさか雨が降ってくるとは思いませんでした・・・・。
これなら傘でも持ってくれば、良かったですね・・・・」
弥生はびしょびしょに濡れている服を掴み、軽く絞る。
すると、未来が青年の方へ顔を向けながら言った。
「・・・・・・そんな事より。貴方ですよ。貴方。
何でここに居るんで・・・・・・」
不意に。未来の途中まで続いていた言葉が途切れる。
彼女はどこか煤野木の肩付近を見ていながら、目を丸くしていた。
そして、その表情は少しずつ険しくなり。
「・・・・・・β。貴方ですか・・・・・・・」
未来が聞き慣れない単語を発した。
その言葉に対して青年が過剰に反応する。
「な、見えてるのか・・・βが・・・!?」
しかし、一方では頭を傾げている弥生の姿もあった。
(べーた?英語か何かでしょうか?)
弥生にはそんな単語を聞いた覚えもないし、初めて聞く。
「まぁ・・・・そういう事だったら。仕方が無いですが・・・・」
青年の質問を無視して、未来は勝手に完結する。
そして未来は近くにあった丁度いい瓦礫の上へと座った。
青年は、溜息を尽きながら。
これ以上勘ぐる事が出来ないと判断したらしく。
外で降る雨を見詰め始めた。
(・・・・後ろから見える彼の姿は大きいですが・・・。
なんだか、物凄く悲しそうですね・・・・)
そんな青年の様子を見ながら、弥生は心の底からそう思う。
皺くちゃに伸びた半袖のシャツに。どこか荒くなった黒色のズボン。
先程顔を合わせた時に見えた。彼の瞳。
(・・・・・あれは。自分自身に一切の自信がなかった・・・・)
どこか違う場所を見ていて、それは決して自分を見る事がない。
見ても。絶対に一人称から逃れる事が出来ない。
自分自身を本当に自分でしか見ない。
第三者の視点などを決して考えず、自分は駄目だ。などと言う。
(・・・・神に仕える身なのですから。何か出来る事はないでしょうか)
ふと、弥生にはそんな感情が沸き上がる。
この心情もまた。弥生という人物を示していた。
「すいません・・・・」
弥生は自分の乗る車椅子を手回しで移動させて、青年に話しかける。
「・・・・・何だ?」
青年は相変わらず連鎖的に落ちる水の大群を見詰めていた時と。
対して変わらない表情で、弥生の方を向いた。
「・・・・・何か。お困りだったら。言って貰えませんか?」
単刀直入に弥生は言ったが。
当然弥生自身も直に言って貰えるとは思ってもいない。
あくまで、心の負担を軽くするためであって。
最後の心の拠り所として作っておくつもりだったのだが。
「・・・・・カミカゼだ」
青年が答える。
弥生は、答えた事にかなり驚いた後に。
すぐにそれは微笑みへと変わる。
「・・・そうですか。貴方は悩んでいるんですね」
優しく。ゆっくりと悟りかけるような口調。
だが青年は特に表情を変えずに。淡々と告げる。
「いや、違う。・・・・正確に言うならカミカゼでは悩んではいない。
・・・・・理解出来ない事が一つある。それだけだ」
冷たい返事。感情を一切込めないように思えさえする。
だが。後半部分では。少し感情が籠もっていた。
(・・・・・まるで。未来さんみたいに不器用な人ですね・・・)
なんとなく。弥生はそう感じた。
だから弥生は少し迷っていた感情を振り払い。答える事にする。
「弥生です」
「ん?」
青年は、まさか弥生が返事するとは思わなかったらしく。
拍子抜けしたような声が出ていた。
「私は弥生って呼ばれています。で、あの人は未来さん」
最初は自分に指を指し、次に座っている未来へと指す。
「あのですね・・・。人に指を指さないで下さい。
常識なんですから。いや、常識ですから。止めてくださいよ」
未来がジト目をしながら、弥生の方を見詰めてきた。
「え。いや・・・その・・・・すいません」
反射的に謝ってしまう弥生。
それを見ていた青年が。少し笑った。
笑いながら、弥生へと手を差し出してくる。
「俺は煤野木だ。よろしく」
先程とは打って変わったような豹変振りに。弥生は。
軽く戸惑いはしたものの。満面の笑みで。煤野木の出した手を掴んだ。
雨は。もう止んでいた。