7.見えすぎて見えないもの
行ったり来たりを繰り返し、途中、防具が本気で壊れて、危ない目に遭いそうになったり、剣が折れて逃げ惑ったりと、一通りお約束なことをやった蛍は、大変生ぬるい瞳で巫女に見つめられていた。
「命と金を天秤にかけるのはどうかと」
「おまえが言うかーっっ」
実際、天秤にかけたのは長老ではあるが、巫女がそれを止めなかったというのもまた事実である。
まして、勇者装束のことも巫女は言わなかったし、壊れる話もつい最近聞いたばかりである。
「本気で魔王を倒してほしいのか、時折、疑問に思うぞ」
倒したければ、勇者ギルドで勇者を雇うのが確実である。
金額がべらぼうに高かったが、勇者というくらいだから、もしかしたら、召喚すれば交渉の余地があるのではないかとも思う。
「魔王は倒さなければなりませんが、勇者であれば誰でもいいというものでもないのです」
初めて巫女が、自分からそんなことを言った。
初耳でもあるが、巫女が自分から勇者について語ったのは、今までの旅の中で初めてのことだった。
何を聞いてものらりくらりとかわされるし、下手をすればダンジョンに放られ、危うく死にかけたこと数度。
そのたびに、報復だけはしたが、毎度のことながらめげることはなかった。
何より、今回は、今までのようにあからさまにせっついては来ない。今までであったなら、喜々として、次のボスの情報を持ってくるのだが。
もっとも、何より疑問なのは、その的確な情報をいったいいつ手に入れたのかということでもあったりする。
突っ込んだところ帰ってきたのはいつものごときセリフ。
「神の御加護です」
いや、もうそれ絶対加護とか関係ないだろ。と思いつつも、突っ込み疲れて、そのことには突っ込まないでいた。
けれども、人々を苦しめる魔王を倒せとは言われたものの、具体的にどう困っているのかは、この場所を見た限りでは全く分からなかった。
宿にも普通に泊まれるし、食事も貧相ではない。むしろ、うまいと思う。
生活水準的にも、まあ、蛍の暮らしていたところと比べれば、文化レベルが低いように見えるから、高いとは言い難いが、これが標準と考えれば、決して低いものではないのだ。
「今一つ分かんないよなー」
そんな風に独りごちる蛍を、巫女は無表情に見つめていた。
ある程度、レベルが上がれば、町の行き来も楽になる。
少々、金銭的にも、余裕を持ってということができるようになってきた。
それもこれも。
「移動術があるんだったらとっとと言えよっ」
実は、一度赴いたことのある場所であれば、大体戻れるというのだ。それができるのであれば、あんな大変な行き来をせず、一か月なりのスパンで宿を押さえて、寝るために戻るということができたはずである。
「足腰が鍛えられて良かったのではないかと」
おっとりとほほ笑んで、そう言った。
確実に、分かっていて言わなかったのは明白である。
いや、今まで、自主的に言うなどということなど、ほぼ皆無だったわけだが。
そんな不毛な会話を交わしつつも、いい加減、次のエリアに移動するべきだろうと、その関所じみた場所を探しているのだが、この場所は、四方が山に囲まれ、どこでも関所になり得るため、当りを付けることすら出来なかったのだ。
もっとも、前のエリアから移動してきた以上、一つだけは潰せるが、残り少なく見積もっても三方ある。
どれと問われれば、分かるはずもない。
「いい加減、限界だよな」
レベルが上がると、あの、鬼畜エンカウントが解消され、夜でも昼間並みの遭遇率になるのだ。
そして、現在蛍はその状態に陥っていた。打開するにはエリアを変えるしかない。
「所で次のやつってどんなやつなわけ」
宿屋で夕飯をとりつつ、蛍は巫女と話をする。
勇者だからと言って、大歓迎されるわけでもなく、また、勇者だとばれることもない。
何がどうなっているのかは分からないが、蛍にしてみれば楽である。だいたい、蛍は勇者であるつもりもない。だから、こんな風に宿屋の食堂で、自由に食事をとっていられる現状は万々歳であった。
頬杖を突き、行儀悪くサラダをフォークで突きながら、蛍は、巫女の言葉を待つ。
すると、巫女は珍しく困ったような顔をした。
「噂が聞こえてこないのです」
今まで巫女が何も言ってこなかったのは、言わなかったのではなく、言えなかったのだ。
これは実に厄介なことだと、やっと蛍も気が付いた。
「もしかしたら、すでに魔物の本拠地?」
ということもありうるのだ。
「さすがにそれはないと思います」
あまりにきっぱりとした巫女の言葉に、蛍は首を傾げた。
「根拠は?」
「私が魔物に気が付かないはずがありません」
魔物に気が付かないはずがないとまで言いきった巫女の顔は、正しく、どうだと言わんばかりの顔で、そこで蛍は更に疑問が湧いてくる。
「一つ聞きたいんだけどな。巫女さん」
いやむしろここで聞かない方が精神衛生上いいのではとも思わなくもないのだが、聞かないと、後々ひどい目に合いそうな気がしてならないのだ。
「なんでしょう」
穏やかにほんの少し首を傾げると、巫女はそう言った。
「もしかして魔物に異常遭遇してたのは全部巫女さんの所為か?」
確実に、答えは分かっているが。
「当たり前です」
即答だった。
「ものには限度があるわーっっ」
そう叫ぶと、蛍は容赦なく手刀を振り下ろした。
衝撃とともに巫女が昏倒しているようだが、暗く蛍は笑うと、とりあえず、報復はこれで我慢しよう。
そう静かに自分に言い聞かせた。
滞在するだけでも金はかかる。少々余裕が出来てきたとは言え、目標額は遙か高みであり、未だ頂は見えてこない。短期決戦が好ましいのは明白。そうなれば、さすがに巫女一人に任せておくわけにもいかず、蛍も慣れない情報収集をし始めた。
情報を集め始めて、まず不気味だと思ったのは、誰も魔物のことを言わないという事だ。
これだけ魔物がかっ歩している状態で、被害がまったく出ていないはずがない。
「何か困っている事ってないですか?」
蛍がそう聞くと、魔物のことより、最近雨が降らなくて日照り続きで作物が心配だとか、家畜の乳の出が悪いとか真っ先に出てくるのが日常のことで、突っ込んで。
「魔物の被害とかはないんですか?」
そう聞いてはじめて、畑が荒らされて困るやら、家畜が喰い殺されたやらと、魔物に対する情報が出てくるのだ。
「これってマジで、現状敵地なんじゃないか?」
何かしらの精神操作がされていると考えるのが妥当だろう。まるでこれでは、あるものがないようだ。
「あー。なんか、イヤな予感」
知略戦は得意ではないのだ。この世界で魔法と呼ばれるものがあったとしても、多分使わないと言い切れるくらいに、蛍は、腕力に物言わすタイプであった。
あまり頭を使うのは得意ではない。けれど、考えるのが苦手というわけでもないのが蛍の微妙なところだ。
巫女は、魔物の気配が分からないはずがないと言った。そして、噂が入ってこないのだと。
「とりあえず巫女さんに確認するしかないか」
そう言うと、蛍は大変重い足取りで、巫女の部屋へと向かったのだった。