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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ゴオ-
30/66

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揖宿は煤野木と別れた後。すぐ外へ出て行った。

そして、今は高いビルの頂上にいる。

周りは平坦的だが。どこか歪みやヒビが入っていた。

一階部分が崩壊しており、実質的には上る手段などないのだが。

彼女は足だけを空中に出すように。端で座りながら。

そこにいた。


目に見える世界は破壊されたビルや建物。

大きく減り込んだ物や綺麗に消されてしまった物。

公害物質や生物がほぼ壊滅的に全滅したお陰で

見える海はどれも濁っており、また都市部の一部は陥没している。

その様子が全て見えた。

月が雲に隠れる事は無く。また雲も遮ろうとしていない。

風は穏やかに吹き、どこか温かい。


そして。揖宿はふと隣に置いてある物を右手で掴む。

一般的にハープと呼ばれるものだった。

アルファベットのユー字型に。糸をそれぞれ直線で繋げ合わせて。

これらの糸を指で弾いたり、(なび)かせたりする事により空気振動を起こし。

音を(かな)でる西洋楽器の一つ。

彼女はゆっくりとした動作で。手や呼吸。殆どを合わせる。

途端に先程までは少しはあった風の音が。

急に止み、辺りは静けさを増した。

まるで彼女が、弾くのを待っているかのように。


直後。


心が透き通るような。いや、(けが)れを取るような。

音色とも言えない。それすらも無視した。心に直接響く音。

それらは連続的に。単調的にと。様々なリズムを伴って空気に伝わる。

揺れる。揺れる。大気が震えて。空は穏やかに。

ありとあらゆる物が。彼女の演奏に呼応しているかのようだ。

彼女はそれら全てを見詰めながら。

より一層。更に上手く。(こも)っていく。


(・・・・・・・・)


無言のままハープを引き続ける。

そんな彼女の脳裏に浮かぶのは。懐かしい思い出。

伝え。残し。忘れない為の。全てを受け取った物。

人。人の一人。恐らく歴史的にも残るべきはずだったが。

消され。特に何もなかったかのように。

世界に受け入れられた人物達。


そう。最初はハープの持ち主からだった。

懐かしい声。懐かしい口調。だが。どこかノイズがかかる。


『・・・そう・・・・あれだ・・・・おま・・・あぁ。・・・・受け取って・・・れ』


演奏する速度が。鼓動が。落ち着いていく。

冷酷的に。冷淡的に冷静に。どこまでも彼女はそうだった。


『いや・・・私・・・・弾けな・・・・そうだ・・・・そうしてく・・・・』


指先は柔らかく。音色は同調して。

いつでも情に溢れており。信望に足る存在。


『・・・・・死ぬ・・・・か・・・・お前が・・・・使っ・・・・嬉しい・・・』


けれど、音に込める心は激しく。薄くはない。

そうやって揖宿は受け取った。彼女の何もかもを。


『・・・・まぁ・・・・・そんな・・・・するな・・・・・・』


音を作る糸は小刻(こきざ)みに揺れ。新しく作っていく。

走馬灯のように全てが流れて行き。そして紡がれていった。


そして。揖宿はまた思い出す。

別の記憶。覚悟や意志。全てを笑顔で許す存在。

どんな状況であろうとめげず。また挫けない。

凄まじい程の友愛に満ちた彼女。

これもまた。伝えていかなければならない。


『・・・・はい。たぶ・・・・今日・・・・私は・・・・』


場所は入れ替わり。彼女の口から唐突に告げられた。

優しかった音色は唐突に冷え。切れ味を増す。


『・・・・そうだ・・・・こんな・・・・話よ・・・も・・・言いた・・・・が』


指先は力強く。糸は大振りに。

世界が彼女自身を。拒み始めた結果。


『・・・・はい!・・・・・です・・・・えぇ!?・・・・似合・・・すよ・・・』


だが。その鋭利な音は。決して振るう為ではない。

震わせない為だ。

ありすぎて、大きすぎる物はいずれは害を生み出す。


『・・・・・・私には・・・・神・・・・・いますか・・・・・はい・・・・』


そして。更に音色は(つや)やかに。打ち込むように。

風とともに流れていく。

共に流れていくのは当時の感情。当時の意思。


揖宿は。いつまでも弾いていた。

何分。何時間。何日間と演奏は続いて。

ここから見える星々が流れるように変わっていき。

月もまた。薄らいでいく。

日の光が揖宿の体を照らしても尚。彼女は引き続けた。

熱いのも。寒いのも忘れて。

何度も何度も何度も同じく続いていく。

朝昼夜朝昼夜朝昼夜。

いつまでも彼女は弾いていた。

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