code:7「過去」
暗い四角形の部屋に、水っぽい空気。
唯一外に出れる扉は鉄で出来ていて、鍵がないと開けられない。
「うぅ、うぅうう」
佐伯は涙を流しながら、必死に助けを求めた。
しかし、部屋に響くだけで何も帰ってこない。
「なんで、なんで私が・・・・・」
あの時佐伯は、ただ学校帰りの通学路を通っていた。
ただ、その場にいたから。
ただ、その時間に佐伯がいたから。
ただ、その場にいたのが彼女だったから。
理由なんて後付け出来る軽さで、彼女はいとも簡単に拉致された。
数人の男達が一斉に佐伯を車へと連れ込んだ。
抵抗なんて、あるようでなかったもの。
最後に見たのは車が勢い良く閉まる姿。そこから先は意識が飛んでいる。
気づいた時には、もうここにいた。
「帰りたいよ・・・帰してよぉ・・・・」
ただでさえ、精神的にも恐怖を感じており不安定な状況。
嗚咽と、涙が混ざって佐伯は呼吸が難しくなっていた。
(暗い・・・くらい。寒い・・・・さむい)
両手を組みながら、壁を背に体育座りで顔を伏せる佐伯。
ぴちょん。ぴちょんと水滴が地面に落ちる音が聞こえる。
「・・・・おい。時間だ」
何時頃だったのか。急に部屋に薄暗い日差しが差し込んだと思えば。
一人の大きな男が扉を開けて待っていた。
伏せていた顔を上げて、それを確認しようとした途端。
顔に、蹴りを喰らった。
「痛いっ!」
体が右方向に吹っ飛んだかと思えば、佐伯の鼻から。
ぼた、ぼたぼたぼた。と鼻血が垂れる。
「う・・・うぅ・・・」
鼻血が出ているのを、まるで他人事のように感じてしまうが。
痛みがそうさせない。
そうやって曖昧にしていると、今度は男に髪を鷲掴みにされた。
「おい、時間と手間をかけさせるな。早くついてこい」
ドスの聞いた声を聞かされた後、投げ捨てられる。
「・・・・・・はい」
佐伯は鼻を摘みつつ、男の後を付いていった。
部屋から出た場所は長い平坦的な廊下が続いている。
(・・・・どこか、廃屋とかなのかな)
佐伯達が歩くたびにコツコツコツ。と劇場のような音が響いた。
周りを見てみれば、同じような扉がいくつもある。
(・・・・私と同じ人が)
嫌な事を想像してしまった佐伯は、頭を横に振った。
しばらく変わりのない道を歩いた後、男は急に立ち止まって。
「ここだ」
冷淡的にそれを告げて、道を空けた。
見れば、目の前には軽そうな扉が一つある。
(・・・・入れって。言ってるのかな・・・?)
佐伯は頻繁に男の顔色を伺いながら、扉をゆっくりと開けた。
すると、中は異常に明るい、それも生活感の溢れている部屋だ。
綺麗なダイニングキッチンに、清潔そうなソファー。
天井にはランプがあり、明るく部屋を照らしている。
ただ、普通と違ったのは。
数人の男達が下卑た笑みを浮かべながら、各々が待っているという事だ。
とん。と後ろの男に軽く前に押されて部屋に入ってしまう佐伯。
後ろからは大きく扉が閉まる音と共に、男達の視線は佐伯に注がれる。
「へへへ。今日もまた一段と可愛い上玉連れてきてるじゃねぇか」
中年の男が気味悪い笑みを浮かべ、佐伯を凝視した。
「おっと間違えないでくださいよ。あくまで社交パーティー的にやりたいんですから」
ソファーに座っている若そうな男が、中年の男を制止する。
「社交、じゃなくて乱交だろ?」
それをさらに遮ったのが先程の男よりも更に若そうな男。
ぎゃはははは。と泥のように気持ちの悪い笑い声を上げる男達。
それに対して若い男は若干バツが悪そうにした後に。
「まぁ、いいですよ。雰囲気なんて」
立ち上がって佐伯の前へとやってきて。
「あくまで最初は私からいかせて貰いますがね」
よいしょ。と若い男が佐伯の右腕を掴み寄せこむ。
「さてと、あぁ、本当だ。中々可愛い子ですね」
冷淡的に笑みを浮かべる男に対して、佐伯は涙を浮かべる。
「いいですね。もっと泣いて抵抗して足掻いてくれるとこちらとしても嬉しいです」
男の口元が更に釣りあがるのが分かった。
「おいおい、あんまり壊してやんなよ?またこの前みたいに自殺されたらたまんねーからな」
佐伯の後ろにいる男が溜息と共に答える。
(・・・・あぁ、そうなんだ)
ふと佐伯は客観的に考える。
(・・・・家には、もう帰れないんだな)
そう考えたら、佐伯の瞳は急速に色褪せるのが分かった。
(もう・・・・)