code:9「悲壮」
咽るような血の匂い。
部屋にこびり付いた血肉と、鮮血。床には大量の死体があった。
各々がどこかしら致命傷の傷を負っており。
避けられようの無い死を迎えたことを証明している。
しかし、奇妙な事に争ったような形跡は一つもない。
もそもそと蠢く一つの人影。
それは隊長だった。
奇妙な空間にしゃがんでいた隊長が立ち上がる。
隊長はぶつぶつと死体達に呟いた。
「・・・・私は隊長だから・・・・」
動かない物に対して、感情を向けているのか。
それとも、自分自身に言い聞かせているのか。
「ごめんなさい・・・」
(・・・・ごめんなさい。ごめんなさい・・・。仕方がない訳がないんです・・・)
一言。だが、心の中で何度も謝罪して、自身の持つ拳銃の銃口を。
自分自身の肩に密着した状態で当てた後に。
(これから、私は罪を受け入れます・・・)
その引き金を躊躇いも無く引いた。
反動で右腕が吹き飛びそうになるが、影は抑える。
背中側では、赤い色の血色の良い血が後ろに飛び散った。
「静香。じゃないんです・・・・隊長なんです・・・」
隊長は誰にも聞こえないぐらいの声で。
作業をするように持つ銃を死体の一つに持たせる。
彼は。隊長とは直接的な知り合いではない。
だが、彼自身も、非常な運命をわたってきた一人だった。
彼だけではない。ここにいるカミカゼを使うはずだった人間は。
全て。例外なく。
(・・・・私は償えないです。だから、貴方達は私を絶対に許さないで下さい。
私の事を。絶対に許さないで。私は。最低だから・・・・)
頬を伝っていく冷たい水が。ぽとりぽとりと、死体にかかった。
けれどいつまでもここにいては怪しまれる。
そして、隊長は死体塗れの部屋を後にした。
タンタンタン。と一定のリズムを刻みながら廊下を歩く。
怪我した方の肩を壁に擦り付けつつだ。
(・・・・・・うぅうぅううぅうう)
当然傷口が開くので、血がべったりと筆で塗りつけるように残る。
(ごめんなさい。ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・)
朦朧とした意識の中、それでも尚少しでも歩ければ歩いた。
(私は隊長・・・。隊長だから。私はこの任務を成し遂げる)
その行為に意味はなさそうなのだが。
血を、怪我をしているという事が重要なのだから。
(これだけ。血がついていたら、もう大丈夫ですよね・・・・)
「・・・・もう無理」
ペタン。と倒れた隊長は。そのまま体重を壁に掛ける。
壁はひんやりとしており、隊長の心を映しているかのようだ。
「・・・・・まだ、まだ終わってない」
機械的に告げる隊長は、端から見れば不気味だ。
(・・・・そう。まだ終わってない。けれど。私の役目はここまで)
隊長は自身の懐にある拳銃を右手で取り出した後に、それを持ったまま。
「・・・・もう、後は勝手に」
ぽつりぽつりと人形が喋るように口ずさむ隊長。
(・・・誰も。悪くない。誰も。・・・そして)
「・・・・成功する」
そう呟いた後、隊長の口元が大きく釣り上がった。
(大佐。これで私は隊長になります。
・・・・そして、彼らを殺した私は。罪人。大佐である貴方は関係ない。
泣いて詫びても許されません。許されてはいけない。
絶対に。私は許されてはいけない存在。彼らが覚えている限り・・・)
「ふふふふ。あはははははは!」
闇の中、奇声を上げるかのように笑う隊長は。
どこか言い知れない悲しさと。喜びを併せ持っていた。
「これで、カミカゼ。は成功する。
この出来事が、私を私でいらせてくれる・・・・」
(隊長・・・。隊長で。隊長になってしまう。隊長だから。
・・・・・皆、ごめんなさ)
カクン。と力の抜けた左腕。
それとは対照的に掲げ上げられた右腕。
血なまぐささと、鉄の入り混じった通路には。
横たわっている隊長だけが取り残された。