code:2「道筋」
午前だけの補習は、それほど長くはなかった。
そのお陰からか煤野木は学校近くの自販機でジュースを買い、飲むことが出来る。
「美味い」
煤野木の純粋な気持ちだった。
無駄に暑苦しかった補習は終了し、ようやく自由の身を手に入れた。
そこから冷えたジュース。
誰であろうと、美味い。と言えただろう。
同様に。後ろで同じ賛美。
「美味しい!」
空中にふらりと浮いている缶から、何故か声がする。
何故、空中に浮いているのだろうか?と普通の人は考える。
超常現象?異能力乱闘?そういう考えに至る人物もいるだろう。
しかし結論としてはどれにも当てはまらない。
煤野木以外の視点では見えない。だけである。
煤野木本人の眼には、小さな少女がいた。
その姿は、まるで妖精とも捉えられるだろう。
しかし身体は至ってところどころに小型の機械を取り付けており、それが違うことが分かる。
衣服は現代の服とは大いに違い、SF物を想像させそうな物だった。
髪は綺麗な水の色をしており、さらりと空中で風に流されている。
機械は、柔らかそうな肌に癒着するように着いていた。
「・・・・そんなに飲んで大丈夫なのか?」
煤野木が苦笑いしていると、少女は少し頬を膨らませて怒る。
「馬鹿にしないで下さい。私はこれでも近未来型生体ロボなのですよ!?」
ふわふわと浮いている上に、小柄の身体なのだから。
まず信じられる訳がない。
こんな小さな物が未来のロボットなどと。
「はは。まぁそう言うなβ。長い付き合いだろ」
煤野木が笑うと、余計にβの頬が膨れていく。
煤野木とβは実際に長い付き合いだった。
βと煤野木が出会ったのは5年前の本格的な夏場。
当時の煤野木はβと出会った時はかなり疑ったりしていたりしたが。
今では特に気兼ねなく話す事が出来ている。
(そういや、βが他の人に見えなかったのも。当時驚いたもんな)
ふとジュースを飲みながら過去を思い出す煤野木。
そうなのだ。
βは他の人物には一切見えない。
理由は分からない上に。β本人から聞き出そうにも、本人もあまり乗り気ではない。
なので煤野木は深く追求していないのだが。
(まぁ、βがどんな奴かは別に気にする事じゃないからな)
適当にジュースを飲むのを止め、煤野木はβに話しかける。
「家に帰りながら飲むか」
意識が他に行っていたのだろうか、βはビクッと体を震わせた後に。
「あ、はい」
少し抜けた返事をして、自販機の前を離れる煤野木の後を追う。
異常に熱くなっているアスファルトを蹴り歩きながら。煤野木は気づいた。
(・・・・β。あれ、凄く遅いな・・・)
「んしょ・・・んしょ・・・・」
どこか昔の漫画辺りにでも出て来そうな顔をしながら。
必死に缶を持ち歩こうとしていた。
元々暑い天候の上に、身体の数倍はある物を持っているのだから。
当然といえば当然なのである。
それを見た煤野木は溜息を尽いた後に、βから缶を取り上げる。
「あっ」
何か大事なものを取られたかのような、子供の顔をするβ。
「あっ。じゃない。・・・・最初から持たずに"手伝ってください"と言えばいい」
一瞬煤野木はこつん。と叩こうかなと思ったがやめた。
(・・・・こつん。は確実にボディーブロー以上の威力になるだろうからな)
軽く。でも小柄なβでは簡単にノックアウトしてしまうだろう。
蒸し暑い路地を、ぐびぐびと喉仏を鳴らしながらジュースを一気飲みする煤野木。
「ふぅ、美味い」
煤野木が飲み終える頃には思わず息が出る程だった。
「煤野木はよくもそんなに飲めますよね・・・。あ、ちょっと貰えます?」
ジュースを持つという重荷から外れたからか、意気揚々と飛ぶβ。
それを見ながら煤野木は。
(・・・・・何度見ても思うが、羽や機械なしで人が飛んでる姿って。
シュールすぎて何も言えないな)
若干じろじろとβを見た後に、持っているもう片方のジュースを渡す。
「ほら」
受け取ったβは嬉しそうにしながら煤野木からジュースを受け取った。
ちょびちょび口を付けながら飲むβに、煤野木は先ほどの疑問に答える。
「体格差があるだろう」
煤野木の話を聞きながら、βは煤野木へと缶を返した。
「ありがとう」
βは聞こえるか聞こえない程度に言い、少し両手を組みながら煤野木に顔を合わせない。
「・・・・何故照れる?そして別に気にしてない」
煤野木は思い切り溜息を尽いて、またジュースを飲む。
そして空を見上げてみれば、澄んだ青空。
ふと、煤野木は前々から思っていた事を口に出す。
「なぁ、生きている事に何の意味があるんだろうな?」
「え?」
βはふわりと空中で静止しながら煤野木を見る。
「いや、βがロボットっていうならこういう答えが分かるか・・・なんてふと思っただけだ。
気にしなくて良い。いつものように流してくれ」
無理に笑って煤野木はごまかそうとしたが、βは返事をしない。
その顔はうつ伏せており、どことなく暗い。
「β・・・・?」
いつもの軽口がない分、何となく煤野木は嫌な予感がした。
(やばいな・・・・もしかして何か地雷でも踏んだか?)
煤野木は少し模索してみるが、元々βの事をよく分かっていない為。
考えても無駄なのだが。
だが、そんな嫌な予感とは裏腹に。βは笑顔で顔を上げた。
「・・・・煤野木。未来に答えはあるよ」
「未来?」
聞きなれない単語に煤野木は少し戸惑う。
(未来・・・?あぁ、そういえばβは未来からやって来たんだったな)
丁度煤野木の猜疑心が無くなり始め、βとの関係が柔らかくなってきた頃。
煤野木はβ自身から素性を聞いた事がある。
その時一緒に聞いたはずだ。
「私は一応一人ぐらいなら未来に連れて行ける機能があるんです」
嬉しそうに話すβに、煤野木は朗らかに笑いながら。
「そんな便利な機能があったのか」
興味半分で返事をした。
すると、βは続けざまに喋る。
「今すぐ行けるけど、行って見る?」
「今すぐ・・・か」
持っているジュースをまた飲もうとすると、もう既に空になっている。
そして煤野木は軽く笑った後に。
「行ってみるか」