Last.code:1「交渉」
揖宿は、ハープを持ちながら基地へと戻った。
そして基地内で適当に歩いていると、ふと煤野木と出会う。
途端に。両方の足踏みが止まった。
少し沈黙が空間を支配したが。
「・・・・何も告げないで出て行ってしまって。謝るわ」
揖宿はその場で直ぐに謝る事により、緩和的になる。
すると、煤野木は返事にこう言った。
「ここで話すのもなんだ。俺の部屋に行こう」
煤野木は反転し、長い廊下を歩き出す。
煤野木のどこか悲しげな背中を見詰めながら。
(・・・・・覚悟の雰囲気がする)
直感的に揖宿はそう思った。
この前の。誰が犠牲になったかは忘れてしまった戦いの後。
彼は犠牲になった人物の。全てを受け止めていた。
だが。
(・・・・その覚悟は。私は絶対に認める訳にはいかない)
揖宿はそう思いながら。煤野木の後を追うようにして歩く。
かつかつ。かつ。両方の靴が地面を蹴る音が廊下に響いている。
様々な部屋や曲がり角。倉庫と思わしき場所まで。
色々な物が途中で見えながら。ようやく煤野木の部屋の前へと辿り着いた。
「・・・・・ここだ」
分かりきっているのに。改めて煤野木は口に出す。
扉は至って普通で。市役所辺りにでも見そうな印象を受ける。
煤野木は、銀色にながらもどこか傷がついたりしているドアノブを回し。
何時も通り。といってもそれは煤野木からしてであって。
揖宿がここに入ったのは初めてだった。
その部屋は。殺風景。第一印象がそれだ。
ベッド以外殆ど目ぼしい物がない。
白色の壁紙。白色のベッド。白色のシーツ。白色の....
部屋は閑散としており、妙に小奇麗で。だが。どこか汚れている。
確かに。衣装をかけるためのクローゼットはあるはあるものの。
それも白色で。まるで新品のようだ。
(・・・・・彼は。本当に・・・)
揖宿は。確信した。
煤野木はベッドに近づき、座り込む。
揖宿は近くにあった折りたたみのパイプ椅子を使い、そこに座る。
ぎしり。という椅子が軋む音が響く。
恐らくは誰かが使った後、そのまま置いておいたのだろう。
(・・・・誰。なのかはもう覚えていないですが・・・)
揖宿以外の誰かが。ここに座り。
煤野木と楽しく語り合ったり、共に悲しみを分かち合ったり。
様々な。思い出や記憶が合ったのだろうが。
全て消えた。
(・・・・いえ。消えたというのは語弊ね。
彼以外は全て消えた・・・が正しいのかしら?)
揖宿がそんなどうでもいいような事を考えていると。
煤野木が急に喋った。
「・・・・揖宿さん。単刀直入に言っていいか?」
真剣。だがどこか間の抜けたというか。気の抜けた。というか。
少し声が籠もっていない。
それに対して揖宿は芯の籠もった返事をする。
「カミカゼ。なのでしょう?」
こくり。と煤野木が返事をする。
そして彼は続けて喋っていった。その全ての覚悟を。
「・・・・・俺が先に使わせて貰えないか?」
煤野木の瞳にはしっかりとした覚悟。
覚悟としては申し分なかった。が。
(・・・・彼は理解出来ていない)
揖宿としては残念で仕方が無かった。
「分かりました。ですが。決して無駄にはしないで下さい」
揖宿が適当に返事をすると。
「ほ、本当なのか!?」
信じられない。というように立ち上がって声を荒げる煤野木。
その眼には。一つの希望。
だが。
(・・・・・それは。希望ではない。絶望なのだと。理解出来ていない)
揖宿には見えていた。
「私は二度。同じ事は言わない」
話を切り上げて、パイプ椅子から立ち上がる揖宿。
またその時に。メキィイイ。と軋む音。
「・・・・そうか。悪い」
煤野木は力が抜けたように、ベッドへ座り込む。
揖宿はそのままパイプ椅子を折りたたみ、元あった場所へと戻した。
そして、部屋の出口へと歩き。ドアノブに手をかける。
「・・・・・・・・」
ぼそぼそ。と。壁に向かって揖宿は喋った。
だが。それはあまりにも小さすぎる声だった為。煤野木へと届かない。
ドアノブを捻り、揖宿は煤野木の部屋を後にした。
そしてまた同じような廊下。
(・・・・まるで迷宮のように彼らを迷わせる)
ゆっくりと歩き出す揖宿。
その足取りは軽くなく。いや、逆に重すぎる。
彼女も又。全てを抱えていた。