code:12「終演」
触手によって都市の建物に減り込み、そこで佐伯は止まってしまう。
ところが、それだけでは触手の勢いは止まらなかった。
「ぁあああああああ゛あ゛ぁあ゛あ゛゛!」
ゴギュギョギュググ。という液状の音がした後に。
佐伯の腹部を大きく貫き、建物ごと佐伯を突き刺す。
「あ゛あ゛あ゛あぁあ゛・・・!」
痛み悶える佐伯に対して、触手は止まったままだ。
しかし、まだ敵は生きている。
(お腹が・・・お腹が完全になくなぁああ!)
どろりと液状の血が大量に開いた穴から出てきた。
周りには鮮血がほとばしり、佐伯の服は所々血に染まっている。
すると佐伯は急に吐血した。
大量の赤い色の液を見た佐伯は。
(お腹がぁあ・・・ないのにどっからこんな血が・・・ぁああ!)
混濁する意識。極度の吐き気。強烈な痛み。
それらは佐伯の精神を真っ黒に染め上げていき、壊していく。
佐伯の視界は、涙によって歪に歪んでいった。
しかし、佐伯の脳裏に少しずつ浮かんで来たのは。
あの時の青年との会話や、隊長との日常。煤野木との最後の日。
そして、自分自身の生まれる事がなかった娘。
(わたしが、まもらないと。このほしは、こわれる)
それだけで、我慢できた。
(痛い、痛くて痛くてもう苦しい。やめてしまいたいよ。
でも、私は、この世界を・・・)
「守って・・・みせる・・・」
今だ口から流れ続ける血を、吐き出しながら佐伯は喋る。
その瞳は穢れていて、汚れているが。
どこか優しい炎と共に、決意の証があった。
「・・・絶対に。私は。みんなのこの世界を」
力の入らない右腕を上に上げると同時に。大きな注射器が出現する。
その照準を、虫の息の敵に狙いを定め。
「守るんだああああああああああ!!!」
佐伯が大きく叫び振り下ろすと、注射器の先端は的確に敵を捉え。
注射針は敵の身体を貫通し、刺さる。
しかし、それだけでは敵は死なない。むしろ殆ど効いていない。
「・・・・まだ。まだだよ!」
佐伯は大きく右腕に力を入れ、前へ突き出す。
それに呼応するように、注射針のピストン部分が、前に進んでいく。
「う、ああああ、あああああああああ゛あ゛あ゛゛!」
佐伯は歯肉から血が出るほど、力強く噛み締める。
突き出す腕がぷるぷると小刻みに震えた。
「ああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛!!!」
佐伯の小柄の身体から出るはずのない声が出た後に、ピストン部分は完全に前へと動く。
そして。最終部分まで到達すると。
敵は見事内部で膨張した後に、砕け散った。
その様子を見ながら佐伯は、完全に力が抜ける。
「おわ・・・た・・・よ。え・・・へへ・・」
目は虚ろになり、声は誰に向けているのかは分からない。
佐伯を突き刺す触手は消え去り、佐伯を支えていたものもなくなる。
ゆっくりと、佐伯は地面へと落ちていくのが分かった。
視界に一瞬だけ入っていた、青色の空は消える。
と同時に、今までの経緯を示す映像へと変わっていった。
一つ一つを食い入るように見ていた佐伯は、ゆっくりと落ちながら考える。
(私は、不幸だったのかな)
誰が見ようと、恐らく不幸。といわれるだろう。
佐伯自身それも分かっていた。
しかし。
(・・・・なのに。私は幸せ・・・だな)
近づいてくる地面を見詰めながら、佐伯は少し思った。
(あのね。・・・私の赤ちゃん。一つ報告したい事があるんだ・・・)
その瞳はまるで少女のように、澄んでいる。
(・・・私。ね。・・・好きなひ)
佐伯が。最後の言葉を紡ぐ直前に。急に彼女の身体は消え去った。
まるで、最初からいなかったかのように。