end.code:「バトンタッチ」
モニター越しで見ていた煤野木は、硬直していた。
「・・・・嘘だ。嘘だろ・・・・」
信じられない物を見るかのように。
戦いは至極優勢とまではいかないが、ある程度は勝ちを信じてた部分もある。
だが、最後は。
佐伯が貫かれた所で、現実味がまるで沸かなかった。
(そうだ。どこか。現実だとは思わなかった)
うわ言のように考える煤野木。
(これは、紛れもなく。戦いだ・・・・)
今更ながら、客観視しすぎた自分に反吐が出そうになる。
「そ。そうだ。あいつの本体は・・・!」
煤野木は急いで管理室から抜け出し、隣にある部屋へと走った。
カミカゼ。の置いてある特殊な部屋だ。
煤野木は勢い良く部屋に入って、カミカゼを見れば。
何もない。
佐伯の死体も。何もかもがない。
煤野木はガラスの壁をどう見ても、どこを探しても。
佐伯を見つけることは出来なかった。
気づくと、部屋の扉の近くには隊長がいる。
「隊長・・・。一つ聞いていいか・・・」
充てのない悲しみを、自分への憎しみを織り交ぜた言葉。
どう考えても八つ当たりのそれを、煤野木は隊長に投げた。
「何で・・・・あいつの身体がない・・・」
項垂れる煤野木に対して。
「簡単です」
隊長は、無表情のまま答える。
「カミカゼを使うには、自分の人生が。エネルギーですから」
項垂れていた頭を上げて、煤野木は隊長の顔を見る。
「自分の人生・・・・?」
「はい。自分の人生をエネルギーにして。戦うんです」
その隊長の言葉を聞いて煤野木は引っかかる。
(自分の人生をエネルギー源に・・・している?)
「・・・・おい。まて。と言う事は」
それに対して、隊長は相変わらず表情を変えないまま。
「はい。・・・・切れたら消えるってことです。跡形もなく」
消える。と言う事は死ぬ事よりも更に恐ろしい。
死んだという痛烈な実感が襲い掛かり、しかも受け入れられなくなるからだ。
「なら、最初から死ぬ前提で、お前達は戦ってるのか・・・」
その質問に対して、隊長は無言のまま答えない。
理由は簡単だからだ。
「ふざけるな・・・!!」
激しい憤りを、どこにぶつけていいのか分からなくなる煤野木。
近くにある壁をとりあえず殴りつけた。
反動で拳が痛いのが分かる。
隊長が、煤野木が壁を殴った後に。独り言を呟く。
「・・・・佐伯ちゃんに。両親はいません」
その言葉に、煤野木は反応する。
「は・・・・?」
隊長は、言いづらい事を言うかのように続ける。
「・・・正確にはいるんですが。
・・・・彼女は両親に望まれて生まれたわけじゃないんです」
隊長の視線はどこか空を泳ぎ、どこに向けていいのか分からなそうだ。
「・・・・彼女は、ある一家の父と。不倫相手との子なのです。
確かに不倫相手の女性に育てられてはいたのですが。
両親の愛を一度たりとも受けた事がなかったらしいです・・・」
最後の部分を、特に濁らせて言う隊長。
「望まれて生まれず、両親の愛を受けずに生きてきた・・・」
煤野木は確かにそういう子供を何度だって聞いた事はある。
しかし、いざ現実となると。信じられなかった。
「あの後に子供が出来たことを、本当に喜んだらしいです。
自分が注がれなかった分の愛情を、この子に与えてあげるんだ。と。
・・・・ですが、残念ながら・・・」
隊長は完全に最後では口が濁っていた。
その話を聞きながら、煤野木は歯を大きく噛み締めていた。
「・・・・なんで、こんな、不幸ばっかりなんだ」
吐き捨てるように言う煤野木。
静かに、その言葉だけが耳に残ったが。
ふと隊長が切り出す。
「次の戦いがあります・・・。そろそろ休みましょう」
隊長は煤野木にそう声を掛けたが、返事がないので。
残ったのは煤野木と、煤野木にのみ見える。
βだけだ。
「煤野木・・・・」
βが心配そうに近寄ってきたが。
「くそ!」
威嚇するように、どうしてようもない憤りをぶつけるかのように。
怒りに打ち震える煤野木。
「・・・・未来は。まだ続くよ。煤野木」
そんな煤野木に、βは小柄な身体で煤野木の背中に抱きついた。
βは右頬を当て、まるで音を聞くように。
「・・・・煤野木はまだ見届けないといけない」
宥める様に、言い聞かせるように囁くβ。
「分かってる・・・・まだこの戦いが終わりじゃない。事だってな・・・。
だが・・・。こんな、結末はないだろう・・・!」
不意に涙腺が緩むのが分かる煤野木。
「生きた事すら、認められない・・・」
頬から冷たい水が流れていき、拳に自然と力が入っていくのが分かった。
煤野木を、βは悲しそうに強く抱きしめる。
ここで何かをしても変わる訳ではない。
だが、それでも何とも言えない蟠りが煤野木にはあった。
そして、次の戦いはまた。幕を開ける。