code:9「幻想」
あの日から、青年の姿を見ることはなくなった。
それどころか、まともなご飯すら与えられる事も少なくなっている。
そういった異変があったがが。
佐伯は相変わらず狭い牢獄にいた。
佐伯の所々に痣があり、べとりとした液体が染み付いている。
口からは、ぽたりぽたりと赤色の液体が下に下にと線を引いていた。
佐伯の髪は最初の頃に比べ異常に乾燥しており、又部屋と同じぐらいに汚れている。
眼はどこを向いてるかもしれず、だが
ふと、佐伯の口元が少し釣りあがる。
「今日は、何回目だっけ・・・?」
暗く、じめじめとした笑み。
けらけらけらと道化師のように笑った佐伯は、少しして咽てしまう。
(眩暈がする。苦しいけど。頑張らないと。でも)
「あは。あははは。もう、今日が何時なのかも分からないや」
眼を少し見開き、佐伯はいつも通りの風景に変化がないか探した。
ぽた。ぽた。と水が天井から落ちてくる音が響いてるいるだけ。
「。あは。ははは」
(何の変化もない。いつものここ・・・)
佐伯は、骸骨とまではいかないが痩せ細った体を小刻みに揺らす。
着ている服は、もう服どころか、ぞうきんと呼べるかも怪しい。
ふと、唐突に佐伯は口元を両手で押さえつける。
そのまま前向きに体を倒し、体から異物を全て外へと出す。
吐き出した物は、食べ物かどうかも分からない物。
まともな食事すら与えられていないので、栄養不足などの身体に影響が大きい。
しかし、彼女の頭に浮かんだのは別の事。
(・・・・きっと)
「こど・・・・もかなぁ?」
佐伯は空虚に話しかけるが、答えは返ってこない。
(・・・・私)
「嬉しいな・・・・。こども。もう、私はお母さんになっちゃったんだ・・・」
辛く苦しい現実。少女のように幻想を抱く者も少なくはない。
(・・・私は、使い捨て。ポイ捨て。その単語だけが私の存在価値)
ふとそんな事を考えていると、この前に会った青年の事を思い出した。
(・・・・あのお兄さん、たぶん。消されちゃったんだな・・・)
そんな事を考えていた少女は、少しずつ眠気が出てきているのを感じた。
頭がぼんやりとしてきており、思考判断が鈍くなってきて。
佐伯は、確実に。それでいて少しずつ眠くなっている。
「お母さ・・・んかぁ・・・」
(きっと、この瞳を閉じれば、彼と同じ場所に行くことに・・・。
頑張らなくちゃ。でも、眠いよ・・・・)
ごしごしと目を擦っても、一向に眠気が取れない。
(私は・・・絶対に生き残る・・・のに)
佐伯は、ゆっくりと下りてくる瞼に。
抗っていたが、ついには一番下まで下りてしまった。
(そう、これが私の過去なんだよね・・・)
佐伯は温かいシャワーを浴びながら、過去を振り返っていた。
(・・・30分ぐらい。経つか・・・な。そろそろ)
佐伯は危うく逆上せそうになる前に、シャワーから上がる。
脱衣所でタオルを使い、身体を拭いた後に着替えた。
佐伯はいつもの学生服姿に戻る。
そうして隊長達がいる部屋に戻ってみれば。
険しい顔をする煤野木が待っていた。
重々しい顔付きから、どのような事だか分かる。
「・・・・話を、聞いた」
「・・・・・あ、あぁ。そうなんだ」
佐伯は曖昧な返事をした後に、どこか適当な場所へ座る。
(・・・たぶん、そうだと思ったけどね・・・)
「・・・・すまん。無闇に聞いてしまって」
煤野木が、深く詫びるように。佐伯へ頭を思い切り下げた。
(・・・・煤野木。違うよ。私が悲しいのは)
佐伯はぼんやりとそんな事を考えながら、煤野木を見つめる。
「分かってない。全然分かってないよ」
佐伯ははっきりと告げた。
「・・・・」
煤野木は黙りながら、頭を上げたままだが。
「・・・・隊長さん。煤野木をちょっと借りるよ!」
あんまりにも佐伯はもどかしくて、隊長にそう叫んだ後。
煤野木の右手を掴んで、外へと走っていく。
「・・・・ふふふ、子供の成長って早いです」
隊長は手を頬に置きながら、もう片方の手を振る。
それに対していつの間にかいた揖宿が。
「・・・・時間は、良くも悪くも早く。進むものだから」
小声で、本当に誰にも聞こえない程度に。
呟いていた。
そんな光景があっという間に消えていき、通路を走りながら。
煤野木が驚いた顔をしながら佐伯を見ていた。
「・・・・いや、何も俺は勘違いしてないと思うが」
真顔でそんな顔をしながら、答えた煤野木に対して。
「それがそもそも勘違いしてるのに・・・」
佐伯は溜息を尽きながら尚も外に向かって走り続ける。
暫くその状態が続いた後、基地の外へと出た。
そこは相変わらず破壊されつくした街並みで、変わりはなかったが。
夜というだけで、大分雰囲気が違う。
佐伯はとりあえず、出入り口の近くに置いてある懐中電灯を取り出し。
自分の周りを明るくした後に再び歩き始めた。
「・・・・何が勘違いだって言うんだ?」
水没したり陥没したりしている都市を歩きながら、煤野木は佐伯に聞いた。
歩きながら佐伯は答える。
「・・・・後で答えるよ」
俯きながら答える佐伯に対して、煤野木は若干口ごもった後に。
「・・・・・そうか」
「ごめんね」
佐伯はそう言いながら歩き続ける。
すると街並みが変わってきて、少し開けた場所へと変わった。
「ほら、見えてきたよ。私の秘密の場所」
佐伯は笑顔のまま、煤野木を大きく引っ張りながら前に見える場所へと走る。
見えた風景は。
「・・・・・花畑」
煤野木はつい呟いてしまった。
そう、佐伯の今現在立っている場所は一面の花畑。
しかも一つ一つが綺麗に咲き誇っており、月に照らされて幻想的に見える。
佐伯は煤野木を掴む手を離し、嬉しそうに走り始めた。
花と佐伯が交わっているその姿は、いつになく神秘的に見える。
その光景を見ながら煤野木は、つい頬が緩んでしまうのが分かった。