4.既に気分は借金苦
その後、聞き分けの悪い長老の舌の滑りをよくするために色々と、えげつないことをして、蛍は、自分が得ることの出来る物全てを巻き上げ、更に一つの情報を手に入れた。
この世界には、勇者ギルドというものが存在し、金さえ積めば勇者を雇い召喚することが出来るというのだ。
なんでそれをしなかったのかと問えばとても答えはシンプルだった。
「金が勿体ないじゃろ」
しれっとしてそう言いきった長老を、うっかり間違って斬ってしまったとしても、多分きっとそれは事故のはずだと、蛍は思った。
残念なことに、そのうっかりは訪れなかったのだが。
そんなわけで、隠していた勇者装束一式、旅の軍資金、この世界の地図、どこに何をしに行くかの説明、この世界というものの成り立ち。
などなど、後半にいたっては、聞かれなくとも話せと言う話である。
もっとも、巫女が一緒にいるのだから、その辺りはおいおい聞けたのかも知れないが。
そんなわけで、ある程度の事情は飲み込めた。
蛍がここに呼ばれたのは、経費削減のためだ。前任者達がどうなったのかは推して知るべし。と言うか、考えたくないので、前任者などいなかったんだと思うことにした。
話を聞いて吟味して、蛍が導いた答えは。
「まあ、俺がその勇者を雇えばいいってことだよな」
勇者が勇者を雇うという、妙なことになってしまったが、危険を回避出来るなら、その程度安いものだ。
「で、いくら必要なんだ?」
「魔王を倒せるだけの技量の主となれば、勇者ギルドの中でも一、二の実力と謳われるウェルウェディンしかいないかと。そうなれば、金額としては、このくらいに」
そう言って、巫女が提示した金額は考えていたものとは遙かに桁が違った。
どう考えても一朝一夕で貯まるような額ではなく、下手をすれば魔王を退治したところで貯まっていないかもしれない。けれども、ただ一人で頑張って死地に向かわなくてもいいかもしれないという希望は、いくらか蛍の心を軽くしてくれた。
ここに来てこれ以上だだをこねたところで仕方がない。溜息を一つ吐き、再度蛍は心を決める。
「魔王を倒すのが先か、金が貯まるのが先か。て、ところか。まあどっちにしろ、旅には出るしかないってことだよな」
金を貯める手っ取り早い方法は魔物退治だ。経験値も積めるし、一石二鳥でもある。
「それじゃあまあ、行きますか」
努めて軽く、蛍はそう言うと、異世界での第一歩を踏み出した。
「で、南ってどっちだ?」
現代っ子には、間近に分かりやすい目標のない地図などないも一緒だった。
懐から水晶玉を取り出し、巫女は小さく詠唱する。
すると、水晶から光があふれ、地図が構成された。
三次元で展開される地図は、常に自分の向いている方角に会わせて構成されるという大変便利なものだ。
はっきり言って地図などいらないほどに。
あの問答と苦労はなんだったのかと、蛍は静かに自分に問いかけそうになるが、細かいことを気にしているときりがないなと、すぐに思考を切り替え、今現在は、便利でいいよなと思うことにしている。
あまり気に病んだところで、色々とありすぎて、疲れるだけだからだ。
とにかく、ここの人間は、勇者を使い捨ての消耗品か何かかと思っているとしか思えない。
それほどまでに、扱いはぞんざいだった。
と言うか、目的のためには手段は選んでいなかった。いっそ清々しいまでに。
「ここから南、2キロほどの場所に町があります」
地図を展開し、巫女は涼しげな声でそう言った。
「宿は?」
「ありません」
「却下。別の場所」
そう言うと、実に忌々しげな顔をして、巫女は別の場所を提示した。
「ここから北西に1.5キロほどの場所にあります。宿もあります」
こちらの方が距離的に近いじゃないかなど、多々突っ込みはあるものの、突っ込むだけ無駄であるというのは、この二週間ほどの旅で骨身に染みて分かった。
もっとも、分かったからと言って突っ込まないわけでもないのだが。
先に南の場所を言うのは、そちらが目的地だから問い理由もあるので、こればっかりは仕方がないかとも思っている。
「じゃあ、そこ」
「別に私は野宿でも構いません」
不満をありありと態度に出して、巫女はそう言ったが、蛍はそれを聞き入れる気は毛頭ない。
野宿も何度かしたし、宿代節約のために同じ部屋に泊まりもしたのだ。始めの数日は。
しかし、その途中、蛍はいやな事実を知ってしまった。それは、睡眠学習よろしく、耳元で囁く巫女の姿だった。
「何をやってる?」
怒りも露に蛍がそう言うと、巫女はいつもの調子でにこやかに笑ってこう言った。
「基本です」
何が?
とは聞かなかった。
眠いのも手伝って機嫌の悪かった蛍は、相手が女であると言うことも一瞬吹き飛ばしてしまい、がつんと一発で意識を昏倒させたのだった。
静かになった巫女を見て、蛍は心底嬉しそうな顔をする。
「これで静かに眠れる」
そう言うなり、ぱたりとベットに倒れこみ、すぐさま深い眠りに付いたのだった。
たんこぶが出来るまできつく殴りつけたこと自体は悪かったな、とは思っているが、殴って意識を昏倒させたこと事態は、悪いとは思っていない。
なんと言っても、次の日も、巫女様は、決してめげると言うことをしなかったからだ。
そんなわけで、自分の身を守るのは、自分1人なんだと言うことを、痛感した蛍は多少金がなかろうが、絶対に宿は二部屋。巫女と同じ空間で過ごすという愚考だけは犯すまいと、心に誓ったのだった。
「とっとと金を貯めて、勇者雇って、すぐさまお役ごめんになってやるっっ」
借金苦の泥沼にはまっているような、そんな台詞を吐きつつ、賞金稼ぎの如く、小金を稼ぐ毎日。
宿代という無駄な出費を余儀なくされて、蛍の目標金額は、現在一進一退。レベルだけは上がっているため、そろそろ、最初のボス戦にでも赴くかなと、ちらりと考えはじめていた。