15.束の間の安らぎのようなモノ
その後、蛍を見付けた長老が逃げ惑ってみたりとか、やっと目を覚ました巫女を長老が足蹴にしてまた意識を昏倒させたりという、とりあえずのお約束を消化して、現在。
何故か栗鼠と値段交渉中だった。
「いや、まて、何故、リス」
確か喚んだのはウェルウェディンのはず。しかし、そこにいたのは、十四才ほどの少年と栗鼠だった。
しかもその栗鼠、何故か中に浮いている。
まさか、これがウェルウェディンなのかと、蛍は少し恐ろしくなって、ふよふよと浮いている栗鼠に名前を尋ねることにした。
「えっと、名前聞いて良いか?」
「僕の名前はティムだ」
「よし」
ぺしっと、蛍は容赦なく栗鼠をたたき落とした。
そして、交渉相手を少年に変更。
「えっと、君が、ウェルウェディン?」
そうでしかあり得ないのだが、たかだか十四才程度の少年がとも思う。
「俺がウェルウェディンだ。ティムをはたき落としたのは、久しぶりに見たな」
クスクスと少年、ウェルウェディンは笑う。
そんなウェルウェディンに、蛍は、なんでティムを叩き落としたことを笑っているのだろうと思った。
確かに叩き落としたのは悪かったかも知れない。しかも地面で完全に延びているようであるし。
「いや。俺が気に入って飼っているものだったら、気分を害すると思うらしくてな。ティムを乱暴に扱うやつは少ない。お陰ですっかり傍若無人な性格になったがな」
「ああ。飼ってるとか考えなかったな」
喋る栗鼠。と言う認識ではあったが、その手に似合ったちっちゃなそろばんを持って、いみじくも値段交渉するものを飼ってるとか思わないだろう。普通。と、蛍は冷静に判断する。
そんなわけで、蛍は、ティムを介さず、とっととウェルウェディンと契約交渉をした方が早そうだと思ったのだ。なにより、ティムを見るウェルウェディンの目が、巫女を見る自分の目に似ていると思ったから。
「うん。良いだろう。契約成立だ。 契約内容を詰めよう」
あっさりとウェルウェディンはそう言うと、蛍に向かって微笑んだ。
「えっと。ああ、そうだ。 俺が一緒に戦ったら、半分にまからない?」
照れくさそうに笑って蛍がそう言うと、ウェルウェディンは、ひどく驚いた顔をした。
「あ。いや、その」
その表情に、自分が何か恥ずかしいことを言ってしまったのかと、蛍は慌てるが、ウェルウェディンは、柔らかに笑う。
「一緒に戦うというなら、報酬は半分ずつだ。まけられる」
「ホントか?」
ウェルウェディンの言葉に、蛍は嬉しそうな顔をした。
「でも、俺一人戦わせればいいのに、なんでそんなことを言うんだ?」
実際、蛍はそのつもりでウェルウェディンを喚んだはずだ。けれど、この土壇場に来て急に気が変わったその理由は、至極簡単だ。
「いやだって、戦ってるところ間近で見たいなと」
嬉しそうな顔をしたまま、蛍はそう言って笑う。
「資質だな」
ぼそりとウェルウェディンが呟いたのを、蛍は舞い上がっていて完全に聞き逃す。
「それと、期間だよな。後は。 うーん。じゃあ、魔王を倒すまで。でどうかな?」
蛍が何気なく言うと、ウェルウェディンは不思議なことを聞いた。
「この世界の?」
「へ? この世界とか、あの世界とかあるのか? 魔王を倒すまでじゃダメ?」
そんな風に場所を限定しなければ行けないのだろうかと、蛍が困った顔をしていると。
「いや。そんなことはない」
ウェルウェディンはそう言って、少し寂しげに笑う。
「じゃあ、契約内容の確認。俺も一緒に戦うと言う事で、報酬は半額。契約期間は、魔王を倒すまで」
「その内容で締結」
「ちょっと待ったーっっ」
復活したティムが待ったを掛けたがまったくもって間に合っていなかった。
「なんでボクを除外して話進めてるのさっ」
小さな体を頑張って尊大に見えるように仰け反らせ、ティムがそう言うと、ウェルウェディンは、無表情で答える。
「お前が法外な値段をふっかけるお陰で仕事が減ってるからだ」
仕事が入らなければ、飢えるのは必至だ。そこそこの値段の見極めもまた、重要になってくる。休みを取りたいがために、一時的に料金を上げると言う手もないわけではないのだが、現状ウェルウェディンはそんなつもりは全くなかった。
だいたいが、ウェルウェディンを雇えるような案件が少ないと言うのもある。
「なっ。法外なんかじゃっ」
心外だとばかりにティムは言うが、未だ持ってウェルウェディンの表情は動かない。
「相場の十倍の値段になっているのを見て、俺はとても驚いたんだが。なんでそんなことになっているのかな。ティム。 しかも、俺には、変わっていない金額を言っていたよな。そのままだったら、残りの九割は一体どこに行っていたんだ?」
冷ややかに続けられていく言葉に、だんだんとティムが劣性になっていく。
基本的にウェルウェディンは面倒くさいからティムの好きなようにさせているだけであって、出来ないというわけではない。
「あれは、ちょっと丸を一個多くかき過ぎちゃっただけで」
しどろもどろでティムは必死に言い訳をする。しかし、誰が見ても、ウェルウェディンには全てばれているとしか思えない。むしろ、このまま素直に謝った方が一番利口なのではないかと思うくらいだ。
「訂正しなかったのはなんでかな?」
とうとう、ウェルウェディンはこれでもかという笑みを浮かべてティムに問いかける。
人間であったなら、だらだらといやな汗をかいていることであろうが、幸いなことに、ティムには毛皮があるため、そこまでは分からなかった。
「いや」
さてなんと言い訳をしようかと、ちっちゃな脳みそを総動員しかけたところで。
「まあいいがな」
割とあっさりとウェルウェディンはティムを解放する。
「どうせ死んだら金なんて持ってけないしな」
ぼそりと恐ろしいことを呟いていたのだが、幸せなことに、ティムはまったく、そのつぶやきに気が付いていないようであった。
そんなやりとりも、とりあえず一段落し、長老は、蛍のときとはまったくもって違う態度で。いやむしろ、揉み手をせんばかりの態度で。ウェルウェディンを歓待する。
「態度が違いすぎやしないか」
のそりと長老の後ろに立って、蛍が威嚇すると。
「あったり前だわっ。発展途上の未知数より、より確実なものの方が嬉しいにきまっとろう」
むしろ清々しいまでにあっさりと、そう言った。
「ここまで、開き直られてると怒るのもばからしいな」
一貫して態度の変わっていない長老に対して、蛍は苦笑を浮かべる。
「まあ、後は魔王を倒すだけになったらしいしの。感謝はしとるぞ」
ふいの礼の言葉に、一瞬だけ驚いた顔をして、蛍は意地の悪い表情になると。
「そりゃあ、謝辞はただだもんな」
そう言った。
「その通りじゃっ」
蛍の言葉に、長老も笑み崩す。
なんというか、微妙に憎めない人物で蛍的にはとても悔しい。
「とりあえず、今日は前祝いって事で喰うぞっ」
くっと一つ伸びをすると、蛍はそう言った。
なんと言ってもあの迷宮の中ではろくなものを食べていなかったのだ。そしてまた、あの迷宮まで移動するわけである。
辿り着くまでに気の済むまで食べておこうと、蛍は思ったのだった。
心ゆくまで食べ尽くすにしても、人間の体には限界というものが存在する。
いささか食べ過ぎの蛍は、何時もより元気がない。当たり前で朝食など入るはずもなく、よろよろと、村を後にした。
もっとも、自分で歩けるだけ蛍はましな方である。
「お前は限度を知れ」
ティムは、ぐったりとして、ウェルウェデンの手荷物の一つになっていた。