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16.幕間 勇者という職業

 「そう言えば、なんで勇者を召喚するんだ?」

自分の所のことは自分でやればいいと思っている蛍は、旅の合間、ふっと思い立ってそう聞いた。

 「話してないのか?」

ウェルウェディンが巫女の方を向いてそう言うと、巫女は静かに頷く。

 「そうか」

巫女のその態度に、ウェルウェディンは少し考え込むようにしてから、蛍の方を見る。

 「地発生勇者と召喚勇者がいるって言うのは、分かるか?」

その問いかけに、蛍は静かに頷いた。

地発生勇者というのがいわゆる蛍の言っている、自分の世界は自分でなんとかした場合、魔王なりなんなりの脅威を倒した者のことで、召喚勇者とは、蛍のように別の世界から勇者の資質を持った者者のこと。

 「まあ、双方それなりのリスクがあるんだが、地発生勇者より召喚勇者の方が実はリスクは低い」

ウェルウェディンはそう言って、焚き火のために用意してきた枝を一本引き抜くと、地面になにやら書き始める。絵心はないらしく、魔王やら、勇者やら書いて、丸で囲っている簡易さであった。

 「それでだな」

ちょいちょいと、魔王と勇者を差しつつ、ウェルウェディンは、話を続けた。

 「地発生勇者の最大のリスクは、もし、勇者が一人で魔王を倒してしまった場合だ」

勇者から矢印を引き、魔王に罰点印を入れ、ウェルウェディンは蛍を見る。

 「それが何か悪いのか?」

蛍は分からないと言う顔をして、ウェルウェディンを見る。そんな蛍を見て、ウェルウェディンの方は苦笑を浮かべた。

 「一人で魔王を倒すほどの勇者は、魔王より強いという事だ。それはすなわち、新たな世界の脅威でもある」

ウェルウェディンの言葉に、蛍は、驚いた顔をして、そのまま固まる。

 「いや、だって、世界を救っただけで」

 「そう。みんなのために世界を救っただけだ。けれど、魔王より強い勇者が、もしも乱心したら、いったい今度は誰が止められる?」

静かなウェルウェディンの声に、やっと蛍は納得がいった。

 「だから、勇者ギルドがあるのか」

 「そう言うことだ」

勇者ギルドとは、魔王より強くなってしまったがために、新たな世界の脅威となりうる芽となった者達。折角救った世界を壊したいとは望んではいない。けれど、勇者がいると言うことが、プレッシャーとなりうるのだ。

 「それに、過去何度か合あったしな」

苦笑を浮かべてウェルウェディンは言う。

最初は、人のためだった。けれど、人を越える力を持ってしまい、脅威が無くなり平和と平穏の中で暮らしていく間に、狂っていってしまう者もいるのだ。

自分の力に酔いしれて。自分の力を過信して。自らが世界を支配出来るのではないかと、そう思う者が、時折出てしまう。

 「勇者を召喚して、還してしまえば、少なくともそんなリスクは背負わなくてすむ。まあ、召喚は、あくまでこちらの都合というのもあるがな」

召喚であるなら、一人で魔王を倒してしまうほどの力を得たとしても、元居た世界に返してしまえば良いだけのこと。脅威たり得るこはない。

 「喚ばれたこっちとしてはたまらないけどな」

世界から切り離され、別世界で奉仕を余儀なくされている方としてはたまったものではない。

 「確かにな」

くすくすと、ウェルウェディンは笑う。

 「けどな。蛍。お前達が来てくれるから、俺たちのように世界を諦めなくてはいけない者が減るんだ」

 「あっ」

蛍は、ずっと帰りたいと言い続けていた。けれど、ウェルウェディンは還ることが出来ない。還ってしまえば、自分達が争いの芽となることを知っているから。もしくは、新たな脅威となってしまうことを知っているから。還りたくとも、還ることは出来ないのだ。

 「だから、蛍の手助けが出来るのは、俺は嬉しいよ」

ウェルウェディンが笑ってそう言うと、蛍は気まずげに視線を落とした。

なんと言って良いのかが分からなかったからだ。

 「気にするな。どのみち俺は俺の世界には居られなかった。魔王を倒した瞬間に、俺は世界から拒絶されたしな」

なんてことないように言うウェルウェディンに、蛍は驚いた声を上げた。

地発生勇者が、そんなことになるなんて、考えたこともなかったからだ。世界を救うために、頑張っていたはずのものを、世界そのものが拒絶するなんて事があるとは、蛍には思えなかった。

 「拒絶って」

 「世界には、容量があるんだ。それを越えたものを抱え込むことは出来ない。だから、世界の許容を越えた勇者は、時に世界に拒絶される」

世界が堪えきれなくなってしまうほどの力を付けてしまうと、魔王のようになってしまう前に、世界がその人物を拒絶すると言う事が起こる。それは決して勇者に限ったことではないが、そうなる可能性が高いのは、やはり、勇者であった。

 「だって、必死に世界を救ったのに。なんで」

世界を救いたくて頑張って、傷付いて、人のために一生懸命になっていたはずの者を、最後は世界までが拒絶するなんて事、あって良いはずがないと、蛍は思う。

けれども、ウェルウェディンはただ、優しげに笑った。

 「それもまた、世界を救うことだからな」

自分の救いたかった世界が、自分のせいでまた壊れてしまうくらいなら、世界に拒絶された方がましだと、ウェルウェディンは思う。皆が幸せに暮らしている姿を、自分は見ることは出来ないけれど、皆が幸せなら良いのだ。そのために自分は剣を振るい、魔王と戦ったのだから。

 「じゃあ、なんで魔王は、拒絶されないんだっ」

納得がいかない蛍は、まるでウェルウェディンを責めるように声を荒げた。

 「拒絶しているさ。それでも引きはがせないから、勇者を作る」

必死に世界は拒絶する。自分の中にある異分子を。けれども、その拒絶する力に打ち勝ってしまったものが魔王などと呼ばれるものになる。そして、自分ではどうすることも出来なくなってしまった世界は、勇者を作るのだ。

それは、ある種の自浄作用。

 「なんで」

 「だから、蛍がここに居てくれて嬉しいと言ったろ」

少なくともこの世界で、拒絶される可能性のあるものは出てこない。蛍が勇者となって、魔王を倒せば、世界の脅威たる芽は、元の世界に還っていくのだ。

 「納得出来ない」

反論も出来ないが、納得も出来ないと、蛍は、悔しそうに俯いた。

 「だから、蛍は勇者なんだよ」

そんな蛍を見て、ウェルウェディンは苦笑を浮かべながら、口の中でだけ小さくそう呟く。

資質とはそう言うものだ。自覚している、いないに関わらず、そこにある全てを、出来るだけ救い上げたいと思ってしまう。それが勇者の資質。そして、それがなくては、ただの力があるだけの者でしかない。

 「今日はこの辺で寝よう」

ウェルウェディンはそう言うと、一応と、簡易結界を張る。

ウェルウェディンの使う魔法は、この世界の法則には則っていないらしいが、有効ではあるらしい。それがどういう仕組みなのかは、巫女が説明してくれたのだが、蛍にはちんぷんかんぷんだった。

分かったことと言えば、召喚されると同時に、そのように調整されるのだと言う事だけ。

 「まあ、ウェルウェディンもいるし、巫女さんの睡眠学習もないだろうから、安心だよな」

そう言って蛍は、寝袋へと入って、すぐに小さな寝息を立て始めた。

 「いったい何やって遊んでたんだ」

蛍の巫女に対する警戒ぶりに、ウェルウェディンがそう問いかけると。

 「ほんの嗜みです」

そう言って巫女は柔らかに笑う。

なんだか緊張感に欠ける魔王退治に、ウェルウェディンは、苦笑を浮かべて、膝の上で既に丸くなって眠っているティムを投げ捨てると、自分もまた寝袋へ入り、安らかな寝息を立てる。

翌朝、結界の端でかたかたと震えながら、それでもまだなお寝ているティムを見付け、とりあえず、そっと焚き火の傍に、移動させておく蛍が居た。


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