13.早めの終局
「展開が早い」
次のエリアに進んで、蛍は呆然とそう呟いた。
五つ目にして最後とは。
「なかなかに早いな。勇者」
そう言って目の前に現われたのは、あの時とっとと逃げていった魔物だ。
いや、逃げていったというのは実際は正しくはないのだろうが心情的に逃げたようにしか見えなかったので、蛍の中では逃げたと定義付けされている。
「嫌味をどうも」
どう考えても自分の進みが早いとは思っていない蛍は、興味なさげにそう言った。
「私は迷宮の奥で待っている。私の元に辿り着くことも、魔王様の元に辿り着くこともお前には出来ないとは思うがな」
そう言って笑うと、魔物はまた姿を消す。
「なんか、一言言わないと気が済まないタイプっているよな」
お陰でここが最終エリアだと分かったというのは大変僥倖ではあるが、無駄に疲れるイベントであった。
「とりあえず宿を取るか」
魔物がこんなところで出てきたとなると、宿屋があるかも怪しいとは思ったのだが、なんとか、宿屋のある場所は見付けた。
本当に宿屋しかなかったというか。
「無人過ぎて」
とりあえず宿泊用の小屋があったというのが正しい。そして、調理場付き。
「俺に作れと」
簡単なものは作れなくはない。卵焼きとか、目玉焼きとか、スクランブルエッグとか。
とは言え、火から熾して調理など、蛍に出来るはずもなく。
「今まで宿屋で飯が食えたのであえて聞くこともなかったんだけど、携帯用食料ってあるのか?」
何とも言えない敗北感とともに、蛍は巫女に問いかけた。
「ないこともないですが」
「味の保証はないと」
「はい」
食事がうまいという事は、それだけでストレス解消だ。というか、何を好きこのんで不味いものを食べてストレスを増やす必要があるのかと。
「ですが勇者様」
ふっと思い出したように巫女が声を出す。
「ん?」
何を言いたいのかと、小首を傾げて巫女を見ると。
「あの魔物、迷宮と言っておりましたよね」
「あー」
迷宮である。迷い道である。多分トラップ付きだろう。で、夕食や朝食や昼食なんて食べるところが用意されているはずもなく。回復薬は、体力までは回復してくれるが身体疲労は回復しないため、どう考えても寝ることは必須。
さらに言うなら、迷宮にベッドなんて用意してくれているはずもないので、何か寝具になりそうなものを見繕って。
「俺は何か。山ほど食料担いで寝具持って、中に入るのか?」
攻略日数が分からない以上、どれだけ用意すればいいのかも分からない。
数日ですめばいいが、きっと、そんな短時間で攻略出来るようになんかしてないだろう。最後だし。
「水も重いですからね」
巫女の言葉に、蛍はとりあえず膝から崩れ落ちておくことにした。
無駄にゲームのように現実の法則をまるっと無視しているような出鱈目な力があると思えば、こんな風に強固なまでに現実臭い物もある。
「水って地味に重いんだよ」
瓶の分も加算されるので余計だ。更に瓶が重なり合って壊れないように木箱も付けているので余計だ。
その上に、携帯食料を載せ、寝袋もあったので寝袋を載せ、荷物になるので致し方なく、勇者装束を身につけ、一応の出発の準備は出来た。
「夜逃げ?」
そう問いたくなる量である。
台車のようなものはあったので、それを買い取って、荷物を居れて蛍が引くのだから、更にその雰囲気は増していた。
「いや、気にしたら負けだ」
魔器を大量に使えば、勇者装束を強化出来ると言われ、勇者装束の強化のために、実は、彼女の所にあったあの山と積まれた魔器のほとんどを使い果たし、蛍は、あのエリアでの目標額に近づくことが出来なかったのだ。
蛍が触れて、魔器を浄化してしまうとダメらしく、使うのであれば、浄化前の魔器しかないのだそうだ。
魔器に転ずる力が魔力だというのなら、それを浄化してしまえらしい蛍が触れれば確かに意味はない。そのため、切り捨てるときに、魔器を吸収する率を少々上げたのだ。
そのままでは結局、使いすぎればまた壊れてしまうし、壊れてしまったら、もう、蛍に直す術はない。
そんなわけで、これでは本当に、魔王を倒してお終いになってしまうかも知れない。
「それはそれでいいと思いますが」
まあ確かに巫女にて見れば何ら支障はないわけだが。
何となくここまで来て勇者召喚がダメだったというのも悔しいのだ。
「とりあえず、目標は勇者を雇うことだっ」
既に蛍の中では本末転倒していたらしい。
多少の荷物を運ぶ程度では、疲れないほどにはなっていたのを実感して、蛍はほんの少しばかりほっとする。
この荷物のせいで疲れていたのでは、意味がないからだ。
「まあ、それを素直に喜べって言われると微妙なんだけどな」
それだけ魔物退治にいそしんでいた証しかと思うと、確かに喜べないだろう。
そんなわけで、大量の荷物とともに、最後の魔王の城攻略であった。
魔王の城。とは言って見たものの、城と言うよりは遺跡とか、城塞といった雰囲気で。
「入り口どこだよ」
見渡す限りの石の壁。左右を見回しても、すぐに入り口と分かるところはないが、かなりの距離があるのを見て取って、蛍は、へこみがあるなら見ただけでは気が付かないという結論に達し、致し方なくこれをぐるっと見て回ることにした。
当てずっぽうで右から回ってみたところ、すぐに入り口らしきへこみがあった。
数センチのへこみと、ほとんど変わらない石造りのドアに、見ただけで気が付くはずがないと、蛍は疲れた笑みを浮かべた。
呼びつけたなら入り口くらい、もう少し分かり易く入り口にしておればいいものを、とも思うが、基本的に攻められないように作るものであろう事も理解しているので、それに関しては文句を言うだけ無駄であろう事も分かってはいる。
扉を開けた瞬間に、魔物が飛び出してきた。タイミング的に考えて、罠であったことは明白だ。
「まあ、お約束か」
よくある展開だと、蛍は、狭い通路でなんとかその攻撃を避けた。
トラップであるため、入った扉は、既に閉じられているため、背後に逃げ場がないのだ。
とは言え、不利な条件は合いても同じ。大人三人並べば窮屈な通路である。せいぜい2匹が並んで攻撃出来る程度の幅しかないところに大盤振る舞い5匹を落としてきた。
まあ、有り体に言って。
「詰まる前にどうにかすればいいのに」
我先にと攻撃に来て、その攻撃のタイミングがシンクロしてしまったらしく、蛍に届く少し前で、魔物が詰まっていた。
「まあ、俺は楽で良いけど」
1匹も残さず魔物を倒して、蛍は溜息を吐く。
どうやら、あの魔物は考え過ぎて墓穴を掘るタイプらしい。
「アホだな」
「そうですね」
巫女にまで同意された。
質より量作戦なら、むしろ扉を開けようとした背後に配置すべきである。空間はあるのだから、十以上配置して蛍が背負っている食料を狙うのが一番ダメージが大きい。
「魔物って、食事しないのか」
自分の不要なものに対しては、あまり気が回らないと思うと多分そう言うことなのだろう。
攻撃のパターンも単調で、一番陰険でえげつなかったのは、彼女であったし。
人が居なくなると言うのは、地味にストレスだ。しかも知らない間に消えるのだからなおのこと。
どんなトリックを使ったのか聞いたが、秘密だの一点張りで教えては貰えなかった。
それが姿を消したりの侵入系であれば、ここの攻略も楽そうではあるのだが。
「まあ、無い物ねだりをしたところで仕方ないか」
そう言うと、蛍は、食料を担いで、迷宮の奥へと進んでいったのだった。
「ここに来て大盤振る舞い過ぎる」
一人蛍ははしゃいでいた。
いや、ここに入ってからの魔物の金属所有量が格段に上がったのだ。
勇者装束に何割かを間引かれているにも関わらず、入りがいい。
「これなら、なんとか、魔王の前に貯まるんじゃ」
ウキウキと実に楽しげに蛍がはなしているのを、巫女は冷ややかに眺めていた。
蛍は、気が付いていないが、それだけ強くなっている魔物ですらも易々と倒しているという事でもあるが、そのレベルの魔物が、雑魚として放たれているという事は、魔王のレベルが半端なく高いという事でもあるはずなのだ。
気が付いたところで意味がないと言えばそれまでではあるのだが。
「なあ、巫女さん。ウェルウェディンって、どういう人物なんだ?」
本日の宿とした一角で、蛍はランタンに火を灯しながら問いかけた。
「ウェルウェディンですか。私も噂程度でしか聞いたことはありませんが。最初に勇者となった世界では、一撃で魔王を倒すほどであったとか」
「そんなに強いのか」
ウェルウェディンの強さを聞いて、蛍はますますウェルウェディンに会ってみたいとそう思う。
魔王退治のために雇うというよりは、ウェルウェディンに会いたいから雇うと言った雰囲気である。とは言え名目は、魔王退治である。
「まあ、その戦いが元で呪いを掛けられたという話でもありますが」
「呪い? えっ。ここの魔王は平気なのか?」
「時空を越えてまでは、持続出来ないかと」
もしも呪いがあったとしても、世界が違うのであれば効果はないだろうと、巫女は言う。
確かに、巫女の言う事は一理ある。蛍の世界には魔物も魔器もない。魔法という概念も、神力と呼ばれる力もない。
そう考えれば、その呪いを持続させるものが無くなるという事になるだろう。
「そうか」
「はい」
にっこりと笑ってそう言う巫女の言葉は、信じても平気そうだと、蛍もつられて笑った。