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旧カミカゼ。  作者: 笹倉亜里沙
-ナナ-
12/66

code:8「希望」

男達から解放されたのは、おそらく丸一日経ってからだった。

おそらく。という理由は。

時計がないのと、ここにいれば時間の感覚がおかしくなっているのが分かるからだ。

そして解放される前に、生活する上で最低限の事をした後。

最初の佐伯がいた部屋に戻ってきた。

佐伯は体育座りをしながら、背を壁に(もた)れさせ天井を見ている。

特に変化のない天井を見つめながら佐伯は。


(・・・・ここは、静かでいいな)


ふと、軽く笑いながら佐伯は自分の身体を見た。

全体的に(あざ)や怪我。男達の吐き気のする匂い。べたつく身体。

ここにやってくる前の佐伯の身体とは、大分違っていた。


(・・・・あれだけ洗っても落ちないんだ)


どんなに(こす)っても、綺麗な身体になっても。

何故か、この汚れは取れなかった。

そして、佐伯はつい意味の分からない事を考えてしまう。


(・・・・・いつまで私は、これに耐え切れるのかな)


一瞬考えてはいけない事を考えてしまい、佐伯は頭を大きく振る。


(・・・・・駄目だよ、こんなんじゃ持たない!)


大きく自分自身という人格が、今にも崩れそうなのが分かる。

佐伯は、今にも崩れ落ちそうな自分を必死に支え。

震える足腰や、零れそうな涙を堪える。

ふと脳裏に思い出すのは、いつもの日常。

変わるのは唐突で、あれが幸せだったんだなと。改めて佐伯は噛み締める。


(・・・・・でも、私がいてもいなくても。あの日常は変わりがないんだろうな)


佐伯は虚ろな眼をしながら天井をまた見つめた。

相変わらず天井は黒く、若干汚れている。


「あー・・・・」


とりあえず何か言葉を出して紛らわしたい。

佐伯は、そんな気分だった。


「・・・・う、うっうっ。うぅううう」


なのに、出てくる言葉は次第に嗚咽となり、涙が出て来る。

佐伯は顔を両腕の間にうつ伏せ、静かに泣いた。

しかし間の悪い事に、鉄の扉がノックされる。


「・・・・ご飯の時間だよ」


入ってきたのは男。


(・・・・また、連れてかれるんだ)


無言のまま佐伯は男を無視すると、男は佐伯に近づく。

すると、男はうつ伏せになっている佐伯の様子に気づいた後。

男は佐伯に更に近づき、足を折って小さな声で。


「・・・・大丈夫?」


と佐伯に囁いた。

佐伯が顔を上げると、そこには高校生ぐらいの青年。


「・・・・・誰?昨日はいなかったよね」


佐伯は充血した目で青年を見つめるが、やはり身に覚えがない。


「あぁ・・・、僕はあくまで女の子達の世話役だから」


ぽりぽりと頬を掻く青年は、どこか明るいはずなのに暗い印象を受けた。


「・・・・ご飯」


佐伯はずっとここに閉じ込められていたので気にしなかったが。


(・・・・大分お腹がすいてきているよ)


ぐぅ。と鳴らすお腹に対して、青年は軽く微笑んだ後に。


「・・・・大丈夫。ただご飯食べるだけだから」


佐伯を見つめた後、そこから立ち上がる。


「・・・・そろそろ、いこうか」

「・・・・・」


そう言って外へ歩く青年に、佐伯は無言で立ち上がり付いて行った。



それが、佐伯とこの青年との初めての出会い。

青年と次に会ったのは同じく食事や風呂。つまりは生活役。

時間になると決まってやって来てる。

その度に青年は幾度となく優しくしてくれて、支えてくれた。

青年は優しかったから。

ある日、そんな青年が感傷的になっていたのか、ふと呟いた。


「・・・・僕には妹がいてね。その子が。病気なんだ」


佐伯の隣で、右足を伸ばし左足を立てて背を壁に凭れさせている青年。

青年は涙目になりながら、どこか壁に視線を泳がす。


「病気?」


佐伯は青年の顔を覗きながら、疑問を投げる。


「そう。特別な病気。・・・・遺伝的な物じゃないらしいから。治せるらしいけどね」


佐伯はその話を聞きながら、こう考えていた。


(・・・・治せるけど治さない。いや、治せない・・・)


その疑問は見事的中する。


「・・・・治療費がないから、こういう事をしているんだ。

ごめんね、僕の事軽蔑・・・するしかないよね・・・」

「・・・・・・・」


佐伯はしばらく無言だったが、少しして口を動かす。


「・・・・なんで、悪くない人も不幸にならないといけないんだろう。

その人が悪いことしてなくても、悪いことしている人より不幸にならないといけないの・・・。

神様がそんな事しているなら、酷いよ・・・・」


佐伯の視界が、少しずつ滑らかに歪んでいく。

それを見ていた青年は、微笑みながら。


「・・・君は、僕の妹と似ているね」



静かに、佐伯の頭を撫でた。


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