code:1「記憶」
「煤野木さんー。起きていますかー?」
こんこん。と煤野木の寝ている部屋の扉をノックする隊長。
しかし特に返事が無いので。
「・・・・ふふふふふ。入ってしまってしまいますよー?」
にやりと隊長に似つかない笑みを浮かべながら、再度問いかけるが。
相変わらず返事が無い。
なので隊長は部屋に入ることにした。
「・・・・お邪魔しちゃいます」
ドアノブを掴みながら、差し足踏み足で入る隊長。
若干罪悪感がないかと聞かれれば、隊長は。
(・・・・殿方の寝顔を・・・寝顔を・・・うふふふ)
色々と何かやばい想像を繰り広げている。
ところが、隊長の予想に反して煤野木は起きていた。
「あら、起きていたのでしたら返事して下さってもいいのに」
煤野木はベッドの上で、上半身だけを出している状態。
「あぁ、すまない・・・・」
溜息を尽きながら煤野木は返事をした。
擦れた声からは、とてつもない疲労感が感じ取れる。
そして、彼の眼の下には隈が出来ていた。
(・・・・何かあったのかもしれません)
隊長は何故かそんな事を考えて。笑顔でベッドの端に腰掛ける。
「大丈夫ですか?」
煤野木の顔を見ながら隊長はそのまま聞く。
それに対して煤野木は、対して感情の起伏を見せないまま。
「・・・佐伯は。本当に。幸せだったんだと思う」
ぼそぼそと口を動かし始めた。
しかし隊長は煤野木の言う内容が、よく掴めない。
(・・・・佐伯?)
そんな隊長を余所に煤野木はぽつりぽつりと話を進めた。
「・・・・カミカゼを使うことはどういう事か。彼女も分かっていた上で。
それでも彼女はこの星を守るために使った・・・」
小刻みに震える煤野木に対して、隊長は垂直に答える。
もっともありえない言葉を。口から出した。
「佐伯って。誰ですか?」
隊長の本当の本気の本音が出た途端。煤野木は唖然としながら。
「・・・は?」
同じように疑問の声を出した。
しかし隊長は笑顔のまま答えていく。
「いえ、佐伯って。もしかして煤野木さんの知り合いですか?」
にこにこしながら喋る隊長に対して、煤野木は一層拳に力を入れながら。
「・・・・何言ってるんだ。この前の戦いで・・・」
思い出したくないように、途中途中を途切れさせながら答える煤野木。
対照的に、隊長はある単語に引っかかっていた。
(・・・・この前の。戦い?)
隊長は笑顔を少し崩した後に。
「・・・もしかして、カミカゼを使った一人ですか?」
煤野木の瞳の奥底まで覗くような、強い視線を送る。
少し煤野木が驚いた後に、答えてくれた。
「・・・・あぁ。人生をエネルギーにするあの機械だよ」
隊長の脳裏には、透明のケースのような機械。
(・・・・カミカゼ)
そして、隊長は気づく。
(・・・・彼はまだ本質的な意味に気づいていない。
ここで、答えていいのでしょうか?)
隊長は煤野木に教えるべきか悩んだが、答えてあげる事にした。
「・・・・煤野木さんは」
わざわざ区切りながら。一つ一つ答えていく。
「煤野木さんは、気づいてないのですか・・・。
人生というのは未来だけではないという事を・・・」
(・・・・そう。未来。だけではない。
あれを使う代償は。未来だけじゃない・・・)
少しの間。緊迫した空気になった後に。
その、本当の意味に気づいた煤野木は。
「過去・・・も。代価か・・・・!」
更に憤りで震える煤野木に、隊長はまだ言葉を繋げる。
「・・・・あれを使った人は。ありとあらゆる世界の記憶から消えます。
未来から現代から過去まで全ての世界の」
隊長の言葉に。煤野木は顔を伏せながら。
隊長が続ける言葉を聞いていた。
「その人の存在を示すような物から何から何まで消えます。
・・・・ただ、世界を完全に入れ替えるわけではないから。
今までの歴史が変わったりするわけではないですが。
誰にも、都合の良い様に修正されます・・・・」
隊長は少し長い文を言い終えた後に、溜息を尽いた。
そしてカミカゼの由来を思い出す。
(・・・・カミカゼは。戻れない。記憶に残されない。
意味のない戦い。・・・・当時の神風から取ったのも。そこから・・・)
隊長が休んでいると、煤野木が。
「・・・・佐伯が。消えた時に。何一つ残らなかったのも」
最後の言葉を確かめるように聞いて来たので。
隊長は、敢えて直接的に言った。
「・・・・はい。使用者がこの世界にいたという証拠の物や。
どんな理由で守りたかった。だとかという事を含めた何から何まで。
・・・・一切。残りません」
やけに。最後の言葉だけが重かった。
そして隊長はベッドから立ち上がり。
「・・・・すいません。私は余計なことをしましたね・・・」
隊長は自身の軍帽を更に深く被り、苦笑いをした。
それに対して煤野木は。
「いや・・・助かった」
脱力した状態で、無理に笑っていた。
「・・・・朝食までは。時間があるので。・・・・・・・」
その後の言葉までは、隊長は言わない。
ここは。言うべきなのだが、隊長は言わなかった。
煤野木に背を向けた後、隊長は部屋を後にする。
部屋には一人。また煤野木だけが残った。